1話 信仰はそれぞれ
あれから一週間が過ぎた。
結局神様はあのままマネージャーさんに連れて行かれてから俺たちの前にはやってこなかった。たぶんアイドルの仕事が忙しいのだろう。
そして黄泉路は未だに骸骨のままでうちに居候している。
神様と別れてから落ち込んでいたみたいだけど今じゃ普段通り好き勝手やっている、というか変な奇行が目立つ。
ったく、迷惑な話だ。
最近は夜中になるとこっそりと家を出て行ったりしてる。本人は誰にもバレてないつもりみたいだけどバレバレだ。外出するときの物音で何度起こされたことか。夜中に何をやってるんだ? 墓場で運動会でもあるのか?
にしても、神様の目的はなんだんだ? 別に生身の身体が欲しかった様子もないし、黄泉路に変な勝負しかけてくるし、神様は何を考えてるんだ? 俺にはさっぱりだ。
柄にもなく授業中にそんなことを考えたら授業が終わっていた。
「しまった」
授業を聞き逃していた。
「なにやってるんだ俺は……」
余計なことに気を取られるなんて俺らしくない。
放課後になると俺は聞き逃した分を挽回するために図書室で勉強するために席を立つ。
するとクリスがやってきた。
「むっくろー!」
と言ってクリスは子供みたいに無邪気に飛びかかってきた。
「なんだよ。俺は今から勉強しに図書室に行くところなんだが」
「うっわ! 学校が終わったのにまだ勉強するの? 頭大丈夫?」
大げさに驚くクリス。
「ほっとけ。あと暑いからいちいち抱きついてくるな」
そして俺の両サイドに座る女子はニヤニヤとしながら「今年の夏は熱くなりそうね」とか「腐腐腐」とか言って口や鼻から血を垂れ流すな。とりあえず拭け。
机に血が染み込んで机が赤くなっていてちょっと怖い。
「ねえねえ、勉強するぐらいならもう少し話をしよーよ」
「話?」
さっさと勉強したいから断ろうとするが、ふと気になったことがあったのでクリスに聞いてみる。
「なあクリス。お前は神様といったらどんなやつが思いつく?」
あの時神様は「この国では神の概念は多種多様だもんね」と言っていた。つまりあの神様はこの国の神様とは違うんじゃないだろうか。クリスなら何か神様についてのヒントになる話が聞けるかもしれない。
「神様ねぇ」
クリスはむむむと考えると答える。
「やっぱあの絵師がボクの中で神だな」
「そういうのじゃないからな」
「あとは人はパンツのみに生きるにあらずって言った人とか?」
「それはどこの変態だ?」
「神様といえば日本はやおい信仰があるよね」
「そんな信仰ねえよ。あるのは八百万だ」
こいつに聞いた俺がバカだった。
それと何で両隣の女子は何で全力で首を横に振って否定してるんだ?
