両手合掌
十一話目!!
一歩進めば魑魅魍魎。
対人間なら血の海。だったり、鉛の雨が降り注いでいる。だったり表現すべきなんだろうけど、対生物兵器だと、魑魅魍魎、魍魎跋扈。が結構型にはまる。
「うへぇ」
と俺は吐き気を催した。綺麗な見た目の猿と白蛇とはいえ、その口や体は血まみれで、小猿の目は血走り、生えている灰色の毛は、赤い液体で見事に肌に張り付いている。
病室から飛び出した瞬間、俺の視界に入ってきたのは汚染された空気と、崩れた建物。そこを縦横無尽に逃げる猿と、追う白蛇。数は分からない。猿はいすぎて分からないし、白蛇はでかくて、二匹だと思ってたらホントは一匹でしたー。みたいな数え間違えがあってもおかしくないから。
だけど、確実にいえるのは一つ。
人は、いない。
皆逃げたのか、それとも猿の腹の中か。出来れば逃げたであってほしい。
「どうなっとんねん……」
背負っているあかりが呟いた。それは俺が言いたいよ。
とにかく、今まで快適に暮らせる事ができた街の情景は既に崩れ去っているという事。崩れ去ったその上に、最悪の世界が生まれたという事だけは確かだ。
俺らを守ってくれた壁は今となっては餌が逃げないように囲う檻のようなものに化している。
「ま、でも、俺に出来る事はひとつぐらいか」
背中に生やしたグロテスクな蜘蛛の脚をわきわき動かして、体を解しながら呟く。
猿は蛇から逃げるのに必死で、俺らのことに気づいてない。絶好のチャンスだったから入念に解しておく。
「いくぞ……あかり」
「おうよ」
ぎゅっと、あかりが俺の体にしがみつく。うん、ラッキースケベ。と思ったけどよくよく考えたら当たる物もないから──
「ケイ、それ以上考えたら殺すで?」
「ははは、いやね、最近になって貧乳の素晴らしさも分かってきたなー。あんな脂肪の塊なんてクソぐれぇ! カワイいよ貧乳」
「……誉めてへんやろ」
「あ、バレた?」
「お前だけ死ねばええんや」
「ははは、あかり置いといて先に死ねるわけ無いだろ」
地面を蹴りぬく。向かうは猿と蛇で混沌としている最悪の世界。そこで多分交戦中である一之瀬と、和也の元へ。あ、後おっさんの元。
***
「おらああああぁぁぁ!!」
叫び声を上げながら、飛び掛ってくる──いや、逃げる場所にいる邪魔な壁を排除しようとしている小猿を一気に蜘蛛の脚で叩き潰し、別の道へ走る。
蹴り抜いてから十分経った。後ろを振り向けば、まだ病院が見える。まだ壊れてはいない病院。もしかしたらあそこは結構良いシェルターなんじゃないのか?
戻って立てこもりたい心をなんとか押し込んで、俺は崩れ倒れたビルに背中を預け──あかりを背負ってて出来ないから、手をつく。
結論から言うと、八方塞がりだ。
理由は二つ。
猿が多すぎる。ここら辺で大量に造られてるんじゃないかってぐらい、猿が動き回っている。やっぱり質より数重視の生物兵器なのだろうか。なんであれ、質は大したことはない。知性があるとは言え、混乱状態ではその知性も殆ど発揮できていない。
逃げまどう無能な群衆など払いのければいい。
しかし、払いのける必要があるのが多すぎるし、進路上にいれば邪魔だと言わんばかりに襲ってくるから、神経結構削られる。
まぁ、でも。こうやって壁とかに守られてるところに行けば、猿は襲ってこない分、まだ余裕を持てる。削られた神経を回復できる。と、思ってた。
回復する時間を削っていく、理由二つ目。
「──っ! くそったれ!」
壁から伝わる振動を預けていた手から感じ取り、俺は後ろに跳び逃げる。
直後、壁を壊しながら白蛇が飛び出してきた。破壊された壁の……いやビルの破片は当たり構わず吹き飛んでいき、その、体当たりの威力が伺える。飛んでくる破片を蜘蛛の脚で弾く。
視界の端を飛び、ぶつかる心配のない二つの破片を確認する。イメージする。伸縮性の高い、ゴムのような糸。それを二つ、吐き出す。
