5話 骨まで愛して!
山を登ること三〇分。
俺は目的の祠に着いた。
木々がうっそうとした獣道の先に祠はあった。
祠と言う割には結構大きい社殿だった。倉庫ぐらいの大きさはありそうだ。
本当にこんなところに黄泉路がいるのだろうか。
周囲を見回してもあいつの姿はない。
「黄泉路!」
俺が叫ぶと祠の中からバタバタと慌ただしい物音が聞こえた。
祠の中にいるみたいだ。
俺はすぐさま祠の扉を開ける。
するとそこには仁王像のポーズをした骸骨が突っ立っていた。
「……」
「……」
とりあえず一回扉を閉めてからもう一度開ける。
やっぱりそこには仁王像のポーズをした骸骨がいる。
「おい、黄泉路。擬態するならせめて骸骨に関連したものにしろよ」
なんでよりによって仁王像なんだよ。
「うっさいわね! あんたこそ何しに来たのよ。探さないでって書き置きが書いてあったでしょ。それとも文字すら読めないバカなの」
擬態を解いた黄泉路は不機嫌そうに腕を組む。
「バカはどっちだ! 勝手に出ていってこっちに心配かけさせやがって!」
「し、心配? あんたがあたしを心配してくれるの?」
「当たり前だろ」
きょとんとした声で言う黄泉路に俺はあきれるように答える。俺をどんだけ冷酷な人間だと思ってんだ。
「ウソよ。だってあたしは家事もろくにできない役立たずじゃない! あんたの家だって生活が苦しいでしょ。そんな役立たずのあたしがいても迷惑になるじゃない」
黄泉路は今にも泣き叫びそうな感じで言ってきた。
こいつ、そのことを気にしてたのか。
「確かにお前はカレーのルーとビーフシチューのルーを同じ鍋にぶっこむくらい家事ができない」
「うっ!」
「でもな、別に俺はお前のことを役立たずだとは思っちゃいない」
「そ、そうなの?」
「ああ」
と俺が頷いてもまだ信じられない様子の黄泉路だったが、俺はすぐに伝えなきゃいけないことを伝える。
「それよりも早く元の身体に戻らないと!」
「何をいまさら。あたしは元の身体に戻る気はないっていったでしょ」
「でもこのままだと死んじまうんだぞ」
「死ぬ? もう死んだような身体なのに何を言ってんよ」
「その身体でいたらお前の魂が消滅しちまうんだよ。だから早く元の身体に戻れ」
「嫌よ」
俺の言葉を聞いても明確な拒絶をする黄泉路。
「な、何でだよ! このままだと死ぬんだぞ」
「だって戻ったってあたしには何にもないんだもん」
黄泉路は悲痛そうな声で言う。
「この身体になってよくわかったわ。あたしに外見を取ったら何も残らないってことが。そんなあたしがトップアイドルになんてなれるわけがなかったのよ。それならあたしが死んであの神だかがアイドルをやってた方がいいに決まってるじゃない!」
もし今の黄泉路が人間の姿をしていたなボロボロと涙を流していたかもしれない。
こんな弱りきった黄泉路を見るのは初めてだ。前にお風呂場で泣いているのを聞いたことがあるけど、あれは悔し泣きといった感じだった。でも今の黄泉路は自分の無力感を嘆いている感じだ。
「あたしだってトップアイドルになるために頑張ったわ。そのために苦しい練習だって耐えてきたし、誰かと遊ぶことなんかせずひたすら努力してきた。あたしの美貌に嫉妬する連中の嫌がらせだって蹴散らしてきた。なのにほんの少し身体を入れ替わっただけでの人気が出てくるなんて……」
ギュッと拳を握りしめる黄泉路。
「それって今まで頑張ってきたあたしってなんなのよ」
「……黄泉路」
俺は黄泉路のことを誤解していた。
ってきり黄泉路があれだけ自分に自信がある態度や自分が愛されるのは当然だと思っているのは、周りが黄泉路のことを可愛いとチヤホヤしたからだと思っていた。
でも本当はそうじゃなくてはそれ相応の努力をしていたから黄泉路のやつは自信がある態度にもなるし、愛されるのが当然だと考えていたんだ。
なのに自分と入れ替わったやつがいきなり人気出てきたりしたから黄泉路は自分の努力が――自分の存在が無駄なんじゃないかと思ったに違いない。
