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沙耶との絆

「お……にい、ちゃん?」

「お、おかえり!」

 火事場の馬鹿力というやつだろうか。俺は飛び起きるように立ち上がり、沙耶の方へ駆け寄った。

 

 ビビビビビビビビビビッ!!!!


「ぐががががががっ!!!!」

 突如、身体を激しい電流が襲い、俺はまたその場に倒れこんでしまった。

「お兄ちゃん!」

 沙耶が俺の元に駆け寄ってきて、頭を抱きかかえてくれた。

「貴様がこの変態ロリコン男の妹か」

「へんたい……ろりこん……あなた、誰なの?」

「私は今朝、こいつにいかがわしいことをされたのだ」

 ちょっ……駄目だ、声を出そうとして――


 ガンッ


 急に頭が床に叩きつけられた。沙耶が手を離したのだ。

 あれ? 沙耶さん? 何か、後ろに黒い炎が見えますが……?

「説明、してくれるかな?」

 その声は有無を言わさなかった。



 リビングは異様な空気に包まれていた。

「ということで、私が今日からこいつを監視することになった」

 スウィートストロベリーが「襲われそうになった」だの、「裸を見られた」だの言う度に、俺は反論しようとしたが、それは全て電流によって塞がれた。

 よって、沙耶の誤解を解くことは出来なかった。

 妹よ、お兄ちゃんを信じてくれ!

「わかりました。この度は兄がご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 頭を下げる沙耶。

 妹はお兄ちゃんを信じてはくれませんでした。

「うむ。なかなか礼儀正しい妹ではないか。貴様も見習え」

「お前が言うな! すぐ暴力に走りやがって……」

 俺に向かってボタンを構えるスウィートストロベリー。俺は反射的に黙ってしまった。

「とりあえずご飯にしましょう」

 沙耶がそう切り出すと、スウィートストロベリーはそちらに向き直った。

 ナイスフォローだ、沙耶!

「別に私の分はいらんぞ。食費なども支給されているからな」

「ううん、せっかく一緒に住むんですから。一緒の食卓で一緒の食事をしましょう」

 沙耶はこういう子だ。誰にでも優しく、差別したりなんかしない。

 俺の自慢の妹だ。

「むぅ、そうか。ならば、ご馳走になろう」

「それじゃ、すぐ用意しますね」

 沙耶はキッチンに向かって、テキパキと支度をし始めた。

「沙耶の料理はうまいぞ。俺は毎日あいつの料理が楽しみなんだ」

 俺は誇らしげに言う。決して大袈裟ではなく、本音だ。もし、嫁さんの条件に『妹よりも料理が上手い』というものがついたら、そう簡単に見つからなくなってしまうだろう。まぁ、家族だから味の好みが分かってるってのもあるだろうけど、それくらい沙耶の手料理はおいしい。

「それは楽しみだな。まぁ、期待せずに待っていよう」

 隣りを見ると、スウィートストロベリーはよだれを垂らしていた。



「あの……沙耶……さん?」

数十分後、食卓にはおいしそうなハンバーグとサラダが並んでいた。

 ……俺の分を除いて。

 俺の目の前には適当に盛り付けられたキャベツの芯があるだけだった。

「それじゃ、いただきましょう」

「うむ、まぁ、見た目は悪くないな」

「ちょちょちょちょちょっ!」

「なんだ、食卓ではしたない。黙らすぞ」

 そう言って、スウィートストロベリーはボタンを構える。

「いや、だって、その、ほら、これ……」

「はああぁぁぁ」

 すごくわざとらしく大きな溜め息をつく沙耶。

「用意してあげただけでもありがたく思ってよ。この変態」

 俺の中の何かが音を立てて崩れ去った。

 小さい頃から、いつだって沙耶は俺の後ろを笑顔でついてきてくれた。俺が友達と遊ぶ時だって、俺と一緒にいたくてついてきた。俺が学校で先生に怒られて拗ねて帰ってきた時も、ずっと隣りにいて慰めてくれた。両親が海外に行くと決まった時も、俺と一緒に日本に残ってくれた。俺が沙耶を支えなきゃと思っていながら、沙耶が俺を支えてくれた。

 俺と沙耶との想い出が、走馬灯のように巡り、そして崩れ去った。



 俺は部屋のベッドに横たわり、色々なことを考えていた。今日起きたことの全てが夢のようであり、現実味がなかった。

 いや、現実だと思いたくなかった。

 一番信頼し合っていたはずの妹ですら、この有様なのだ。クラスの皆からはどんな冷ややかな視線をむけられるだろう。今まで仲良くしていた友達だって、離れていくだろう。もう、そう考えていたら何もかもがどうでもよくなってきた。

「腹減ったな……」

 結局晩飯はキャベツの芯しか食べてなかった。

「コンビニでも行くか」


 一階に下りると、スウィートストロベリーは楽しそうにテレビを見ていた。沙耶はちょうど晩飯の後片付けが終わったところのようだ。いつもだったら、俺も片づけを手伝っていたのだが、とてもそんな気分にはなれなかったし、あの後沙耶は目線すら俺に合わせてくれなかったから。こんな変態ロリコン兄貴とは一緒にいたくはないだろう。

 俺は静かに玄関まで行き、扉に手をかけた。そこでふと思う。

 そういえば、スウィートストロベリーに言わずに勝手に外出していいのか? 一応監視されてる身だし、一緒に行動した方がいいのだろうか?