吐き出された糸は視界の端に映っていた破片に引っ付く。後方に飛んでいく勢いの強さに充分耐えられるようにイメージされた伸縮する糸は、後方へ飛んで行く破片を確実に捕らえたまま、伸びていく。
「っの、喰らえ!」
糸を両手に一つずつ持って、片方を思いっきり引っ張る。伸びきっていた糸はぴん、と張って、捕らえていた破片を引き戻し、その威力に更に推進力を足して、白蛇の眉間に破片を激突させた。
「やったか!」
これを言った時点で効いて無い事は確実だ。
白蛇はこれと言ったダメージもなく、顔に引っ付いたゴミを払うように顔を振るい、こちらを睨んでくる。
「ちょっと分かってたよ、畜生め!!」
もう一つ、捕らえていた破片を飛ばす。今度は白蛇の──真後ろ。てんで方向違いに向けて、出来るだけ派手な音を鳴らすように地面にぶつけた。
これに反応して後ろを向いてくれれば、逃げる隙が出来たのだが。
白蛇は俺の方に牙の前部からの毒を射出してきた。
これは後で知った事だが、蛇というのは空気の振動を感じる事ができないらしい。だから、どれだけドハデな音を鳴らしても、あいつは気づくことは無いらしい。
しかし、そんな事をその時の俺が知る由も無く、ただ音を無視する白蛇にムカついていた。
「はああぁぁぁぁ!?」
毒は俺の顔目掛けて飛んでくる。咄嗟に首を曲げて回避。同時に頬を膨らます。そして、多量の糸を吐き出した。イメージとしては、隙間無く、大きく傘のように広がるように。
白蛇はそれを突き破って突進してくる。しかし、その時には俺は白蛇の視界から外れるように走り出していた。
これが理由その二。白蛇が、人に興味を持った。
多分、喰ったのだろう。それで人の味を覚えて、存外、不味くない味を覚えて、人を襲ってくるようになった。これが最大級の恐怖だ。なんせ、あの巨体が自分を喰いに所構わず、障害物などぶち壊しながら突っ込んでくるのだから。
俺の体は不純物だらけだから喰っても美味しくないよ。例えば虫とか虫とか虫とか。蜘蛛とか。
とは言っても、あの小猿が大好物の白蛇だ。それぐらい気にせずにバクバクむしゃむしゃ食ってくれるだろう。
「そもそも生物兵器と意思相通なんて無理な話だしな……」
それが出来たら苦悩しない。それに、あの白蛇。どう考えても知性を持ってない。
小さき、捕食される側である小猿が知性を身につけ、身を守ろうとし。大きい、捕食する側である白蛇はそんな物を、知性を、地力で吹き飛ばす。
どれだけ、知恵を振り絞ろうと、策を練ろうと。ドデカい力には敵わない、という事だ。
ということで、八方塞がりな理由を二つ説明した。
それじゃ今度は焦っている理由を説明しよう。
「……ケ……ケイ……」
「だーっとれい、体力を無駄に使うな」
出来るだけ白蛇に気づかれないように、しかし相手にピット器官がある限り、気づかない。という事はありえないのだが。
だから出来るだけ温かそうな、炎が上がっている所をダッシュで駆け抜ける。
もちろん、そこには知性があって、考える事のできる小猿が隠れてたりするのだが、何匹か俺が仲間をあっさり殺してるところを見たのだろう。誰も突っ込んでこない。隠れて、白蛇と俺から逃れようとしている。落ち着けばこいつらもこういった行動は取れる。
でも、こういった空気の悪いところにはあまりいれない。
焦っている理由その一。あかりの様態。その二は無い。
あのごちゃごちゃした機器から外してからはや十分。既にあかりは虫の息になっていた。
ぐったりと。汗を掻いて。俺の背中に体を預けていた。やはりというかやっぱりというか、あの機械は必要だったらしい。
あの時の俺をぶち殴りたい気分だった。
まぁ、昔の事を嘆いても仕方ないし、あそこでそうしなかったら、逃げることが出来なかった。
前向きに考えよう。籠城するよりは生き残る可能性が高い方を選んだんだから。
それに、一之瀬の所に行けば、医療班ぐらいいるだろう。彼女の事だ。絶対いる。全滅してない限り。