こんな身なりをしてるけど黄泉路だって一六歳の女の子だ。どんなに生意気で口が悪くてもか弱い女の子なんだ。
そんな彼女の気持ちを今まで見過ごしていた俺は最低なやつだ。
あの時急に黄泉路が元の身体に戻る気がないと言ったときの異変をすぐに察してやればよかった。あんだけ元の身体に戻りたがってたやつがいきなり元の身体に戻る気がないなんていうこと事態がおかしいかったじゃないか。
俺は本当にバカだ。勉強ばっかやって人の気持ちを考えてなかった。
鈴のときだってそうだったのに。もっと鈴の気持ちを考えてやればあいつだって俺と同じように不安な思いをしてることに気付いてやれたかもしれないのに。俺は何にも成長してないじゃないか。
「すまなかった」
「な、なんであんたが謝るのよ」
急に謝る俺に黄泉路は訝る。
「お前は俺が鈴のことで悩んでいたときに励ましてくれた。にもかかわらず俺はお前が悩んでいたときに励ましてやれなかった。一番近くにいたっていうのに」
「だってあんたはあたしのこと嫌いなんでしょ。だったらそこまで気にする必要ないじゃない」
「確かに俺はお前が嫌いだった」
「ほら、やっぱあたしなんて外見がなかったら誰も好きになってくれないのよ」
と黄泉路は今にも消え入りそうな弱々しい声で言う。
「話を最後まで聞け。最初はふてぶてしい態度や生意気なことばっか言って嫌な奴かと思った。けどな、この一カ月一緒に過ごしてみてそれも変わった」
「えっ?」
「黄泉路、お前は外見以外に何もないって言うけど外見以外にも持ってるものはある」
――お前は俺が鈴のことで悩んでいるときに励ましてくれた優しい心を持っている。
――料理や家事に失敗しても諦めず何度もチャレンジする強いハートを持っている。
――そんな身体になっても夢に向かって歌やダンスの練習をする情熱を持っている。
「俺はお前のことを嫌ってない。むしろ好きだ! 外見がなくてもお前は十分魅力的だ。だから俺はお前を見殺しにはできない!」
「す、す、好きだなんていきなり何言ってるのよ」
急に黄泉路は手足をバタバタさせて驚く。
「ば、バカ! 勘違いするな。今のす、好きは人間的な意味であって恋愛的な意味じゃないからな」
なぜか顔が熱くなってきた。黄泉路が変な勘違いするせいだ。
「そ、そうよね。あんたはあたしのことが人間的に好きで恋愛的な意味じゃないのよね」
黄泉路は自分に言い聞かせるように言う。
「あっ、でもあいつはあたしのこと好きなんだ」
嬉しそうに黄泉路は何か呟いていたが小声で言っていたせいで俺には聞こえなかった。
俺は、なぜか急に照れるように頭を掻いていた黄泉路に確かめるように尋ねる。
「なあ黄泉路、元の身体に戻る気はないのか?」
すると黄泉路は、掻いていた手を下に下ろし不安げな声で言う。
「あたしだって本音を言えば元の身体に戻りたい。でも、あたしは恐い。もし元の身体に戻ってもあたしを世の中の人が受け入れてくれるか恐い。世の中の人があの神とやらの方がよかったなんて思われるんじゃないかと考えると……」
捨てられた子犬のように怯える黄泉路に俺はハッキリ言ってやる。
「大丈夫だ。お前ならやれる」
「大丈夫? なに根拠のないこと言ってるのよ!」
「根拠はある。お前はそんな身体になっても必死に歌やダンスの練習してただろ。努力はウソをつかない。世の中の人だってその努力をわかってくれるはずだ」
「努力だけじゃどうにもならないことだったあるのよ!」
「でも努力しない人間には何もできない。努力したお前ならできる。それでも自分を信じられないならお前を応援する俺を信じろ。他の誰が何を言おうとも俺はお前のことを認めてやる。だから自信を持て」
「ば、バッカじゃないの。あんたが応援してくれたぐらいで何か変わるわけないじゃない」
「……」
返す言葉がなかった。
俺が応援したからといってどうこうなるわけじゃない。
