2話 学校案内
放課後になると俺はすぐに職員室に向かった。途中クリスが絡んできたけど関わるとめんどうなので無視した。
職員室に入るとすぐに青葉先生が笑顔で出迎えてくれた。
「来てくれてありがとう。本来ならわたしがやらないといけないのに頼んじゃって悪いわね。最近ちょっと大変でね」
「き、気にしないでいいですよ」
ちょっとどころか青葉先生の精神状態はかなり大変そうだし。マネキンと出歩くなんて相当追い込まれてるに違いない。
「そう言ってもらえると助かるわ。この歳になると色々と仕事を頼まれちゃって……この歳になるとねぇ」
ま、まずい! 青葉先生の顔に影がさした。
「そ、それで学校案内の件はどうすればいいんですか?」
俺はすぐさま本題に入ることにした。
「ああ、それなんだけど今日くることになっていた彼女が生放送の収録がのびて少し遅れるから先に応接室で待っててくれる」
「生放送?」
「あれっ? 言ってなかった。今日案内する子は最近話題のアイドルの子なのよ」
「アイドルですか」
アイドルと言われると自称アイドルの骸骨が出てくるが、あいつ骨だしな。
とりあえずあいつみたいに我儘じゃなければいいけど。
「まあしょせんアイドルなんて世の中の厳しさを知らないクソガキだから変にかしこまったりしなくていいわよ」
なんか言い方にトゲがあるのは気のせいだろうか。
「本来なら生徒にこういうことまかせるのはいけないんだけど、赤月くんなら女の子に興味なさそうだから大丈夫そうだし」
それになんか嫌な信頼のされ方をされてるのは気のせいだろうか。
俺はため息を吐く。
「でも、何でアイドルなんかがうちの学校に来るんですか?」
「さあ?」
と肩をすくめて答える青葉先生。
「わたしにもわかんないわ。今回の件は理事長から頼まれたのがわたしに回ってきただけだし。どうせPVの撮影か文化祭の中庭ステージで歌ってもらうための下見とかじゃないの」
「そうですか」
うちの高校からは富士山がキレイに見えるからそれを使ってPVの撮影をしたりするのもあるかもしれないし、文化祭にも力を入れているから有名人を呼んだりする可能性もありえなくはない。可能性としてはかなり低いと思うけど。
「とりあえず応接室で待ってればいいんですね」
こういう大人の事情を深く考えても仕方ないしな。
「そうね。わたしは他にもやることがあっていけないから頼むわ」
無責任だと思うがそれは言わないでおこう。
「了解しました」
俺は職員室から出ようとすると青葉先生に呼び止められた。
「あっ、そうそう。一応内密にきてるからこのことは他言無用ってことでこの用紙に署名してくれる?」
「わかりました」
と言って俺は青葉先生が渡してくれた用紙を見つめる。
婚姻届。
用紙にはそう書かれていた。しかも妻の欄には青葉葵としっかり記入され、印鑑も押してあった。
怖い。怖すぎる。
「青葉先生、これ婚姻届なんですけど」
「あっ、ごめんなさい」
青葉先生はアハハと笑う。
「赤月くんはまだ未成年だから結婚できないもんね」
「あたかも俺が結婚する気があるように言うのはやめてください」
「やだなぁ、冗談じゃない。気にしちゃダメよ」
青葉先生は笑いながら言うが目だけは笑ってないように思えるのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいだ。気のせいであって欲しい。
「じゃあこれに署名しといてね」
と言って違う用紙を渡してくる。今度は本物のようだ。
俺が用紙に署名をしていると、青葉先生の携帯が鳴りだした。青葉先生はちょっと電話と言ってから俺から少し離れて渋々といった感じで電話に出る。
「ちょっとお母さん、仕事中に電話しないでっていったでしょ。えっ? いや、結婚はまだちょっと……。早く孫の顔がみたい? 孫じゃなくてわたしの顎じゃダメ? ダメだよね~。でもわたしだって頑張ってるんだから」
俺は先生の会話を聞いていられず、署名を終えてすぐさま職員室を出ていった。
……あの人も大変だな。
職員室から出た俺は、玄関の近くにある外部からやってくる人のためにある応接室へと向かった。
普段生徒は入れない場所だけど青葉先生が事務の人に事情を話してくれてたので簡単に通してくれた。
