6話 同情するなら…
「……」
たぶん俺は今までで一番マヌケな顔をしていたに違いない。
何言ってんの、こいつ。
とりあえず俺は黄泉路の頭蓋骨を掴む。
「えっ? ちょっ?」
何で頭蓋骨を掴まれてるかわからずに驚く黄泉路を無視して俺は無言で頭蓋骨を草むらに投げつける。
「ああああああああああ!」
草むらの中に頭蓋骨が消えてしばらくすると「ぐぽっ」という奇声が聞こえてきた。さっきから思ってたけどこいつのリアクションって必ず変な奇声を出すんだな。
そして残された胴体が慌てて頭部を追いかけて行く。
あまりのアホな発言のせいでついカッとなってしまったな。反省しないと。
「ちょっとちょっとちょっと! 何でいきりなり頭蓋骨を投げつけられなきゃならないのよ!」
頭部を取り戻した黄泉路はさっそく俺の首を締め上げてくる。実はこいつアイドルじゃなくてヤンキーとかじゃないのか? 性格も悪そうだし。
「わ、悪い」
素直に謝る俺。
さすがに今回は理由も聞かずにいきなり頭蓋骨を投げた俺にも落ち度があるかもしれない。
「ふんっ! わかればいいのよ。まっ、今回だけは許してあげるわ。全く、あたしは愛と勇気だけが友達のヒーローじゃないんだから」
なぜか上手いことを言ったみたいな空気を醸し出してきた。
……うぜぇ。今度変なことを言ったら望み通り頭部をアンパンとすり替えてやろうか。
俺はこめかみがひくつくのを抑えながら言う。
「だいたいお前が変なことを言うのが悪いんだろうが」
「変なことって何よ?」
黄泉路は心底不思議そうに尋ねてきた。
こいつ、正気か!?
「俺がお前を、あ、愛するとかのことだよ」
くそっ。愛なんて恥ずかしいセリフを言ったせいで顔が熱い。
一方、黄泉路は平然とした態度で言う。
「何が変なことなのよ。物語においてこういった呪いは愛の力で解決するでしょ」
「……愛の力って。お前、いくつだよ」
半ば呆れながら聞く。
「十六だけど」
「俺と同い年かよ」
つい頭をかかえる。
この歳にもなって愛の力とか言うか、普通。
しかも、こいつの態度から、冗談とかアイドル特有のキャラ作りなんかじゃなくて素で言ってやがる。
脳みそがお花畑なんじゃないか疑うレベル。
そう思ってチラリと黄泉路を見ると頭蓋骨の中に花ではなく草が生えていた。
「……」
おそらくさっき草むらに投げた時に入ったのだろう。
「まっ、あんたなんか王子様って感じじゃないけどこの際贅沢は言わないわ」
なんでこいつ上から目線なの。頭の中が草畑のくせに。
「さあ愛しなさい」
「やだよ」
即答する。
「何でよ!」
「何でって、初対面の人間をいきなり、あ、愛せるかよ」
それに、頭蓋骨から草を生やしてるやつをどうやったら愛せるんだよ。
「それよりも愛の力みたいな抽象的なことじゃなくてもっと論理的に考えろよ」
「論理的? この状況でどう論理的に考えるの! 一体どう考えたらこんな身体になっちゃうのよ」
「そりゃ、あれだ。肉体が腐ったんだろ。今は夏だし」
夏場は何かと腐りやすいからな。食中毒には気をつけないといけない時期だ。
こいつは性根が腐ってるっぽいし肉体と一緒に腐ったんだろ。腐ったリンゴが周囲のリンゴを腐らせるみたいな感じで。
「なわけないでしょ! あんた、あたしをバカにしてるの。一昨日まで普通の身体だったんだからそう簡単に腐るわけないでしょ。それにあたしは死んでないから」
ごもっともな意見だ。
普通、白骨化するまで早くても数カ月はかかるからな。少なくとも昨日今日で白骨化するなんてありえない。
信じてくれれば身体を取り戻すのを諦めてくれるかと思ったんだけどダメだったか。
「とりあえず今日はもう遅いしその事についてはまた明日考えよう」
いつまでもこうやってウダウダ考えてても黄泉路の身体を元に戻すアイデアなんて出てこない。時には時間を置くのも大切だ。
そしてそのままフェードアウトするのが理想的。
「仕方ないわね。あたしもシャワー浴びたいし、いいわよ」
