3話 我が家と妹
放課後。
俺は夕飯の買い物をしてから家に帰ってきた。
家と言っても二DKのおんぼろアパートだけど。正直二DKの部屋で家族三人が暮らすのは少し手狭だ。けど贅沢は言ってられない。
「ただいま」
と言って家に帰ると部屋の奥からバタバタと駆けてくる足音が聞こえた。
やってきたのは黒い三角帽子を被り、全身を黒いローブで身を包んだ魔女。黒い三角帽子からはルビーのように赤い瞳と真紅の髪が覗かせていた。
「お帰り兄ちゃん」
やってきた魔女は赤月鈴音。妹だ。
鈴はちょっと変わってる。こういったおかしな恰好をしたり、小学生なのに黒魔術やオカルトみたいな本を図書館から借りてきて読んでる。
でも十歳ぐらいの子ならそういった不思議なものに興味を持ちたがる歳だからあんまり深く気にしてはいなけど。
「ただいま、鈴」
と言って三角帽子の上から頭を撫でてやる。すると首筋を触られた猫みたいに嬉しそうな表情をする。
「えへへー」
「つーかその恰好だと暑くないのか?」
俺は鈴の服装を指差しながら指摘する。
今はもう六月だ。全身をローブで包んだから暑苦しいだろ。
「心配する必要ないぞ、兄ちゃん。この衣は光の力を弱める闇の力が込められた特別性だから」
自慢げに言う鈴。
生地をよく見るとシルクにも似た上品な光沢があった。
あれはカーテンとかに使われてるアセテートという生地だ。軽い生地だけどこれといって通気性がいいわけじゃないのだが……。
「うちにこんな生地あったか?」
アセテートはシルクに似た風合いを出せるからカーテン以外にも高級ファッションとかに使われる生地だ。うちにはそんな高級生地を買う余裕はない。
「この前近所に住んでるおねーさんがくれたの」
鈴は嬉しそうに微笑みながら教えてくれる。
「そっか。今度会ったらお礼を言っておかないとな」
「うん。でもおねーさんは使えなくなったカーテンを処分できたって喜んでいたよ」
そういえばアセテートは除光液とか身の回りの薬品で溶けて穴が空いたりするんだっけな。近所のおねーさんはきっと穴が空いてみっともないからカーテンを取り換えたんだろう。
もしかして鈴が言ってた光を弱める力があるってのはカーテンだからなのか。確かにカーテンは日差しを遮るけど……。
にしても驚くのはそんなカーテンから魔女の衣装を作り出す鈴の服飾の腕だ。
うちにはお金がないから生活に必要最低限のものしかない。もちろんミシンなんてものは家にはない。だからあの衣装は全部手縫いだ。
鈴には苦労をかけるなぁ。お金があったらミシンを買ってあげたい。
「兄ちゃん、どうしたの?」
鈴が俺の顔を覗き込みながら心配そうに聞いてきた。
俺はかぶりを振って答える。
「なんでもない。それよりも母さんはもう仕事に行ったのか?」
「うん。さっき出ていったとこ」
「そっか。じゃあ俺は夕飯の準備でもするか。鈴はいつも通りアニメでも見て待っててくれ」
そう言って俺は帰りにスーパーで買ってきた食材を持って台所に向かおうとすると、鈴に呼び止められる。
「今日は鈴音も手伝うよ」
「そうか。けど鈴が手伝うなんて珍しいな。何かいいことでもあったのか?」
俺がそう尋ねると、鈴はクククと意味深な笑みを浮かべる。
「よく聞いてくれた兄ちゃん。兄ちゃんはここ数日ウワサになってる歩く骸骨の話は知ってるかな?」
なぜか偉そうに言う鈴。
「まあ、ウワサぐらいなら」
というか今日クリスが言ってたんだけどな。
「夜な夜な骸骨が歩き回ってるってやつだろ」
「実はその事実を調査するために夜中に――」
「ダメだ」
「う~、まだ最後まで言ってないのに~」
鈴は残念そうに唸って抗議してくる。
最後まで聞かなくても鈴が何をいいたいかはわかる。
