3話 母親
「たっだいまー!」
この場の重苦しい雰囲気を打ち払うような明るい声で帰ってきたのは鈴じゃなかった。
やってきたのは鈴と同じルビーのよう赤い瞳に見るものを魅了する綺麗な真紅の髪の人物。
赤月紅葉。
俺と……鈴の母さんだ。
童顔で身長が一五〇センチしかないからよく子供に間違われるけど、これでも三十歳だ。青葉先生と同じぐらいになる。
日本じゃほとんどみない赤髪はもちろん染めているんじゃなくて母さんの母親から受け継いだものだ。だから鈴の赤髪は母さんと血が繋がっている何よりの証拠だ。
「おっ! むっくーん! 帰ってきてたんだ。最近母さん休みがとれなくてあんま話していなかったけど、元気してるー?」
母さんは俺を見つけるなり嬉しそうに話しかけてきた。
俺はぎこちない笑みを浮かべて答える。
「うん、元気だよ。母さんこそこんな時間に戻ってきてどうしたのさ? お店を開ける準備をしなくてもいいの?」
飲み屋の雇われママとして働いている母さんは、いつもだったらお店を開ける準備をしている時間のはずだ。子供みたいな体型をしている母さんが雇われママなんてできるのか心配だけど、結構人気があるらしい。
俺の質問に母さんははにかむように答える。
「ちょっと携帯を忘れちゃってね」
母さんが携帯を忘れるなんて珍しい。売上がよくないときに常連さんを呼んだりとかで携帯を使うことがよくあるのに。
「まあ猿も地獄に落ちるってやつよね」
「猿が何したの!? それを言うなら猿も木から落ちるでしょ」
「あれっ? そうだっけ?」
腕を組んで首を傾げる母さん。
「まあどっちでもいいでしょ。あっ! ミヨちゃん帰ってたんだ」
母さんは骸骨の黄泉路をまるで普通の女の子のように扱う。でも母さんなら黄泉路が骸骨だろうが人間だろうが態度は変わらないと思う。母さんはそういう人だ。
「はい。さっき帰ってきました」
意外にも黄泉路は俺と接するときと違って丁寧な口調で話す。心なしか声のトーンも少し高い。一応母さんには気を遣うみたいだ。
「あれれ? そういえば鈴ちゃんはまだ帰ってこないの?」
母さんは周囲をキョロキョロと見回しながら尋ねてくる。
「それが……」
俺は母さんに鈴が突然家から出ていったことを伝える。
「……ふ~ん。そうだったの。あの子今日は珍しく帰りが遅くて話せなかったけど、何かあったのかもね」
と母さんは腕を組んでうんうんと頷く。
「あっ、私はそろそろ仕事に行くからあとよろしくね」
そう言って母さんは家から出て仕事に行こうとするので俺が呼び止める。
「ちょっと待ってよ。母さんは鈴のことは心配じゃないの」
「そりゃ心配に決まってるじゃん」
そういう母さんの言動と裏腹に、母さんの顔は心配した様子を微塵も感じさせないいつも通りのにこやかな笑みを浮かべている。
「だったら何で母さんは笑いながら仕事にいけるのさ?」
俺の質問に母さんはキョトンとした顔になる。
「えっ? だってうちには頼りになるお兄ちゃんがいるでしょ」
母さんは何を当たり前のことを聞くのといった感じで答える。
母さんにとっては別に深い意味をこめた言葉じゃないのはわかってる。でも今の俺にとってはこれほど元気付けられる言葉はない。
ああ。俺は黄泉路の言うとおりバカだった。
何が母さんの子供じゃないからだ。
何が血が繋がってないからだ。
何が本当の家族じゃないからだ。
何で俺は物事を難しく考えてたんだろうか。
俺はお金の問題があるから二人に迷惑をかけてるんじゃないか、俺はいらない存在なんじゃないかと勝手に考えてた。