まあいい。ついでにアイドルの黄泉路ミヨがどんなやつか聞いてみるか。よくよく考えたら俺はあいつのことは名前しか知らないんだよな。
「クリスは黄泉路ミヨって知ってるか?」
俺が聞くとクリスはビクッと怯える。
「よ、黄泉路ミヨって鮮血皇女の黄泉路ミヨ?」
「いや、俺が聞きたいのはアイドルの黄泉路ミヨなんだが」
「それなら鮮血皇女の黄泉路ミヨで間違いないよ。ここに転校してくる前の学校で同じクラスだったし。傍若無人で気に入らないやつは血祭りにあげてたらしいよ」
……あいつ、どんな学校生活送ってたんだよ。
「血に飢えた化物とか、あの血の伯爵夫人エリザベートの生まれ変わりだとか言われてたぐらいだし」
よくそんなんでアイドルなんてやってられたな。
ネットが盛んな今だったらあっという間に問題になってもおかしくないのに。
「にしても夢玄がアイドルに興味を持つなんて珍しいね」
「ちょっとな」
クリスに黄泉路が歩く骸骨だってことを言ってもしょうがないし話す必要はないか。
「はっ! もしや彼女のことが好きになったの!?」
「ば、バカ野郎。何で俺があいつのことを好きになるんだよ」
俺があんなやつを好きになることもないし愛することもない。
「別に好きになることを恥ずかしがることなんてないのに」
「だから違う!」
むっ、なぜか俺らしくもなく感情的になっていた。
クリスはそんな俺をさらにおちょくってくる。
「他に好きな人ができるなんてボクのことは遊びだったんだね」
「変なことを言うな」
あと、俺の両サイドの席に座る女子は何で俺を裏切り者みたいな目で睨みつけてくるんだよ。
そのあとはクリスがいつものようにアニメの話をしてきた。
そしてしばらくしてからクリスと別れて俺は図書室で勉強をする。クリスは見たいアニメがあるとかで先に帰った。
日が暮れかけた頃に勉強を終えて俺は学校から出る。
校門の辺りまでやってくるといきなり全身を黒いローブで覆った不審な人物が現れた。
「遅い!」
不審な人物は俺の姿を見て忌々しげに言ってくる。
「なんだ、今日も来てたのか黄泉路」
最近黄泉路のやつは俺の帰りを見計らって校門で待っている。
全身を黒いローブで覆っているのは骸骨の姿を一般人に見られても騒がれないようにするためらしい。
ちなみに黒いローブを作ったのは鈴だ。相変わらずあいつはすごいな。
だがこの夏場に全身を黒いローブで覆っている方が怪しい。それに、黒いローブからときおり覗く頭蓋骨はまるで死神を連想させて恐い。通報されないのが不思議だ。
「なんだ、じゃないわよ! 何でいつもあんたは帰るのが遅いのよ」
「別にお前には関係ないだろ」
「関係あるわよ。待たされるこっちの身にもなりなさいよね。なにか早く家に帰りたくない理由でもあるわけ!」
「……っ!」
時々こいつの勘の鋭さには驚かされる。
動揺する俺を見て黄泉路は何かに気付く。表情があったらしたり顔になっていたに違いない。
「ははーん。さてはあんた、テストの成績が悪かったんでしょ。それでテストを母親に見せるのが恐いんでしょ。プークスクス」
黄泉路がバカでよかった。
「お前と一緒にするな」
「えっ! 何であんたがそのこと知ってるのよ!」
「…………」
本当に自分の経験談かよ。
「学校が終わってタイムセールスに直行するためだよ」
「なーんだ」
黄泉路はつまんないのといってふて腐れる。
「お前こそ何でいつも迎えに来るんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。あんたがあたしを愛したくなるようにするためよ。あんたみたいな非モテ男子のためにわざわざあたしが迎えに来るだなんて胸にグッとくるシチュエーションでしょ」
黄泉路の偉そうな物言いに思わず拳がグッときた。こいつケンカ売ってるのか。
「あと三週間しかないんだから早くあたしを愛しなさいよね。もしこのまま一生この姿になったらあんたが死ぬまで付きまとってやるんだから」
……どっちに転ぼうが最悪だな。
そんな不満を感じつつ俺は黄泉路と一緒にスーパーへと向かった。