意外にも俺の提案に素直に応じる黄泉路。
「そうか、じゃあな」
俺は次に会う場所も時間も連絡先すら交換せずに急いで踵を返してその場をあとにする。
これなら上手くフェードアウトできそうだ。
たかがマヨネーズを買いに行くだけでこんなに疲れるとは思わなかった。
今日は帰って寝よう。
そう思いながらしばらく歩いていると。
「……?」
後ろから誰かがついてきている気がする。
気になってチラリと後ろを振り返ってみると、そこには骸骨がいた。
「!」
夜の闇の中に浮かぶ白い骨は異様な不気味さがあった。一瞬本気で悲鳴をあげそうになるほど恐かった。
「何で後をついてくるんだよ、黄泉路」
「何でってあんたの家に行くからに決まってるでしょ。こんな格好じゃホテルにも帰れないもん。まっ、それ以前に地元じゃないからホテルの場所わかんないし」
何食わぬ顔で言う黄泉路。まあ顔はないんだけど。
こいつ、さっきシャワー浴びたいってほざいていたけど、それは俺の家に上がり込む前提で言っていたのかよ。図々しいにもほどがある。
「だからって当たり前のように人の家に上がり込もうとするな」
お前はアイドルじゃなくてストーカーかよ。違う意味で恐いんですけど。
俺は黄泉路を置いて家に向かって早足で歩く。
「あっ! ちょっと待ちなさいよ」
「うるさい、ついてくるな」
少し歩調を早める。
「ねぇ、聞いてるの!」
無視してさらに歩調を早める。
「もう、あたしに対する愛が足りないんじゃないの! さっきあたしのことを愛するって言ったでしょ」
黄泉路はムキーっと近所迷惑を考えないで怒鳴りつけてきた。
俺はそんな世迷言を一言も言っていない。
もう付き合っていられないので全力で走り出す。
「あっ、こらっ!」
と言って黄泉路も追いかけてきた。
だがしょせんは骨だ。普段からトレーニングして鍛えてるわけじゃないが筋肉も無いカルシウムの塊ごときに遅れはとらない。
――と思ったが違った。
「はぁはぁはぁ」
肩で呼吸し、手を両膝につけなければ立っていられないほど全力で走ったのに骸骨を突き放すことはできなかった。
それどころか、
「ここがあんたの家? うっへぇ。ボロそうなアパートね」
家までついてきた黄泉路は息すら乱さず平然と文句をたれる。
これから勉強だけでなく毎日走り込みをしよう。
俺は軽く呼吸を整えてから言う。
「ほっとけ。ってか、何でお前はこんだけ走って息が乱れないんだよ」
「アイドルの体力をなめないで。コンサートでは何曲も歌って踊るんだからこれぐらいでへばるならアイドルなんてやっていけないわよ」
と黄泉路はつまらなそうに答える。
アイドルって一見華やかでも、裏では相当地道な努力をしなければれいけないのかもしれない。まあこいつが本当にアイドルだったらの話だけど。
「なるほど、普段から鍛えてるのか。ってきり頭と一緒で肺がないから息が上がらないのかと思ったんだけどな」
「ふふーん、すごいでしょ。――んっ? 頭がないってどういうことよ。それじゃあまるであたしが能無しみたいでしょ」
「実際、脳ないしな」
あるのは骨だけだ。
「誰が上手いこと言えっていったのよ!」
イライラした態度で怒鳴る黄泉路だったが、すぐに下を向いてシュンとうなだれる。
「……あたしにとっては、笑えないんだから」
「……」
そうか。こいつが言ってることが本当なら、気がついたらいきなり身体が骨だけの化物になってたんだよな。
もし自分がこんな荒唐無稽な存在になったとしたら……。
ましてや女の子だ。少し不謹慎過ぎたかもしれない。もっといたわってやるべきか。
「すまん。代わりに一日ぐらいなら泊まっていいぞ」
俺が申し訳なさそうに謝ると、黄泉路は腕を肋骨のあたりで組んで偉そうに言う。
「同情するならとっとと家に上げなさい。こっちは早くシャワーを浴びたいんだから。あと、シャワーから出たら黒酢も用意しといてよね」
「…………」
くそっ、やっぱりこんなやつなんかに同情するんじゃなかった。




