3話 神様のお告げ
ある日の帰り道。
黄泉路のことでモヤモヤしている俺の元に彼女が突然現れた。
「探したよ」
ハンチング帽にサングラスをした彼女は、俺の前に現れるとにこやかに笑いながらそんなことを言ってきた。
「……誰?」
思わず首を傾げる。こんな人知り合いにいたか?
「私だよ私」
と言って彼女はハンチング帽とサングラスを取って素顔を見せてくる。
真っ直ぐに下ろした長い黒髪に意思の強そうな大きな瞳、ぷっくりとしてやわらかそうな桜色の唇。全てのパーツが完璧に洗礼されている彼女はまさしく美少女にふさわしい存在かもしれない。
「あんたは、神様か?」
俺の言葉を聞いてアイドルの黄泉路ミヨの姿をした神様は恥ずかしそうに頭をかく。
「やっぱ神様って言われると恥ずかしいな。私のことはキリちゃんって呼んでよ。神様って呼ばれるのは好きじゃないんだよね」
彼女は気さくに笑いながらそう言う。
「キリちゃんって……。んであんたはいったい何のために俺の前に現れたんだ?」
「まあまあ、立ち話もなんだがから積もる話はそこの喫茶店でしようか」
俺の話を途中で中断させてキリは近くにある喫茶店を指差す。
喫茶店の店内は落ち着いた雰囲気を出すためなのか、木々を基調としたモダンな作りになっていた。俺たちは店の奥にある席に案内された。
そしてすぐに飲み物を注文する。俺はコーヒーをキリは紅茶を注文した。そしてキリはケーキまで注文した。
店員が飲み物とケーキをを持って来るとさっそく話を進める。
「それで、あんたは何しにきたんだ?」
俺が尋ねるとキリは紅茶を一口飲む。
「で、あなた達は順調に愛を育んでるの?」
不覚にも飲みかけのコーヒーを吹いてしまった。
「な、何でそうなるんだよ!」
「だって元の身体に戻るにはあなたがあの子を愛さなきゃダメでしょ?」
そういえばそういう話だったな。
「それならもういいみたいだぞ」
「ん? ほおいうほほ(どういうこと)?」
口いっぱいにチョコレートケーキを詰め込みながら喋るキリ。その姿は神様とかといった威厳は全くない。
「あいつはもう元の身体に戻る気がないみたいだぞ」
俺の返答にキリは紅茶を飲んで口のものを流し込む。
「ん~、やっぱりか」
紅茶を飲み終えるとのんびりした口調で話す。
「でもそうなるとあの子死んじゃうよ」
あまりにのんびりと言うから一瞬ふ~んと流しそうになるけど、すぐにテーブルに身を乗り出す勢いで尋ねる。
「おい、死ぬってどういうことだよ!」
興奮気味の俺とは逆にキリはおいしそうにチーズケーキを貪りながら答える。
「今のあの子と私は魂と身体が入れ替わってる状態なのよ。自分の身体に他人の臓器を移植すると拒絶反応がでるでしょ、それと同じように魂と身体を入れ替えるのも長時間すると拒絶反応が出ちゃうのよねー」
「それはつまりこのまま放っておくと黄泉路の魂が消失するってことかよ」
「そういうことになるわね」
と言ってキリは最後の一口のチーズケーキをペロッとたいらげる。
「な、なんだよそれ! 確かにあいつがあんたの遺骨を蹴ったのは悪かったかもしれない。でも、だからといって殺す必要はないだろ」
あいつは口も悪いし性格も悪いしケンカっぱやいときてる。とてもじゃないけど善人とは言えない。でも俺はあいつに妹の件で助けられた借りがある。
「言っておくけど別に私はあの子に蹴られた腹いせにあの子と身体を入れ替えたわけじゃないわよ。私がそんな器の小さいことするわけないでしょ。身体を入れ替えたのはあの子の願いを叶えてあげようとしたからなのよ」
さっきまでケーキをバクバク食べていたキリが急に真剣な口調で喋る。
「願い事?」
