7話 マヨネーズが違う!
サブタイトルを変えました。
「ただいま」
「あっ、お帰り兄ちゃん」
俺が家に帰ると台所から鈴が出迎えてくれた。相変わらず魔女みたいな格好をしたままだ。
そして鈴は俺を出迎えると、信じられないものを目撃したような驚きの表情を浮かべていた。
「に、兄ちゃん」
鈴が驚くのは無理もない。
俺だって後ろにいる骸骨を見た時は驚いた。その前に青葉先生の恐ろしい奇行を見ていなかった驚きのあまり逃げ出していたかもしれないぐらいだ。
だが、なぜか鈴は俺が手に持っていたマヨネーズの方を指差す。
「それ、キューピーじゃない!」
「そっち!?」
「もう、カレーにはキューピーでしょ」
と鈴は腰に手を当てて常識だといわんばかりに主張する。
「でもこの前は味の素って言ってなかったか?」
「あれはサラダ。味の素のマヨネーズは味がまろやかだからサラダに合うの。キューピーは酸味があってちょっと酸っぱいけどそれがカレーと混ざることでうま味がますんだよ」
……マヨネーズにそんな違いがあったのか。そういえばいつも冷蔵庫にはマヨネーズが二本あったな。
「そうだったんだな。兄ちゃん知らなかったよ。今すぐキューピーを買ってくるから待ってろよ」
俺はすぐにキューピーを買ってこようとすると、鈴に呼び止められる。
「いいよ兄ちゃん。もうお腹もペコペコだしご飯にしよ。味の素は味の素でおいしいし」
「そっか。次から気をつけるからな」
と、そこで後ろにいる黄泉路が俺の脇腹を小突いてきた。そういえばいたっけな。
「ねえ、何この魔女みたいな変な格好をした女の子は? 大丈夫なの?」
「大丈夫だ。お前の方が変な格好だから安心しろ」
「安心できないわよ! ってかそもそもそんな心配してないわよ。そうじゃなくて頭の方が大丈夫かってことよ」
「お前と違って空っぽじゃないから大丈夫だ」
「空っぽ言うな! あんた、あの子とあたしに対する態度が全然違うけどあたしのこと嫌いなの?」
「おい! 気付いてなかったのか」
これだけあからさまに嫌ってるのに気付いてなかったのかよ。ってか何でお前を鈴と同等に扱わなきゃならんのだ。
「むっかー。ここまでコケにされたのは久しぶりよ」
自称アイドルのくせに昭和のギャグマンガみたいに両手を上げて怒りを表現する黄泉路。
そんな俺たちのやり取りを見て鈴が世迷言を抜かす。
「兄ちゃん、兄ちゃんはそこの骸骨さんと友達なの?」
「何をどう見たらそんな結論が出るんだ」
至急鈴に眼鏡を買ってやらないといけないかもしれない。こんなやつと友達なんて冗談じゃない。
つーか、鈴はなんで骸骨が喋ってて驚かないんだ?
「だって兄ちゃんが楽しそうに話してるから友達なのかと思っちゃった」
「楽しそう? むしろ苦痛だぞ」
「はあ? 何であたしと話して苦痛なのよ。むしろご褒美でしょ。ファンなら嬉しくて卒倒するわよ」
「恐怖での間違いだろ」
「う、れ、し、く、て! いちいち余計なこと言わないでいいわよ」
なんかよくわからんが怒っている黄泉路を無視して、さっきから気になってることを鈴に質問する。
「それより何で鈴はこんな喋る骸骨っていう奇妙な存在を普通に受け入れてるんだよ。もっと驚いてもいいんじゃないのか?」
むしろ骸骨よりマヨネーズのことの方が素で驚いていたしな。
「だって兄ちゃん、世の中にはサンタさんがいるんだから骸骨が喋ってもいいんじゃない」
穢れのない純真無垢な瞳の鈴。
「……ああ、そうだな」
あまりに純粋な小学生らしい答えに、つい微笑ましくなる。なんでもかんでも現実的に考えてしまう自分が恥ずかしい。
「はっ! サンタなんているわ――」
「おい、黙れよ骸骨」
俺は黄泉路が余計な事を言って鈴の夢を壊す前に頭蓋骨を掴んで黙らせる。純真無垢な妹を壊すな!
