2話 職員室にて
俺とクリスは職員室の前までやってきた。
しかし急に担任から呼び出されるなんてなんだろう?
テストの成績は落ちていないし、呼び出しをくらすような悪いこともしていない。
なら大切な話とは何だろう?
少し不安な気持ちになる。
俺はクリスを引き連れて職員室に入って担任の青葉先生のところへ向かう。
するとそこにはコンビニ弁当を食べようとする女教師の姿があった。
青葉先生だ。
青葉先生はゆるふわのパーマをかけて少し若作りをしている感じが否めない。もうすぐ三十路になるらしくて色々必死らしい。だからこの人の前では結婚の話はタブーだ。
青葉先生は俺とクリスに気付くと、頬をポリポリと掻きながら言う。
「ふ、普段はお弁当を作るんだけど時間がなくてね……」
何も言ってないのになぜか聞いていない話をしてきた。でも実は料理が出来ます的なニュアンスで言う必要はないと思う。
とりあえず深く突っ込まないようにしていると、クリスが余計なことを口走る。
「そんなこと言って実は料理できないんでしょ」
「……ギクリ!」
苦しそうに胸を押さえだす青葉先生。
どうやら図星のようだ。にしてもリアクションが昭和すぎる……。
「い、今時料理なんて出来なくたって問題ないのよ。レトルトだって充実しているし、最近のコンビニ弁当も中々捨てたもんじゃないし」
「確かにそうだけど、なんだかんだやっぱ料理ができないと結婚できないよ、先生」
クリスは無邪気に笑いながら言う。
本人からしてみれば嫌味とかでなく善意で言ってるのだろう。だから余計にタチが悪いんだけどな。
一方、青葉先生は狼狽していた。
「だ、大丈夫よ。最近は男だって料理する時代だし」
どこか自分に言い聞かせるように言う青葉先生。だがクリスはそんな青葉先生をさらに追い詰める。
「でもなんだかんだ言って男性は家庭的な人がいいって思いますよ。そうやって相手に依存しようとするから結婚できないんじゃないですか?」
とさわやかな笑みを浮かべて言う。もちろん善意だ。たぶん。
「……うぐっ!」
心当たりがあるのか、青葉先生の表情がだんだんと真っ青になっていく。まるで探偵に追い詰められた犯人みたいだ。
……もう勘弁してあげろよ。
さすがに見ている方も辛くなってきたから、そろそろクリスを黙らせた方がいいんじゃないかと考えていると、青葉先生は年長者として年下に言い負かされるわけにはいかないと思ったのか、職員室中に聞こえるような声で言う。
「こ、これでもわたしは毎日のように結婚してくれってお願いされてるぐらいなのよねー」
……おそらくウソは言ってないだろう。主語がなくても会話が成立する日本語の曖昧さを上手く使った言葉だ。さすが腐っても現国の教師。
だがそんな青葉先生にクリスは止めを刺す。
「誰にですか?」
「えっ?」
クリスの質問に青葉先生は困惑する。
「えっと、そのー」
「ねえねえ、誰にですか?」
クリスはおもちゃをねだる子供のように無邪気に尋ねる。
そんなクリスにせがまれて青葉先生はボソリと呟く。
「……お、親に」
ものすごく言いにくそうに呟く青葉先生。
自分で言って自分で追い詰めてる。
ふ、不憫すぎる。
というか親に毎日のように結婚してくれとお願いされるとか想像すると可哀想だな。誰かいい相手がいればいいけど。
周囲で話を聞いていた他の先生方も青葉先生に憐れみの視線を向けていた。
つーか、何でクリスはピンポイントで青葉先生の心の傷を打ち抜くんだよ。お前は前世スナイパーだったのか?