「お前がそういったのに興味があるのはわかってる。けど夜中に出歩くのはダメだ。田舎だからって夜は危ないんだ。それに最近は小さい子供を狙う事件も増えてるらしいし」
「だってー」
鈴は納得がいかないと目で訴えてくる。
「……仕方ないな」
「やったー!」
「正し、一人で出歩くのはダメだからな」
俺がそう言うと鈴は嬉しそうに両手をあげて返事をする。
「は~い」
つくづく俺は鈴に甘い。
「よし、夕飯の準備をするか」
「兄ちゃん、今日の夕飯はなに?」
「カレーだ」
「ワーイ!」
鈴はピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ。
「じゃあ早速で悪いけど鈴は野菜の皮を剥いてくれ」
「了解です」
鈴は敬礼をするとすぐさま皮むき機を持って作業に取り掛かる。
そして俺は米を研いでご飯を炊く準備をする。もちろん安い米を美味しくために米を三十分水に吸水させることを忘れない。あと、炊くときにみりんを少量加えて米に適度の甘味を出すのもポイントだ。
そんな感じで手際よく調理を進めて行く。ついでに部屋の掃除とか洗濯物にアイロンをかけたり家事も済ませる。煮込み料理は煮込んでいる間にこういった作業ができるから便利だよな。
途中、鈴が魔女みたいにクククと楽しそうに鍋をかき回していた。……何が楽しいんだ?
「あっ!」
カレーがもうすぐ完成ってところで鈴が何かを思い出したかのように叫ぶ。
「兄ちゃん、大変だよ!」
「どうかしたか?」
「マヨネーズがない!」
と言って空の容器を見せてきた。
「そういえばきらしてたな。明日にでもスーパーで買ってくるよ」
「ダメだよ兄ちゃん」
珍しく慌てるように言う鈴。
「えっ!?」
「マヨネーズのないカレーなんて卵のないマヨネーズ、いや、マヨネーズのないからしマヨネーズだよ!」
「例えがマヨネーズ過ぎてわからない!」
ちなみに卵のないマヨネーズは、カロリーを抑えるために卵を使用していないマヨネーズのことだ。
鈴曰く、あれはマヨネーズじゃないらしい。
つーか、マヨネーズのないからしマヨネーズってただのからしだ。
「つまり、ルーのないカレーってことだよ!」
マヨネーズがないカレーはルーのないカレー。
「おい、その論法で言ったらマヨネーズとルーが同列になるぞ」
カレーの主役はご飯とルーだ。せめてマヨネーズは福神漬け辺りのポジションだろ。
「何おかしなこといってるの兄ちゃん。マヨネーズとルーが同列なわけないよ」
鈴は呆れるように肩をすくめた。
俺はその一言を聞いてホッと一安心する。
「そうだな。マヨネーズがルーと――」
「マヨネーズの方が上に決まってるじゃん」
「まじか!?」
「まじだよ! ちょっとスーパーまで行ってマヨネーズを一ダースほど買ってくるよ」
そう言って鈴は魔女の格好のまま着替えもせずに玄関へと向かう。
「待て」
しかし俺がすぐに呼び止める。
「もう日も暮れているから俺が行く」
夜道は色々物騒だからな。小さい子供を狙う事件のこともある。歩く骸骨の正体だってきっと不審者とかだろうし。
「鈴はカレーの鍋を見ていてくれ」
鈴ももう十歳だ。鍋をまかしていても火事とかにならないだろう。
「あと、マヨネーズは一ダースもいらないから」
普通、一年あってもマヨネーズ一ダースは使いきれるか微妙なところだろう。
「わかった。その代わりに買い物の途中で歩く骸骨を見つけたら連れて来てよ」
まるでそこら辺にいる猫を見つけたら連れてきてといったお手軽な感覚で言う鈴。
「はいはい、いたらな」
もちろんそんなのがいるはずがない。
そんなわけで俺はカレーを鈴にまかせて家から出る。