応接室は外部の人に対してもてなす部屋なので普通の部屋と比べると豪奢な作りになっていた。ソファーも座っただけで身体が沈みこむほどふかふかだった。さすが私学だけあってこういうものに金がかかっている。
うちにも贅沢ができるならこんなソファーが欲しい。
待っている間暇だから何か勉強をやって時間を潰そうと思ったが、勉強道具は教室に置きっぱなしだった。
仕方ないので大人しく待つことにする。
……。
…………。
………………。
案外なにもしないで待つのは退屈だ。
そのせいでなんだか家にそのまま置いてきた黄泉路のことが心配になってきた。あいつはしっかり出ていってくれたのだろうか。
今更ながらあんな得体の知れないやつを家に放置したのはまずかったんじゃないかと思う。
急に俺が不安になっていると、応接室のドアが開いた。
「遅くなってすいません」
部屋に入ってきた女の子は申し訳なさそうにそう言ってきた。俺はその女の子を見て圧倒されそうになる。
なぜなら女の子が美少女だったからだ。
美少女というと陳腐に聞こえるかもしれないがそれ以外に例えようがなかった。ツインテールの髪や眼、口といった顔のパーツから全身のスタイルに声までもが洗礼された美しさがあったからだ。それでいて美女という完成された美しさではなく、どこかあどけなさが残る可愛らしさが残る少女といった美しさだ。
私服だしどう見てもこの学校の生徒ではない。
この子がアイドルの女の子なのだろうか。
しかしアイドルなんて生で見たことがなかったがここまで圧倒されるものなのか?
「あの、どうかしましたか?」
「いや、別に」
あまりの可愛らしさに圧倒されるがすぐにかぶりを振って冷静になる。そして軽く咳払いしてから自己紹介をする。
「どうも、俺が今回学校案内をする赤月です。よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
ペコリと一礼する姿もどこか可愛らしさを感じさせる。
「ちょっと待ちなさい」
と言ってきたのは黒いスーツを着た女性。目つきが鋭いけどすらっとして大人びた雰囲気がある人だ。歳は三〇代ぐらいなんだろうけどまだ二〇代と言われてもおかしくないほど若々しい。
この人はマネージャーだろうか?
マネージャーさんは冷ややかな視線で俺を睨んでくる。
「どうして一般生徒のあなたが案内するのかしら? 案内をするのは青葉先生だったはずですが」
ごもっともな意見だ。
俺だって逆の立場なら同じことを聞いてるだろう。むしろ何で俺がこんなことを任されたのか聞きたいぐらいだ。
「それが、青葉先生はちょっと忙しくて俺が代わりに案内することになりました」
「そんな話聞いてませんけど」
ピシャリと切れ味の鋭い刀で切り捨てるように言うマネージャーさん。
……そこは伝えておけよ。適当にも限度があるだろ。
「たぶん手違いがあって連絡してなかったかも――」
「チッ!」
思いっきり舌打ちされた。
「まあいいでしょう。ここでムダに時間を過ごすのはもったいないですしあなたの言葉を信じましょう。あなたは学校案内をしてください。私は青葉先生と話しがあります」
そう言ってマネージャーさんは応接室から出ていこうとするが、途中でクルッと振り返ってきた。
「もしその子に手を出したら埋めますから」
ギロリと俺を睨んでから部屋を出て行った。
とてもじゃないけど何を? なんて聞ける空気じゃなかった。
何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだ。
そもそも俺は目の前にいるアイドルの名前すらしらないからな。かといって知りたいとも思わないけど。どんなに可愛くたってどうせ二度と会わないんだし覚えるだけムダだ。
不満を多少感じつつも気持ちを切り替えて俺は彼女を案内する。
学校案内といっても特に何か特別な場所があるわけじゃないので普通に教室だったり部活の様子を見せるくらいだ。あとは校舎から富士山を見せるくらいか?
そんな大したものじゃないのに彼女は「ほー」や「へー」と感嘆したり何かをぶつぶつ呟いていた。
「どうもありがとうございました」
校舎を一通り案内して校門に着くと彼女はお礼を言ってきた。とても礼儀正しい子だな。黄泉路も見習ってほしい。
「別に大したことをしたわけ――」
じゃないと言おうとしたが俺は絶句した。
なぜなら視界の片隅に骸骨を俺のほう目がけて走り寄ってきたのが見えたからだ。