「ま、いいか」

 今だって、あいつは俺のことなんか全く監視せずテレビに夢中なんだし、ちょっとコンビニに行くくらいなら、何も問題はないはずだ。俺は気にせず扉を押し開けた。


 外は少し肌寒かった。今は5月。昼間はだいぶ暖かくなってきたが、夜は半袖ででかけるには、まだ早かった。

 ツナマヨと鮭のおにぎり、それからメロンパンを買って、俺は少し足早に歩く。一応、スウィートストロベリーにばれないに越したことはないからな。

 家の近くまで来た時、玄関の前に人影があった。一瞬、スウィートストロベリーが待ち構えていたのかと思ったが、そのシルエットは明らかにあいつとは違った。恐る恐る近付くと、それは沙耶だった。

「お兄ちゃん……おかえり……」

「た、ただいま……」

 気まずい空気。沙耶と一緒にいて、こんな空気になったことなんてなかったから、俺はどうしていいかわからなかった。

「その……さっきはごめん」

 沙耶の予想外の言葉に俺は戸惑った。どんな顔しているのかも自分でわからない。ただただ、沙耶の目を見つめることしかできなかった。

「なんか、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって、あんなひどいことしちゃったけど……」

 沙耶は笑顔になってこう言った。

「私はお兄ちゃんの味方だから」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の目から大粒の涙が零れていた。

「明日からはちゃんとご飯作るね」

 やっぱり俺の自慢の妹だ。俺にはもったいないくらい、優しくて、思いやりがある妹だ。

 そして、沙耶は俺の肩を掴み、こう言った。

「一緒に罪を償おう!」


 ……やっぱり信じてくれたわけではなかった。




 家に着いた俺に待っていたものは、電撃の洗礼だった。

「私に無断で外出とはどーいうつもりだ! 犯罪者の自覚があるのか!?」

「まぁまぁ、いちごちゃん、お兄ちゃんも反省してるから……」

「むぅ、沙耶がそう言うのなら、今回はこれくらいで許してやろう」

 ちょっと待て、今、さらりと聞きなれない名前が……

「い、いちご……ちゃんって?」

「だって、スウィートストロベリーちゃんじゃ呼びにくいから」

「ふん! 不本意だが、仕方あるまい。これから共に暮らしていくのだ。それくらいの融通は利かせねばな」

「いちご、か……」

 なんだか一気に可愛らしくなったな。


 ビビビビビビビビビビッ!!


「あがががががが!」

「貴様が気安く呼ぶな、クズ」

 漸減撤回だ、全然可愛くない。

「そんなことより私はもう眠い、寝るぞクズ」

 おいおい、まだ9時前だぞ……

 って、え?

「何を素っ頓狂な顔をしている。寝室に案内しろ」

 ここまで来たら、もはや聞かずともどういう意味か分かってしまった。

「え? え?」

 唯一この場で沙耶だけが理解できていないようだった。

「あのー、ほら、俺、監視されてる身だから……」

「お、ようやく自覚できてきたようだな。そうだ、貴様は監視対象だからな。一時も目を話すわけにいかん」

 だからって、ロリコンの容疑者と一緒に寝るってのもどうかと思うけどな……

 まぁ、手を出したら即刻レベル4ってことか。手、出すわけないけど。

「じゃあ、案内するよ。2階の奥の部屋だ」

 唖然としている沙耶を放って、さっさと部屋へと向かおうとする。

「ちょっと待って!」

 怒気をはらんだその声に、俺は立ち止まらないわけにはいかなかった。

 しかし、沙耶が口にした言葉はと予想の斜め上を行っていた。

「私も一緒に寝るから!」



 俺のベッドには沙耶といちご。俺は床に布団を敷いて寝ていた。

 二人ともすやすやと寝息を立てている。

 いちごの奴、監視するも何も、ベッドに入った途端にすぐに眠りやがった。

「むぅぅぅぅ、いい心がけだぞぉ、クズ~、むにゃむにゃ」

 その寝顔は頭を撫でてやりたくなるくらい、可愛い小学生そのものだった。でも、そんなことしたら、また電撃をくらってしまう。俺は変な気を起こさないよう、二人に背を向けて丸まった。

 ……変な気ってなんだよ。

 まぁ、色々あったけど悪い奴じゃないんだよな。

「私の~、裸が~、そんなに見たいのかぁ~、すやすや」

「なっ……!」

 その夜、俺の頭にいちごの裸がちらついて、全然眠れなかった。

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