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研介の日常

 俺とレンとの付き合いはもう十年以上になる。こうなってしまえば幼馴染もいいところ。ケンカもしたしなんだかんだ言って一番仲がいい女子だ。

 彼女は俺を『ケン君』と呼び俺は『レン』と呼ぶが、彼女は『レン』ではない。

 水城 怜美。幼いころの俺が『レイミ』を『レン』と聞き間違えたせいで俺の前で彼女は『レン』だ。

 一方、俺は宮路 研介。だから『ケン』で何の遜色もない。

 そのレンが俺を見舞いに来ている。

 一夜明けてみれば俺は大怪我していた。今になって体中を激痛が駆け巡る。

 全身数か所の骨折。

 トラックに突っ込まれて生身の人間が死ななかったのは億に一あるかないか、と言ったところだろう。医者も疑いと恐怖の顔で首をかしげるほどだ。


「それにしても不思議よね。」

 レンは言った。

「何が?」

「ケン君が戻る前、安らぎの丘から誰か来た気がしたの。」

 レンは思い出すように言った。

「へえ。誰が?」

「何か、女の人。それしかわからない。」

 そう言えばレンは霊感が強い方だっけ。

「女か。」

 おそらく、あの死に巫女だろう。

「…今も近くにいる気がする。」

 レンは言った。真夏にお似合いのホラーだ。しかし、これはホラーではない。実際に俺を挟んでレンの向かい側にはあの死に巫女が佇んでいる。

「同じ気配?」

「うん。」

 まあ、聞くまでもないけど。

 俺には死に巫女が見えているし、レンの向かい側にいるのは本当だ。またあの時のように鈍色の鎌を携えている。聞くと死に巫女の標準装備らしい。そして、俺も鎌で妖たちと戦うらしい。

