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ベーリアンのトライアイン

 チェルミナートルは少数の利を生かし、ベーリアンへ何度も奇襲を続けていた。

 ある時は補給物資を燃やし、ある時は夜襲を仕掛け、ある時はベーリアンの村々を無きものにしたのだ。

 この得体の知れない少数の襲撃者たちの噂はベーリアン兵たちの間にも広まり、ひどく恐れられた。中でも有名なのが甲高い笑い声を上げながら戦う女魔法使い、通称女王の話だ。空に浮かびながら氷柱の魔法で串刺しにしていく戦闘スタイル。弓で射落とすと身の毛のよだつような悲鳴を上げながら墜ちていき、死を確認しようと近づけば何故か死体が消えているという。そして、しばらくすると再び現れるのだ。

 不死の女王。その存在は大きく広がり、女王と共に現れる少数の襲撃者は不死の軍勢と呼ばれた。女王はチェルミナートルではなく、マルクの召喚ユニットだったが、奇しくもチェルミナートルの本質に近い異名で呼ばれたのだった。

 そして、不死の軍勢と来れば、それがチェルミナートルへと繋がるのも早かった。


「マルクよ、ベーリアンにはチェルミナートルの存在がバレ始めているぞ」

「そうか」


 ヴェロニカの報告にも対して動じずにマルクは答える。想定の範囲内のことだった。


「あれだけ一方的な攻撃を何度も仕掛けたんだ。人間達はチェルミナートルに恐れを抱き始めているだろう。すぐには何も出来ない。今頃どうするべきか悩んでいるはずだ」

「すぐにでも反撃される心配はないのかの?」

「ないな。ヴェロニカは人間の神々がいたころ、何か反撃しようと思ったか? 一度上位だと思い込んだら最後、そいつに歯向かうのには覚悟がいるもんだ」

「なるほど。妾に至っては人間の神々が死んでからも、人間に反撃しようなどとは思えなかったわ」


 自嘲気味に笑い、ヴェロニカは目を落とした。


「ヴェロニカは残ったチェルミナートルをまとめて上手くやっていた。ずっと無責任に死んでいた俺とは大違いだ」


 しかし、人間の反撃が近いことは簡単に予想できる。マルクはこの五〇人程度の小さな軍勢でどうするべきか本格的に考え始めていた。


「それにしても他のチェルミナートルは本当にどこへ行ったんだろうな」

「分からぬ。少なくとも、お主が生き返ったと分かれば、お主の軍勢はやがて戻ってくるじゃろう。妾はあの紫の炎を見た時、人間に感づかれるような真似をしたことへの怒りと、お主が復活した可能性への希望で複雑じゃったよ」

「怒っているだけに見えたが」

「お主が復活したのは見ればすぐ分かったからの。後に残るのは怒りだけじゃ」


 ヴェロニカは無邪気に笑い、それから一歩マルクへ近づいた。


「ところで今のところユーリカとはどういう関係なんじゃ?」

「昔から変わらない。俺の第一の部下だ」

「五千年も死んだお主の世話をしておったのじゃ。何か変わらぬものかの?」

「……感謝はしている」

「そうか」


 満足そうにヴェロニカは笑い、それから真っ直ぐにマルクの瞳を見つめた。


「妾は今でもお主のことは好きじゃからな。それを聞いて安心した」

「それは――」

「まあ、それだけじゃ」


 踵を返す昔の恋人の背を見ながら、マルクは何も言えなかった。





 木々の中をヘーテが駆ける。狩りの最中、ヘーテはいつも笑顔だ。人間狩りは楽しいし、食べるのも好きだ。そういった行為の何が楽しいかと言えば、自分が絶対的な上位者だという安心感と満足感が大きかった。