黄泉路の全身を黒いローブで覆った死神スタイルはスーパーでかなり浮いていた。だが、お一人様限定商品とかを買うために人手は多い方がいい。
たまに買い物に来ていたおばちゃんがハロウィンと勘違いして黄泉路にお菓子あげることもあった。
しかし冷静になって考えてみると、よく俺はこんな珍妙なやつと一緒に買い物ができるよな。少し前なら考えられない。慣れというのは恐ろしいな。
「で、今日の晩御飯はなんなのよ?」
店内に入ると黄泉路はそんなことを聞いてきた。
「今日はハンバーグだ」
「あれ、今日はマヨネーズを使わないのね」
「いや、マヨネーズを使うぞ」
「ウソでしょ。ハンバーグに?」
「俺も最初は信じられなかったけど鈴の言った通りにひき肉と一緒にマヨネーズを入れるとふんわりジューシーに仕上がるんだよ」
「本当かしら?」
「食えばわかる」
「それもそうね」
と頷く黄泉路。
こいつとしばらく一緒に生活してわかったんだが、骸骨のくせに食事をとることができる。しかも味覚もある。何より驚くのが食べたものは口に運ぶとどこかに消えることだ。まったくもって物理法則を無視した存在だ。
「黄泉路、そこにあるひき肉を取ってくれ」
「ったく、しょうがないわね。けど何であたしがこんなことしなきゃならないのよ。アイドルのあたしにひき肉を取らせるなんて何様よ。それに妹のために毎回マヨネーズを使った料理を作ってあんたって本当にシスコンよね」
「誰が皮肉をよこせって言った。それよりも早くひき肉をよこせ!」
「はいはい、わかったわよ」
ふて腐れるようにひき肉を取る黄泉路。
ったく、居候のくせに偉そうなやつだな。
「ただいま」
…………。
買い物を終えて家に帰ってきたが、いつものように鈴が出迎えにやってこなかった。それどころか物音一つしなかった。
「あれっ? あの魔女っ娘が出迎えに来ないなんて珍しいわね」
黄泉路も不思議に思っているみたいだ。
家にいないのだろうか? いや、いつもならとっくに家に帰ってくる時間のはずだ。
気になって靴を見てみると、母さんの靴はなかったけど鈴の靴はあった。どうやら鈴は家にいるみたいだ。
「何かあったのか?」
「心配しすぎでしょ」
黄泉路は軽い調子で言うが、俺は心配になって急いで鈴を探す。
鈴の身に何かあったら母さんに合わす顔がない。俺と違って鈴は……。
幸い鈴はすぐに見つかった。鈴は自分の部屋にいた。
部屋といっても畳んだ布団やタンスといった生活必需品に鈴の好きなアニメのカレンダーぐらいしか置いてない シンプルな部屋。母さんと同じ部屋だからというのもあるが、一般的な女の子の部屋とは違う。鈴はその部屋の隅でうずくまって泣いていた。
俺は一目散に鈴のもとへと近づいた。
「鈴! どうしたんだ。いったい何があったんだ?」
「に、兄ちゃん」
と言って顔を上げた鈴の目は涙で真っ赤に腫れていた。
「な、なんでもないよ」
鈴は目をゴシゴシと拭いて涙を隠そうとする。
「ウソつけ! だったら何でお前が泣いてるんだよ! 誰だ、誰がお前を泣かしたんだ」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
黄泉路が俺を諌める。
ついムキになって声が大きくなっていたようだ。そのせいで鈴が驚いて怯えてしまった。
「あっ、悪い。別に怒ってるわけじゃないだ。ただお前が心配なだけなんだ。だから何があったか話してくれないか?」
そう言って俺は鈴の気持ちを落ち着かせようと頭を撫でようとするが、鈴はその手をはじいた。
「……鈴」
「兄ちゃんには関係ないでしょ!」
まるで拒絶するかのような物言いの鈴。
「関係なくないだろ、だって俺たちは……」
途中まで言って最後の一言が出てこない。
『兄妹だろ』たったそれだけなのに俺は言えない。俺にその言葉を言う資格があるのだろうか。
情けない。
どれだけ勉強をしようともこういったときに何も言えなくなるなんて……。
言葉に詰まる不甲斐ない俺を見て、鈴が俺に怒鳴りつける。
「兄ちゃんのバカ!」
鈴はそう言って家から出ていってしまった。
「…………」
俺はただ鈴が家を出ていく様子を静観することしかできなかった。