しかし何も言えないでいると黄泉路は小さいながらも力強い声で話す。
「でも、嬉しかったわ。あたし、元の身体に戻ってみようかと思う」
「本当か!?」
「ええ。あんたがどうしてもってうるさいから仕方なくよ!」
黄泉路は顔を俺から逸らしていつもみたいに偉そうに腕を組む。
「そっか」
俺もやっと一安心つけるかと思ったがすぐに次の問題が出てきた。
「それで、どうやって元の身体に戻るの?」
「……あっ」
「あっ?」
「わりい、そこまで知らない」
とりあえず両手を合わせて謝ってみる。
「ちょ!? じゃあどうするのよ。このまま戻り方がわからなかったらあたし死んじゃうじゃない」
「お、落ち着け。何か方法があるはずだ」
「方法ってなによ」
「わからん」
「わからんじゃないわよ!」
俺と黄泉路は慌てて何かアイデアがないか考える。
「そうだ!」
黄泉路が何かを閃いたのか手の平をポンッと叩く。
「あたしを愛しなさい!」
「……おい、この状況でふざけてるなら頭蓋骨を投げ飛ばすぞ」
「ふざけてないわよ! だから頭蓋骨から手を離しなさい」
「わかった」
俺は黄泉路の頭蓋骨から手を離す。
「で、理由は?」
「ほら、あいつはあたしにあんたから愛してもらえば元の身体に戻すって言ってたじゃない。つまりあんたがあたしを愛せばあたしは元の身体に戻れるんじゃない」
「だからって何で俺がお前をあ、愛さなきゃならないだよ。そんなバカげた……」
いや、待てよ。確かに黄泉路の言うことにも一理ある。それに人命がかかってるんだ。可能性があるなら恥ずかしくてもやらないといけない。
「とりあえずやるだけの価値はありそうだな」
「でしょ」
「だけど愛せばいいっていうけど、具体的にどうすればいいんだ?」
俺が聞くと黄泉路が噛み噛みで説明する。
「そ、それはほら、き、キスじゃないかしら」
「き、キス!」
キスって魚とかじゃなくて口と口を合わせるやつだよな。
「そんなんで本当にいいのかよ」
「だって他に方法なんてないでしょ」
「そうだけど……」
本当にキスをすれば元の身体に戻せるのだろうか。
だけど結婚式とかで誓いのキスとかしてるし、物語とかでもキスで呪いが解けるのはお約束だしなぁ。
……わからん。もうこうなったらやけだ!
「よし、キスをしよう」
「う、うん」
恥ずかしそうに俯く黄泉路。
そして顔を上げて俺の方を見つめると恥ずかしそうに言う。
「さあ、早く」
「わ、わかった。でも恥ずかしいから目を瞑ってくれよな」
「そ、そうね」
「つ、瞑ったか?」
骸骨だから目を瞑ってるのかわからない。まぶたがなくても一応視覚を遮断できるらしいけど本当かどうか俺は知らない。
「うん」
「じゃあ行くぞ」
俺は黄泉路の肩を抱きしめる。
そしてゆっくりと黄泉路の口元へと近付けると――
「あれっ? 何してるのあなた?」
いきなり黄泉路が不思議そうに尋ねてきた。
「な、なにってキスをだな」
「あらやだ、私の身体に欲情したの?」
恥ずかしそうに両手で顔を抑え黄泉路。
……いや、こいつ本当に黄泉路か?
「なあ、もしかしてあんた神様か?」
「そうだけど」
と首を傾げる神様。
「いつ入れ替わったんだよ!」
「さっき」
「さっき?」
「目を開けたら赤月くんがキスをしようと顔を近付けてきたとき。ついに私も結婚するのかと思っちゃった」
「……」
頭が痛くなってきた。
「あれれ、まさかキスしたら元の身体に戻せるとか思っちゃった?」
愉快そうに言う神様。きっと顔があったらニヤニヤと笑ってるに違いない。
「けどまあ、私がこうやって戻ってこれたということはなんとか彼女を説得できたみたいね」
神様は俺の頬っぺたを楽しげにぷにぷにと突く。
俺は全く楽しくないけどな。
色々と文句を言いたいけど俺の身体は疲れ切っていた。
昨日から黄泉路をずっと探し続けてろくに休んでないし、メシも食ってない。
とりあえず今はもう帰って寝たい。