「そっ、トップアイドルになるっていう願い事ね。その代償が身体と魂の交換なの。願い事を叶えてもらうのになんにもリスクがないわけないでしょ。むしろリスクを背負わないで願い事を叶えてもらおうとするなんて図々しいと思わない?」
「確かにあんたの言うとおり何もしないで願い事を叶えてもらおうというのは図々しいかもしれないな」
本当に願い事を叶えたいなら自分で努力しなきゃ意味はないしな。それを神様に頼って叶えてもらうならそれ相応のリスクを背負うのも必要だ。
キリの言い分は納得できるのもがある。だけど、
「で、本音は?」
「久々に若い女の子の身体でいっぱい遊んでやりたかったの!」
「……」
俺はジト目でキリを見る。急に真面目な口調で話すから怪しいと思ったけどそんな魂胆か。
「け、けどやらしい遊びはしてないわよ。それどころかアイドルの仕事が忙しくて全く遊べなかったし」
あたふたと言い訳をするキリ。そこには神様としての威厳が微塵もなかった。
「でもまあ一応私だって悪いと思ってるよ」
あたふたしたと思ったら今度はうんうんと神妙に頷く。
「だったらさっさとあいつを元の身体に戻してやればいいだろ」
「いやね、それできないから困ってるのよ」
と言ってキリは最後に残ったイチゴタルトを口に運ぶ。
「どういうことだよ?」
「あの子が元の身体に戻るのを頑なに拒絶してるのよ」
「あいつが元の身体に戻るのを拒絶している?」
そういえば前に『あたしはもう元の身体に戻る気はないから』と言っていた。あれ以来あいつは元の身体に戻ることを忘れたかのように生活していた。
「頑なに拒絶されると心と身体を入れ替えるのって難しいんだよねー。下手すると魂だけどっかいっちゃうかもしれないしさ」
「だったらあいつを助けるにはどうしたらいいんだよ?」
「それはやっぱ彼女を説得するしかないわね」
「説得か。でもどうやって説得するんだ?」
「さあ? けど明日までに元の身体に戻さないと大変なことになるわよ」
「明日! 何でもっと早く教えないんだよ」
「しょうがないでしょ。早く教えたくても仕事がいっぱいでこっちの方までこれなかったんだから。今日だってあいつの目をかいくぐって抜け出してくるのに苦労したんだから」
とキリが肩をすくめて言うと、喫茶店の入口のドアが開いた音がした。
俺はつい入口の方を見ると、すらっと背の高い黒いスーツを着た女性が入ってきた。どこかで見たことのある人だと思ったらあの人はマネージャーさんだ。
マネージャーさんはヒールをカツカツと鳴らして真っ直ぐ俺たちのいるテーブルへやってきた。
「見つけましたよ」
「げっ!? どうしてここがわかったの?」
「携帯のGPSを使ったんじゃないのか」
驚くキリに俺が教えてやる。どうやらこの神様は携帯にGPSがついてることを知らなかったようだ。
するとマネージャーさんは俺に気付く。
「あなたは……」
ポーカーフェイスで表情の変化がわかりにくいけど、どうやら驚いているみたいだ。とりあえず俺は軽く会釈をするがマネージャーさんはキリの方を見る。
「くっ! この携帯というのにはそんなことまでできるのか」
とキリは驚き交じりに呟いていた。マネージャーさんはそんなキリの首根っこを掴む。
「つべこべ言ってないで行くわよ。次の収録があるんだから」
「えっ、いや、まだ話が」
マネージャーさんはキリの言葉を聞かずに俺の方を見据える。
「娘が失礼しました。それでは」
そう言い残してマネージャーさんはキリを引きずって店をあとにした。
「んっ、娘?」
あのマネージャーさんはおかしなことを言ってなかったか?
「いや、それよりも黄泉路を説得しないと!」
すぐに店を出ようとすると、店員さんが俺の肩を掴んでさわやかな笑顔で伝票を渡してきた。コーヒーと紅茶二杯、そしてケーキ四個の代金が書かれた伝票。
「ここの代金は俺が払うのかよ……」