さすがにこれ以上青葉先生を傷つけたら本当に死んでしまうかもしれない。
「クリス、お前は先に教室に帰ってろ」
俺の言葉を聞いて、えっ? 何で? などといった顔をしていたが素直に教室に戻っていった。
スナイパーがいなくなったのはいいけど、どうやって半分死にかけている青葉先生を復活させようかと思索していると、最近大学を卒業して教師になったばかりの宮下先生があまりにも不憫すぎる青葉先生に同情して声をかけてきた。
「きょ、今日合コンがあるんでよかったら来ますか?」
合コンという言葉を聞いて、さっきまで死にかけていた青葉先生の顔に生気がみなぎる。それはさながら広大な砂漠の中で何日も水を飲まず喉をカラカラにしている状態でオアシスを発見した旅人のようだった。
……それが蜃気楼じゃなきゃいいけど。
合コンというオアシスを発見した青葉先生は宮下先生に嬉しそうに参加する意思を伝えていた。
生徒がいる前で合コンに参加する話とかするのはどうなんだろうか? まあ別にどうでもいいけど。
「青葉先生。それで大切な話というのは何でしたか?」
さっさと用件を聞いて勉強の続きをするために自分から切り出す。
「そうだったわね。まあ今回は君の特待生に関することじゃないからそんなに力む必要はないわ」
その一言を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
「そうですか」
よかった。もし特待生から降ろされたなんて言われたらどうしようかと思った。
そのために遊ばずに毎日必死に勉強をやってきてるわけだし。
そんな俺の気持ちを察したのか、青葉先生は心配するように言う。
「でも、君はもっと他の学生みたいに少しは遊んだ方がいいと思うわ。教師のわたしが言うのもあれだけど、若いうちは遊ぶことも大事よ、若いうちは!」
「……は、はあ」
青葉先生の言葉に曖昧に返事をする。最後の『若い』って言葉がやけに怨めしそうに感じたのは気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。
「君みたいにギリギリまで張りつめた生き方をしているといつかそれが張りつめ過ぎて切れちゃうわよ。そうならないようにもっとゆとりを持っていいと思うの」
「けどうちには遊んでる余裕はないですから」
「そうね。君の家庭事情はよく知ってるわ。片親で大変だろうけど、できるならもう少し肩の力を抜いたほうがいいわ」
俺の目をジッと見据えて本気で心配してくれる青葉先生。
結婚と歳のことを気にしなければ生徒想いのいい先生だと思う。
だけど先生の言う通り素直に肩の力を抜けたら苦労はしない。
「でも成績が落ちればすぐに特待生から降ろされますから」
俺の通う学校の特待生の条件はテストの成績が上位三位以内であることが条件だ。
もっと楽な条件で特待生で迎えてくれる高校もあったが、家から近いこと、学費の免除、勉学にかかる費用の全額負担、それに奨学金として返済する必要がないお金が支給されるからだ。
うちの母さんはスナックで雇われママをやっていて帰りが遅い。昼間は母さんが家にいるけど、まだ小学生の妹の世話をしなくちゃならないから家から近い方が何かと便利だ。
それに学費以外にもお金はかかる。妹の面倒をみることを考えるとアルバイトをしてる時間はない。だから学費以外でも資金援助してもらえるのは助かる。
「そうね。力になりたいけど、そこら辺はわたしじゃどうにもできないからね」
本気で申し訳なさそうに謝る青葉先生。
別に先生を責めてるわけじゃないんだけどな。
「先生が気にすることじゃないですから」
「赤月くんが十八歳ならよかったんだけど」
「何がです?」
「結婚?」
「しませんよ」
「先生脱いだらすごいのよ」
「脱がないでください」
「ふふーん、冗談だけど」
青葉先生はニコッとイタズラな笑みを浮かべる。
……う、うぜぇ。
「こういう冗談を真に受けるようじゃまだまだね」
この後に合コンがあるせいかテンションが高くてウザい。
「でも、最近はクリスくんと仲良く話してるのを見かけるから前よりは高校生っぽくていいと思うわよ」
「そうですか?」
アニメの話をするのが高校生らしいのか?
そもそも俺とクリスは仲がいいのか? 今まで仲のいい友達なんていたことがないからよくわからない。
まあ、そんなこと考えてもしょうがないか。
俺はクリスとのことを考えるのを止めてとっとと本題に入ることにした。
「それで用件って何ですか? そんなことを聞くために呼んだわけじゃないですよね?」
「そうそう、赤月くんに頼みたいことがあるのよ」
青葉先生は合コンを控えてテンションが上がってせいで自分が座っている回転椅子をクルクルと回転させながら言う。
軽くイラッとする。
「頼みたいこと……ですか。婚活以外なら何でも手伝いますけど」
「あー、そんなこと言うと怒っちゃうぞ、プンプン」
「……」
「……んっ! んんっ!」
さすがに自分の行いを恥じたのか咳払いをしてなかったことにする三十路独身女性。
「それで赤月くんには学校案内をお願いしたいの」
「学校案内ですか?」
俺もさっきのことはなかったかのように対処する。
特待生ということもあって教師から頼まれ事をされる機会は何度もあったけど……。
「何で生徒である俺が学校を案内する必要があるんですか? 普通そういうのは教師がやるものじゃないですか?」
「そうなんだけどねー」
俺のもっともな意見に青葉先生も渋そうな顔をしながら賛同してきた。
「ちょっと事情があってね。でも相手は赤月くんと同い年の女の子だから大変な仕事じゃないから」
「はい? 何で同い年の女の子が学校に見学に来るんですか?」
言い方からして転校生ってわけじゃなさそうだし。
「まあまあ、その話は置いておいて頼まれてくれるよね?」
青葉先生は両手を合わせてお願いしてくる。
俺は少し考えてから返事をする。
「……いいですよ」
こういうところで教師に恩を売っておけば後々役に立つかもしれないしな。それに特待生としての立場上断りにくい。
「よかったわ! ちょっと気難しい子だけどよろしくね」
「わかりました。それでいつその子が来るんですか?」
「急で悪いんだけど明日よ」
「明日!?」
急すぎるだろ。
驚く俺に青葉先生は満面の笑みを浮かべて話す。
「そうことでよろしくね!」
「……はぁ」
自分の浅慮っぷりに思わずため息が出た。
どうやら俺はめんどくさい仕事を頼まれたかもしれない。