だから俺は焦っていた。急いでいた。焦っていて、周りを見てなくて、視野が狭まっていて。
横から突撃してきた生物兵器に気づけなかった。
「──いつっ!?」
横から襲い掛かってきたのは、小猿でも白蛇でもない。人型の生物兵器。皮膚引っ剥がされて、それをひっくり返して貼り付けたような、いつもよく見る生物兵器。
なんだろう。見覚えのある感じだ。どこかで、見たことがあるような。人型とは闘った覚えは無いのだけど。
タックルするように突っ込んできたそいつは、俺の腰に抱きつき、そのまま俺の体を真っ二つにしたいのか、両腕で押し潰そうとする。ミシミシィ! と嫌な音が鳴る。どうやらパワータイプらしい。
蜘蛛の脚で対抗しようにも、足も一緒に挟まれていて役に立たない。挟まれた部分から、体液がこぼれ落ちる。
油断した。
口の中に血が溜まっていく中、俺は心の中で舌打ちした。幾ら焦ってるとは言え、周りへの注意を怠ってはこういう攻撃の格好の的だ。
「ふぐっ!」
俺は口の中に溜まっていた血反吐を吐き捨てた。
それは、妙に人間ぽい目に偶然当たった。人型は一瞬そこに気を取られ力が一瞬、抜けた。
刹那にも満たないその瞬間を見逃さず俺は蜘蛛の脚を八本全て拘束から外し、それを人型に突きつけた。
深く、深く、根元まで。
「がアアアアアアアアアアアアあああああああああああぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁあああ!!!」
人型が悲鳴をあげる。
それは、聞き覚えのある声だった。
ありすぎる声だった。
いやまさか、そんなことない。
でもそれなら納得いく。
見覚えあると思ったんだ。
どこかで見たことあるなと思ったんだ。
あいつに見せて貰ったんだ。
コンプレックスの塊だとホザいてたものに似てるんだ。
なるほどなるほど。
分かった理解した。
分かってしまった自分がいる。
でも信じたくない自分もいる。
他人の空似だ。聞き間違いだと。
泣きながら訴える自分もいる。
納得はした。理解もした。でも、信じたくない。
そんな風に、心がザワツく。
そんな事、知ってか知らずか人型はまだ動くことが出来たのか、体液を振りまきながら、脚を持ち上げて、俺を、踏もうとしていた。上から下へ。踵を振り下ろす。
その挙動もどこかで見たことあるような気がした。
それを視界に納めて、俺は反射的に蜘蛛の脚を動かして、脚を切り落として、首をハネていた。
「あ」
ハネた後に、そんな気の抜けた声を上げた。
しまった。殺してしまった。
友達を、殺してしまった。
首と片脚を失った人型はそのまま崩れ落ちる。脚はくるくると、空中で回転していて、首はこちらにコロコロと、ボールみたいに転がってきた。
顔の肉がなにかの拍子で一部剥がれ落ちていた。
やっぱり、和也だった。
ああ、やっぱりか。
空似じゃなかった。違わなかったか。
こいつ、今日見張り当番だったんだ。もしも、こいつらが壁を登ってきたのだとすれば、真っ先に襲われる立場だと言うことは知っていた。
でもこいつは細胞を移植された、子供だ。きっと生きてると思った。
でもこうしてここにいる。死にかけて、生物兵器の細胞に体を奪われて、俺を襲ってきた。
「和也……ゴメン」
俺は呟いて、両手を合わした。
死んでいるとはいえ、友達をもう一度殺す。というのは結構心にきた。
「…………ケ、ケイ……カズが……どうかしたん……?」
「い、いや。なんでもない」
俺は咄嗟に嘘をついて走り出した。今の彼女にこれ以上心労は与えられない。
でも、首だけは持って行くことにした。どこか、景色の良いところに埋めてやろう。と思った。
現在
穂高蛍 肉体疲労と精神疲労で、クタクタ。
椎名あかり 容態悪化。細胞の浸食率悪化中。
一之瀬凛 部隊の仲間12人と交戦中。
おっさん。必死に交戦中。
橋本和也。死亡。




