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安らぎの丘

かなりグダッてしまいましたが読んでいただけると幸いです。

「ケン君!ケン君!」

 幼馴染のレンの声が聞こえる。その声が異様にヒステリックだった。俺の体の傾きからして…上半身だけ抱き上げられていた。

「ケン君!ケン君!!」

「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。俺はいき…いき…」

 …てない?俺、死んだ?

 爆音が聞こえた。それから、いま?

 俺は恐る恐る目を開けた。目が開いた。光が入る。レンがいる。必死に俺を抱きかかえて叫ぶ。しかし、どうしてだろう。レンの体が燃えるように熱い。レンの中で何かが燃えている。

 感情?

 衝動?

 それとも…何だ?

 …命だった…。

 電柱に突き刺さるとラック。折れた電柱はトラックを潰している。これでは運転手も無事では済まない。その光景を見て悟った。

 俺 は 死 ん だ 。

 俺の視界から全てが失せた。消えた。レンが。光が。電柱が。トラックが。

 何も聞こえない。

 ドサッ。

 俺は草の上に落とされた。俺は起き上がる。

 ここはどこだ?

 墓地だ。安らぎの丘。

 俺は十六年でここに来た。

 俺は視線を泳がせる。その瞬間、ある人影が目に留まる。白い小袖に黒い袴。まさしくあの人だ。人魂と戯れていたあの人だ。

「気が付いた?」

 綺麗な声。可愛げがある。

「あなたは?」

「見ての通り巫女。ちょっと違う気もするけど。」

 どっちだ?とりあえず巫女か。

 その巫女は墓石に座っていた。何も書かれていない墓石。新品。これから彫り込まれるのだろうか?俺の名が…。

「あなたが座ってる墓石って俺のか?」

「んー、当たらずとも遠からず。決めるのは君。宮路研介さん。」

 俺の名前を知っていたのか?

「俺が…決める…?」

「今の君なら悲しんでくれる人は居ない。あの女だって五年もすれば忘れる。」

 グサ

「存在感がないからね。生きてる頃から。」

 グサグサ

「君は誰からも必要とされていない。」

 グサグサグサ

「ただ一人を除いて。」

 俺は直角に曲がった首を持ち上げる。

「私だ。」

 …何だ、これ?「死ね」に近い言葉を放りながらの最後のフォローのようなセリフは…。

 俺は途方に暮れてため息をつく。

「あなたが?」

「私ごときの人でも必要とされているだけマシだと思うけど。私もあっさりと送る魂はいくらでもある。」

「魂を、送る?」

「そう。私は死にゆく者の魂を送る役割がある。死神、と言ってもいいかも知れない。」

 死神…。俺を送りに来た…。

 だから「違う気が」したのだろう。

 そう思った瞬間、巫女は首を振りながら小袖の胸襟を直し始める。そして墓石から降りて俺に向かって正座して地面に膝をつく。手をついて頭を下げる。

「誠に申し訳ございません。」

 巫女は深刻な声に変わりいきなり謝罪し始める。この変貌ぶりは何だ?豹変だ。

「は?」

 当の俺は素っ頓狂な声を上げる。

「あなたにトラックをブチ当てたのはこの私です!」

 巫女は頭を下げたまま言った。

「トラック二台を操ってあなたにブチ当てました!」

 敬語使う割に俺にトラックを「ブチ当てる」。

 ん?二台?ってことは俺の目の前を駆け抜けたトラックもこの巫女に操られて?

「まさか。どうして?」

 俺は理由を聞いた。

「あなたの力が欲しいゆえ…。」

 だから殺したのか…!

「あなたはとてつもない力を持っています。ですから私が見えました。その力を貸していただけないでしょうか。」

 ………。

 呆れて放つ言葉も見当たらない。

 どうとも言えない怒りが押さえ方も知らずに湧き上がってくる。俺はその巫女の胸ぐらを掴もうとしていた。しかし、やめた。やったところで日常は戻らない。

 沈黙が流れる。

 どうしようもなく長い沈黙。

 腕時計はさっきの事故で壊れていた。

「腕時計お直し…」

「必要ない。どうせ俺は霊だ。殺されたんだ、お前に。」

 俺は続く言葉を混乱した脳から拾い上げる。

「お前はよく分からない。脅したいのか、頼みたいのか。中途半端だ。」

「最初は脅すつもりでしたが…、動じない姿を見て切り替えました。」

「何が『誰も気づかない』『存在感がない』『誰も必要としていない』だ?何が言いたい?何がしたい?まるで俺をあの世に送りたいだけに見えるぞ!」

「私はただ、事実を…」

「確かに事実だよ。事実でいいよ。でも、お前の意図が分からない。事実を突きつけて『死ね』って言うなら分かる。でも、どうしてそこから『協力してくれ』に変わるんだ?ああ、もうごっちゃごちゃ。もういい、ほっといて!」