「逃がさないからねー!」


 自信満々に宣言し、ヘーテは懐からナイフを取り出す。

 ヘーテの前を走る男。針葉樹の葉で切ったのか顔は傷だらけだ。その顔が恐怖に歪む。ヘーテはその表情が好きだった。

 投擲したナイフがその太ももに刺さる。倒れる男。ヘーテは走るのをやめ、歩きながら男へ近づく。


「どこの国の人間かな?」

「ベ、ベーリアンだ! 助けてくれ! 何でも話すから!」

「何しに来たの?」

「チェルミナートル討伐隊の偵察として来たんだ! あんたチェルミナートルだろ? チェルミナートルなんていなかったって報告するから助けてくれ! 俺が戻らなかったら確実にここへ人間が来るぞ!」


 ヘーテは首を傾げる。


「チェルミナートル討伐隊?」

「そう、そうだ! 一リーグほど手前に駐在してる。偵察が戻らなかった地域に進軍するらしい」

「そっかー。じゃあ殺すと討伐隊が来ちゃうんだね」

「だから助けてくれ! 俺を殺すとまずいだろ!?」

「そうでもないよ」


 ヘーテは男の太ももに刺さっていたナイフを引き抜き、それを心臓へと突き立てた。ナイフが骨に当たらないようにするのも慣れたものだ。死体は損傷が少ない方が美味しく食べられる。


「討伐隊かー。いっぱい食べられると良いな」


 ヘーテはナイフについた血を舐めながら考える。一人でやっても良いのだろうか。既にヘーテの中にあった人間への苦手意識は完全に霧散していた。元々好戦的な性格だったが、今では人間が反撃してくる可能性すら考えていないほどだ。狩りの対象。それが人間への評価だ。


 チェルミナートルで最も強い者は将軍の一人であるイグナートである。現在は行方不明だが、石牢に囚われているとは考えられなかった。だが、もしもイグナートが囚われているような場合、チェルミナートル最強の座はヘーテであることは間違いなかった。

 将軍のマルクとヴェロニカは指揮能力に優れているが、戦闘力はヘーテに劣っていた。逆にヘーテは奔放な性格が災いし、その戦闘力の高さにも関わらず将軍になれなかった。

 そんなヘーテだから、討伐隊と聞いてもそれほど脅威に感じなかったのだ。


 食事を済ませたヘーテは歩き始める。もちろん、討伐隊を探すためだ。隊というからには一人ではないだろう。木に登って周囲を見渡す。小柄なヘーテは猿のように次々と木から木へと飛び渡り、一番視察に向いた木を探し当てた。


「いた」


 南に防寒着を着た男たちの姿が見える。数は三人。これが討伐隊? ヘーテの脳内に疑問が浮かぶ。以前に来た魔領調査隊というのは二十人弱いた。いや、あれはルガーテの調査隊だったから、このベーリアンの討伐隊とは全然違うかもしれないが……。ヘーテは狐につままれたような顔をしていたが、すぐにどうでも良いと結論づけた。


「まあ良いや」


 木から飛び降りる。討伐隊は火で暖を取っているようだった。大方、偵察が戻るまで待つつもりなのだろう。ヘーテはその手間をなくしてやることにした。

 一リーグ弱ほどの距離を駆け、ある程度近づいてから懐のナイフへと手を伸ばす。この瞬間がたまらなく好きだ。獲物に見つかるのではないかという不安感と、そんな獲物だったらどれだけ嬉しいかという期待。