けど、母さんはそんなことを一切気にしていなかったんだ。それどころか俺を鈴の兄として信用してくれていたのに。
何て俺はバカだったんだろうか。
俺は勇気を振り絞って聞いてみる。
「ねえ、母さん」
「なに?」
「俺を養子にしたことを後悔したことないの?」
俺の問いかけに母さんはいつもの軽い調子で答える。
「当たり前でしょ」
「でも俺を養子にしなければお金に不自由しなくて毎日のように仕事に行かなくてよかったのに。母さんだってもっと自分の時間が作れて今より幸せになれたかもしれないのに……」
「何言ってるの。可愛い子供達の成長が母さんにとって何よりの幸せに決まってるじゃない」
そう言い残して母さんは仕事へと向かっていった。
子供達か。
母さんが出ていくと同時に骸骨の黄泉路の顔を俺を見ていた。たぶん目があったらジト目だったに違いない。
「あ~あ。何にやけてるのよ、マザコン」
「に、にやけてねーよ! それにマザコンでもないから」
「はいはい、これだからマザコンは」
「だから違うって言ってるだろうが!」
「まっ、よかったじゃない」
「んっ? なんかいったか?」
ぼそぼそっといって聞こえなかった。
「うっさい! 何でもないわよ!」
なぜかいきなり不機嫌そうに怒鳴り散らす黄泉路。
それにしてもまさか黄泉路に励まされるなんてな。
「それよりこれからどうするの?」
「どうするって鈴を探すに決まってるだろ」
「まっ、そうなるわね」
「お前も手伝ってくれるのか?」
「あの子にはこの服を作ってくれたお礼もあるしね」
そう言って黄泉路は自分が着ている黒いローブをちょんっとつまむ。
「意外にその服気に入ってるんだな」
「だってこれ可愛くない?」
黄泉路はくるくると回って服を見せてくる。
……可愛いのか? 俺には死神にしか見えなくて恐いんだけど。
「なによっ、その顔は?」
「別に……」
思わず顔を逸らす。見たら魂が持ってかれそうだ。
「それより何であいつが泣いてたんだ?」
「あんた気付かなかったの?」
「気付く?」
「あの子の腕にひっかき傷があったでしょ?」
「……あったのか?」
泣いてる鈴のことで頭がいっぱいでまったく気付かなかった。
「あったのよ。あれはたぶんケンカでついたのよ。それも女ね」
「よくわかるな」
「男だったらひっかくなんてことはしないわ。そんなまどろっこしいことするのは女ぐらいよ」
「何でそんな詳しいの?」
「女の争いは爪だろうが歯だろうが使えるならなんでも使うのよ」
「そ、そうなのか?」
経験者は語るといった感じだ。さすがは鮮血皇女なんて呼ばれてただけある。
「なら余計に鈴が心配だな」
「大丈夫よ。この程度のケンカなら気にすることないわ」
「本当か?」
「ええ。あたしがあの娘ぐらいのときはケンカなんて日常茶飯事だったから」
「つくづく思うが、お前ってアイドルなの?」
本当はヤンキーなんじゃないの。
「ちなみに中学になると肉体的なケンカじゃなくて、白鳥のように水面下で醜いケンカをするようになるから身体よりも心に傷を与えてくるようになるわ」
……女が怖すぎる。
「なあ、あいつが家でいつも黒いローブを着て魔女みたいな格好してるのはケンカの傷を俺らに隠すためとかじゃないよな?」
俺はふと心配になったことを尋ねる。
「それはないわ。あれは趣味みたいだし」
「……趣味か」
普段からケンカしてる様子がないのはいいけど……あの格好はやっぱ趣味なんだな。
「ほら、ぼーっとしてないで早くあの子を探しに行くわよ」
「そうだな」
最近は子供を狙う不審者が出てるウワサもある。早く見つけないと。
俺と黄泉路は家を出て鈴を探しに行った。