「わ、わかったわよ。だから手を離しなさいよ、シスコン」
黄泉路は渋々といった感じで了承する。
「けど鈴の約束通り骸骨を連れてきちゃうなんてさすが兄ちゃんだね、サンキューだよ。けどマヨネーズの件はノーサンキューだけど」
「おい、その英語の使い方間違ってるぞ」
ノーサンキューはサンキューの反対の意味じゃないからな。
そんな鈴のおバカな発言を聞いて黄泉路が鈴を小バカにする。
「ぷぷぷ。その程度の英語すらできないなんてあんたの妹はバカなのね。正しくはNo Thank Youなのに」
「お前も同じくらいバカだけどな」
発音じゃなくて使い方が間違ってるんだよ。
「バカって言うなし! バカって言ったやつがバカなんだから」
自分が最初にバカって言ったくせに。
……こいつ、もしや本物のバカなのか。
「兄ちゃん、この骸骨さんは何て名前なの?」
鈴が俺の服の裾を引っ張って聞いてきた。どうやら骸骨に興味があるみたいだ。
「えっと、確か黄泉路……ミタだっけ?」
「ミ、ヨ! ミタじゃなくてミヨだから」
ミタは家政婦の方が。紛らわしい名前だな。
「だってさ」
「ミヨさんですね。鈴は赤月鈴音っていいます」
「鈴音ねぇ。変わった名前ね」
「お前が言うなよ」
「うるさいわね。そういえばあんたの名前はなんなの?」
ついに聞かれてしまった。今まで深く関わる事を避けるために俺の名前のことはなるべく触れないできたけどもう家まで来られたら隠す意味もないな。
「俺は夢玄だ」
「ぷぷぷ。むくろって死体じゃない。まっ、目が死んだ魚みたいに腐ってるあんたには相応しい名前よね」
人の名前を聞いて口元を抑えながら笑ってきやがった。失礼にもほどがある。
「性根が腐ってるお前に言われたくない」
「はあ? あんたあたしにケンカ売ってるの」
「それはそっちだろ」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
睨み合う俺たちの間に入って鈴は仲裁に入る。
「お腹もペコペコだしご飯にしよーよ」
「それもそうだな」
「あたしは先にシャワーを浴びたいわ。お風呂場はどこ?」
「あっちだよ」
「ありがと」
鈴にお風呂場の場所を聞いた黄泉路はお風呂場へと向かう。
本当にシャワーを借りるんだな。図々しいやつ。
「あっ!」
黄泉路は途中で振り返ってきた。
「覗かないでよね」
「頼まれても覗かねーよ」
すでに全裸のくせになにいってるんだよ。
「ほらほら、早くご飯にしよー」
苛立つ俺をなだめるように言う鈴。
「わかったわかった」
俺と鈴はさっそく夕飯の準備をして夕飯を食べる。
鈴はマヨネーズたっぷりのカレーを美味しそうに食べる。身体には悪そうだけど。
食事を終えて三十分ぐらい経つが黄泉路はまだ風呂から出てこない。
女の風呂は長いとはいえ、人の家で長風呂するなんて図々しいにもほどがある。ガス代がもったいないだろ。
俺は文句を言ってやろうとお風呂場へと向かう。
するとお風呂からシャワーの音に混じってすすり泣く声が聞こえた。
「なんで、なんでこんな身体になっちゃったの。今はアイドルとして大事な時期だっていうのに……」
黄泉路は嗚咽を漏らしながら何度もなんでなんでと悔やむように呟く。
「なんでなの。こんなところで立ち止まってなんかいられない。あたしは絶対にトップアイドルにならなくちゃいけないのに!」
「…………」
もしかしたら黄泉路が悪態をつくのは自分の弱音を隠すためだったのかもしれない。
そんな黄泉路の素顔を知っても、俺は励ましたりもせずに何も声をかけないでその場から立ち去った。
触らぬ神に祟りなし。
俺は他人の事情に首を突っ込むほど余裕はない。俺だって自分のことで精一杯だ。他人の事情に首を突っ込むぐらいなら勉強する。いや、勉強しなくちゃならないんだ。