「水木さん。お時間です。」

「あ、はい。」

 看護師はレンに面会時間の終了を伝える。

「じゃ、また来るよ。」

「ああ。」

 レンが病室から出て行くのを確認すると、俺は起こしていた体を寝かせる。

「死に巫女には名前ってないのか?」

 俺は気になっていたことを聞いた。

(すみれ)です。」

「そうか、菫。」

 俺は死に巫女にも名前があることを確認した。

「研介様。」

 俺が菫とともに戦うと言った時から菫は俺を『研介様』と呼ぶようになった。理由を聞いても答えてはくれない。

「何だ?」

「あの、鎌をお渡ししたいのですが。周りには見えません。」

 菫は言った。

「そうか。菫、俺はいつから戦いに?」

「回復なさってからでも十分間に合います。私も力を使って動けませんからどの道すぐは動けません。」

 菫は言った。

「何に力使ったんだ?」

 俺は聞いた。

「トラックの遠隔操作と研介様を生き返らせるためにかなり使ってしまって、今人の前に姿を現すこともできません。」

 人の前に姿を現せるのか。

 新たな事実を知った。

「なぜ、研介様には私の姿が見えたのでしょう。」

「そんなこと言われても…。」

 これには俺も知らない事情が絡んできそうだ。俺はレンのように霊感は強い、と言うことはない。それなのにレンには見えないが俺には見える。

「ですよね…。」

 むしろ菫が知らないことの方が驚きだ。


 数日が立って俺は退院した。

 前例を見ないスピード退院。これには菫もご満悦。

 レントゲン写真を見ても骨がきれいに修復されていて体力も通常通りに回復していた。

「ご退院、おめでとうございます。」

 菫は上機嫌だ。

「ここはお前のおかげだな。」

 俺は雑踏に紛れて小声でささやく。

「そうですか?」

 実際、菫の治身術(ちしんじゅつ)と言うものが役に立った。読んで字のごとく「体を治す術」だ。もちろん生身の俺がこんなに早く回復できるとは思っていない。

 そのおかげで俺は不味い病院の飯を無理に食わされることもないし、医療費が必要以上にかさむことはない。トラックにどつかれた時点で医療費がどうこう言う話ではないが。


「ただいま。」

 俺は家に帰った。

 俺、帰ってきた。十日ぶりに帰ってきた。

「あ、お帰り。」

 俺の母、瑞穂が言う。

「ん、帰ってきたか。」

 父、涼斗も言う。

 十日ぶりに見る家族の顔。何となく憎らしい。

「悪いな、見舞い一つ行けなくて…。」

 父は言う。

 そうだよ。見舞いくらい来て欲しいよ。来ると来るでウザいけど…。

「本当にごめんなさい。」

 母も目を伏せる。

「いいよ。」

 ああ、俺って単純。でも、生きて帰ってきてよかった。

 菫が言う通り一人ではなかった。普通に生きていても影が薄めな俺だが死んでいたら俺は親不孝者だった。まだ、何一つ親孝行できていない。それに「親より先に死ぬのは最大の親不孝」らしい。菫が言っていたのだが、お前はどうなんだ?見た目が若いだけに勘ぐってみたくなる。どうせ答えてくれないのだが。

「研介、何が食べたい?」

 母は聞く。

「ああ、肉じゃが食いたい。」

 入院中から思っていたことだ。

「分かったよ。」

 母はそう言ってキッチンに行った。

「意外だな。お前が和食だなんて。」

 父は言った。

「そうか?」

「お前ならハンバーグとか言うのかと。」

 俺は無性に醤油の味がするものを食べたかった。醤油味なら病院でも食べたが、味気ない。それを父に言うと

「ははは。そうか。お前も日本人だな。」

 父は笑う。

 家族三人で食卓を囲む。それが、こんなに嬉しいことだったとは。

 ただ、さっきから後ろに気配を感じる。

 死に巫女の菫だ。

 何かいたたまれなさそうにソワソワしている。


「ごちそうさま。」

 俺は「母さんの味」というものをよく味わって食べた夕食が終わると俺は目ですみれに合図した。俺に部屋に入りドアを締め切った。

「何かあったのか?妙にソワソワしてたよな。」

 小声で言った。

「いえ、何もありません。ただ、肉じゃががおいしそうだったもので。」

 菫は答える。

「それならいいけど、何かあったら俺に言いなよ?」

「いいんです。頼ってばかりでは悪いので。」

 今さら悪いとか言われても…。

「それに、これからは振り回す羽目になると思うので。今も結構危ないですよ?」

 菫は笑顔で不吉なことを言う。

「あのな…。」

 俺は呆れて絶句した。

「すみません。私の勝手で…。」

「ああ、もうそれは聞き飽きた。」

 俺は面倒くさくなって言う。実際、一日三回は言われている。もう十日たつから少なくとも三十回は言われている計算になる。

「はい…。」

「ところで戦うって言ってもどうやって戦うんだ?武器もないのに。」

 俺が言うと菫は金属製の棒を出現させる。棒と言っても奇妙な形で、真ん中にぽっかりと穴が開いている。その穴も楕円形を四分の一にした形でこれが武器とは到底思えない。ナックルにしてパンチすると俺の指がなくなってしまう。