 俺はたまらずその場から立ち去ろうとした。

「あ、お待ちください!そのお体で出ると、戻れなくなりますよ。」

 口調は丁寧。しかし、どこからか出した鎌の柄で俺を羽交い絞めにする。

「放せ!」

 封印でもされているのか体が全く動かない。

「放しません!あなたが結論を出すまでは!」

「俺は彷徨う幽霊でいい!どうせ生きてても一人だ!」

 俺は力いっぱい叫ぶ。

「いいえ、それは研介様の勘違いです。思い込みです!あの人がいるでしょう?」

「五年もすれば忘れるんだろ!」

 俺はもう自暴自棄になっていた。

「あの人にとって五年は長いでしょう?」

 巫女は鎌に力を込める。

「お前は俺をどうしたいんだ!?」

「協力していただきたいんです!」

「俺が死んでたらまずいのか!?」

「そうです!」

「なら最初からそう言え!」

 俺は振り払う。

「頼むにしても脅すにしてもまず説明しろ!」

 俺は倒れ込んでいる巫女に向かって叫ぶ。

「…くうっ…。」

「どうした?」

「ど、どうして?封印が途中で解けるなんて…。さすがと言ったところですね。」

 満月が2人を照らす。俺の影がまっすぐ真新しい墓石に落ちる。そして、巫女の顔が照らし出される。

 大きな黒曜石のように黒い目に、紅で塗られた唇、黒く長い髪を結ぶことなく伸ばしている。黒の袴に白の小袖の襟を左前にして着ている。

「襟、逆じゃないか?」

 几帳面だ。俺はこういうのが無性に気になる。

「いいのです。私はすでに死んでいますから…。」

 巫女は寂しげに言った。

 俺はこの巫女の姿から死後の世界を何となく連想した。

 光のない白と黒の世界。

 音のない静かな世界。

 動くことのない世界。

 心のない世界。

「あの世って、光が差さないのか?」

「え?」

「白と黒。巫女なら普通は緋袴だろ?」

「そうですが、『死に巫女』の衣装なのです、これが。」

 死に巫女。なぜかその言葉がグサリと心に深く突き刺さってくる。

 この人も霊?

 何で死んだのかは知らないけど…思いを残して、死ぬに死ねない霊?

 それとも送ってもらえずに彷徨っている霊?

「お前も霊なのか?」

「生きるとも死ぬともない存在です。今のあなたのように。」

 ……。

 また、ややこしい話が絡んでくる。

 …俺のことはスルーしておこう。

「いわば保留の状態です。」

 保留、と聞けば俺の立場は分かりやすいが

 この死に巫女がどうして保留なのか。それが分からない。

「何故?」

「私は…義務を果たすことなく死んだのです。それから私は死に巫女になり魂を鎮めつつその義務を果たしているのです。」

「その義務を俺に手伝わせようと?」

 そう聞くと無言で頷く。

「その義務って何だ?」

「妖を討滅することです。」

「あやかしって?」

「人の命を貪る悪鬼です。その上大妖まで復活してしまうと…」

 この死に巫女の話にはいつも一言欠ける。

「たいようって何だ?」

 俺はキレ気味に聞いた。

「妖を統べる物です。今は封印されているのですが、封印が解けてしまうとどうなるか分かったものではございません。ですから、封印されているうちに消滅させてしまわねばならないのですが…場所が…この近くなのですが正確な位置は…。」

 一言欠けるわりに口走る。

「…。お前は生き返れるのか?」

「分かりません。義務の達成も延び延びになっていますので、最悪未来永劫、死に巫女かも知れません。」

 そんなこと知ってどうするんだ?俺…。

「そして今、私は死に巫女としてあるまじき大罪を犯したのです。」

 察しはつく。

「俺を殺したことか?」

「はい。」

「未来永劫の拷問じゃないのか?」

 俺は聞いた。

「そうかもしれません。」

 俺が手伝えばこの死に巫女を逆に苦しめるのではないのだろうか?

 そう思うとこの死に巫女が哀れに見える。

 クソッ

 何で俺がこいつを憐れんでるんだ?

 俺を殺した仇だぞ?

 でも

 その瞳に映る決意は鈍らない。

 ずっとその瞳で俺から一瞬たりとも目を逸らさない。

 ……。

「お悩みになるのは分かります。私は一度、席を外しますのでごゆっくりお考えください。くれぐれも、この墓地から出ることのございませぬように。」

 彷徨う霊になってしまうからか。

 はあ

 俺はため息をついて寝転ぶ。

 あいつは俺を殺した。

 身勝手な理由で。

 世界が望む身勝手な理由で。

 俺は死んだ。

 後のことはどうでもいい。

 この世の秩序が乱れたって知ったことじゃない。

 俺の脳は「関わらなくていい」と言う。

 俺の心は「助けてやれ」と言う。

 ああ、どうすればいいんだ?

 発狂しそうだ。

 混乱、困惑、混沌、困窮、精神崩壊。

 生、死、死に巫女、死神、現時点で保留の俺。

 交差点、レンの声、突っ込むトラック、折れた電柱、抱き上げられた俺。

 レンの暖かさ、俺の冷たさ、温度のない鎌。あの死に巫女に温度はあるのだろうか?

 一人じゃない、誰も気づかない、誰にも必要とされない、矛盾。

 ……レン…。

 別に好きだったわけでもない。多分向こうもそうだろう。でも、抱き上げられて叫ばれて…嬉しかった…。

 これを最期にしてはいけない気がした。

 義務。果たさなければレンも死ぬ。俺が放棄すればレンだけでなく他の人まで死ぬ。

そうなると死に巫女はどうなるのだろう。

 ごちゃごちゃごちゃごちゃ…。

 ああ、分からない。どうすればいいのだ。

 俺は。

 と、そこに死に巫女が戻ってくる。黒の袴に白の襟が逆の小袖。背中から顔を出す鈍色の鎌。

「時間はあります。ゆっくりお考えください。どの道も一度選ぶと後戻りはできません。」

 そんなの知ってる。

 後戻りができる選択なんて日常生活での買い物くらいだ。こういった選択で後戻りできるならむしろそっちの方が驚きだ。

 結局、俺はどうしたいんだ?

 生きたいのか?

 死にたいのか?

 せめてそれだけでもはっきりさせたい。


 いいだけ悩んだ挙句、俺は口を開いた。

「引き受ける。」

 死に巫女は…寝ていた。何も書かれていない墓石に寄りかかっている。

「死に巫女!」

「あっ、はい。」

 死に巫女はどうやら自分が寝ていたことに気づいていなかったようだ。飛び上がって胸襟をただす。

「引き受ける。」

「本当ですか?」

「ああ。」

 死に巫女は正座して手をついて頭を下げる。

「ありがとうございます。」

 顔を上げるとまた額に草の汁が付いている。やはり気になった俺はハンカチでそれを拭う。

「お優しいですね。」

「だから気になっただけだ。」


「魂とお体をお戻しいたしましょう。」

「ああ。」

 そう言うと死に巫女は鎌を持って舞い始める。繊細な舞に似合わない無骨な鎌。アンバランスではあるがその舞自体は美しい。

「はっ。」

 死に巫女は掛け声ともに一閃を放つ。その一閃は俺を包み込む。眩しさに目がくらむ。


「ケン君!ケン君!死なないで!」

 レンは今にも泣きそうな声で叫び続けていた。俺はその声に目覚める。

 体は予想以上に弱っていて歩くのは無理そうだ。まず、立てるか否か。

「…レン…。」

 そのせいで声がしっかりと出ない。俺の声に気づいていないのかまだレンは俺を揺さぶりながら声を嗄らして叫ぶ。

 俺は鉛のように重たい腕を持ち上げてレンの頬に触れる。

「え?」

「…レン…。」

 レンは信じているような、信じ切れていないような顔だ。

「生き…てるの…?」

 レンは嗄れた声で言った。

「…ああ…。」

 俺の声もレンのことを言えたものではないほど弱々しいのが自分でもわかる。

「…心配…させたな…。…すまない…。」

 俺の頬に水滴が落ちる。

「生き…てる…。…ケン君…生きてる…。」

 レンの涙。心に沁みる涙だった。これまでもケンカしてレンを泣かせることもあったが、これは違う。そんな涙じゃない。

「…ああ…。」

 俺はここに来て生き返って良かった。そう思った。

「ケン君…。」

「…レン…。」

ありがとうございました

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