「折り畳み式の鎌です。とは言っても一度開くと戻せなくなりますが。」

「使い捨てじゃないんだろ?」

「はい。」

 菫は折り畳み式の鎌を俺に手渡す。

「折り畳みにする意味あるのか?」

「大して意味はありませんが、最近の流行じゃないですか?」

 確かに折り畳み式のナイフはあるが折り畳み式の槍や剣はゲームでもあほとんど見ない。

「どういう流行りだよ。」

「黄泉の国のことですから。」

 まあ、そうだろうな。

 相手は死に巫女。黄泉の国の人であることを聞かされたぐらいで驚いてはいけない。

「何で?」

「呼び出しに便利なんです。私たちは霊力を使って物を呼び出したりしています。あまり大きいと呼び出すのにより多くの霊力がいりますので。」

 意外と考えはあるんだな。

「へえ。」

 雑談をそれからしばらくしていた。

 つい油断して声が大きくなった。

「そうなんだ。」

「そうなんです。黄泉の国も捨てたものじゃありませんよ?」

「研介。誰と話してるんだ?」

 俺はハッと気づき慌ててケータイを耳に押し当てる。

「ちょっと、今電話してるんだから。」

 俺はたしなめるように言った。

「そうか。それはすまなかった。誰とだ?女か?」

父は冷やかす。

「ま、まさか。ただの友達だ。」

「なんだ。つまらんな。」

 父は部屋を出た。

 俺は演技で乗り切ったが菫はしょげてしまった。

「…私が…女に…見えてなかったんですか…?…巫女と言うから…そうなんだと思ってらっしゃっただけで…、…私は…女に…。」

「菫?」

 俺は菫を背中に触れた。その背中は空気のように感触がなく、温度もなかった。

「温度…無いですよね…。私の背中…。死んでますから…。ですが…。」

「分かってるよ。あれは演技だ。親父を振り切るためのな。」

 俺はフォローした。

「…酷いです…。」

「すまない。」

 俺が謝っても菫は聞いていなかった。

「私が…男に見えていただなんて…。」

「菫…。本当にすまなかった。」

 菫は唇を噛みしめてわなわな震えていた。

 俺に、そんな感情を…。

 俺は自分を責めた。もっと器用に嘘をつけたら菫を傷つけることなかったのだろうが。俺は不器用だった。

 ああ。そう言えば結構、俺って不用意な一言でいろんな人を傷つけてたな。だから一人だったのだが。

「…菫。あれ、菫…?」

 菫は消えていた。

 拗ねてどこか行ってしまったようだ。

 あいつが行く場所としたら墓場くらいか。あの「安らぎの丘。」

 俺はこっそり家を抜け出して安らぎの丘に向かった。

 墓場に近づけば近づくほど嫌な空気が立ち込めてくる。無暗に動悸を誘う。脈拍は上がり、冷や汗が流れる。念のための鎌だったが持って来ておいてよかった。

「菫!」

 墓場に行くと菫と異形の物体が戦っていた。俺は叫んだ。

 物体と、言ってもロボットやサイボーグと言った類ではない。生きているような死んでいるような存在。おそらくあれが妖。間違いなく生きてはいない感じだ。

「研介様!」

 妖を弾き飛ばして菫はこっちに走ってくる。

「あれが妖か?」

「はい。」

「手伝う。」

「一人で充分です。女ではありませんから。」

 まだ怒っている。女は怖いな。

「まて。その体に傷ついちゃ話にならないぞ?」

 俺は慰めついでに言ってみた。

「嫁に行く予定も婿を取る予定もありませんから。」

 よっぽど傷つけてしまったようだ。

「初心者は下がってて!」

 グサッ!

 菫が声を落として言い放った言葉が俺の心に深く突き刺さる。それを口にはしないがなかなか痛い一言だった。

「へいへい。」

 俺は鎌を構えるだけ構えてあとは菫を見守った。

 しかし、菫は攻撃を受けることなく妖に鎌を深く突き刺す。

「はあっ!」

 菫は綺麗な声で掛け声を放ち、高く飛び上がる。その一撃で妖は両断されて、消えた。

「成仏完了…。手向けは要らないな?」

 菫は鎌を背中に戻しながら言った。

「菫…。」

「菫様と呼べ!」

 俺があの演技で菫をこっ酷く傷つけたせいで人格が変わったんだ。そんなに傷つけたんだな。

「はっ。申し訳ございません、研介様。」

「頭を下げるとまた額に草の汁が付きますよ。」

 俺は落胆していた。

 俺、こいつが、いや菫様が嫌になるほど傷つけたんだよな。

「研介様?」

「お気になさらずに、菫様。悪いのは紛れもなく私でございます。」

 突然敬語を使いだした俺に戸惑う菫だった。

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