 ヘーテはそろりそろりと木々の間を縫っていく。そして、ナイフを投擲した。


「危ないっ!」


 だが、それは盾で弾かれてしまった。大きな方盾を持った男が他の二人を守るようにヘーテを睨んでいる。


「……チェルミナートルか?」

「あら、こんな可愛い子が? 不死の怪物と聞いていたけどまるで人間みたいね」


 三人の討伐隊はそれぞれ異なる武器を持っていた。

 一人は長剣と大きな方盾。先程ヘーテのナイフを弾いた男だ。

 一人は杖を持っている女。一目見ただけで、それが忌々しい人間の神々の創ったものだとヘーテは理解した。

 そして、最後の一人は口を布で隠し、長弓を構えている。


 戦士と魔法使いと弓使いか。ヘーテは冷静に分析しながら、懐から新たなナイフを取り出す。


「討伐隊の皆さんこんにちは。あなた達の探してるチェルミナートルです」

「俺たちが探しているのはこんな子供じゃなく、狂ったような笑い声をあげる女王様なんだがね」

「クイーンのこと? 私はあれより強いから安心していいよ」

「じゃあ試してみましょう。創造・重力結界グラビティ・フィールド!」


 魔法使いの聖句と同時にヘーテは跳躍する。見えない力によって木々が倒れていくが、ヘーテは既にそこには居ない。魔法使いへ迫るヘーテを戦士が盾を持って阻む。


「速いな。だが、それだけだ」


 振られた剣に距離を取るヘーテ。更に射られた矢がヘーテを狙うが、踊るようにヘーテはそれを避けた。魔法使いが笑いながら宣告する。


「私たち、これでも有名なの。トライアインと名乗ればルガーテ兵たちは慌てて逃げ出すわ」

「へえ、その程度で有名になれるんだ」

「口だけは達者ね。創造・重力結界グラビティ・フィールド!」


 すぐにヘーテは飛び退く。グラビティ・フィールドの魔法は良く知っていた。対象地点から半径三メートルほどに強い重力を発生させる魔法だ。魔法の効果が見えないために恐れられるが、能力を知っていればさほど怖くはない。


 間髪を入れずに放たれる矢。ヘーテは木を盾にして、一息ついた。討伐隊が三人と聞いて訝しんでいたが、どうやらそれなりに腕が立つと評判の人間らしかった。少なくとも、あの戦士がいる限りナイフで戦うのは厳しい。積極的に攻勢に出ず、魔法使いと弓使いの護衛に専念しているからだ。


「仕方ないか」


 だから、ヘーテはナイフをしまった。ヘーテはナイフを刺した時に得られる感触が好きで仕方なかったのだが、通用しないのならば仕方がない。

 そして、聖句を唱える。


「創造・奇術師のトリック・スピア


 ヘーテの右手に長槍が現れる。そして、駆け出した。

 彼女が木の影から姿を現すと同時に矢が飛来したが、槍で叩き落とす。そして、戦士へ肉薄した。


「俺と正面からやり合うか!」


 槍は盾で受け止められる。跳ねる槍の穂先。だが、反対の石突を返し、盾の側面から戦士の頭を打ち付けた。奇妙な声を漏らして戦士の男が倒れ伏す。その頭は大きくへこんでいた。


「創造・風のウィンド・ブレード!」


 魔法使いが新たな魔法を唱えるのが聞こえる。ヘーテは見えない風の刃を避け、飛んだ。


「あっ……」


 トリック・スピアを捨てて魔法使いの首元を掴み、ヘーテは呆れたように呟く。


「見えない攻撃だから避けられないとか思ってたんでしょ? 全部真っ直ぐ狙ってるんだから簡単に避けられるよ」


 そして、右手に力を込める。小気味良い音が魔法使いの死を告げた。


「さーて。残り一人」


 残された弓使いは既に逃走を開始していた。良い判断だ。ヘーテはそう思う。勝てない相手に遭遇したら真っ先に逃げるべきなのだ。逃げ切れるならば。

 木々を盾にするように走る弓使い。恐らく、ヘーテが他に魔法を使えることを危惧しているのだろう。ヘーテはあえて魔法は使わず、懐にしまっていたナイフを再び取り出した。

 逃げ切れない。そう思ったのか、弓使いは足を止めた。弓を構え、射る。ヘーテは煩わしそうにそれを弾き、彼に告げた。


「弓よりもっと得意なものがあるんじゃないの?」


 その言葉を受け、弓使いは弓を捨てる。そして、大きく捻れた形状のナイフを取り出して構えた。


「そうそう!」


 笑いながらヘーテは走る。ナイフを構え待ち構える男。二つのナイフが交差し、血が飛び散った。男の構えていたナイフは空を切った後、だらりと落ちる。


「残念!」


 倒れようとする男を無理やり支え、ヘーテは尋問を開始する。


「君たちはベーリアンの依頼で来たってことで良いのかな? 答えないと脇腹のナイフを色々動かしちゃうよ」

「……そうだ」

「ベーリアンはチェルミナートルについてどこまで知っているの?」

「……お前たちがルガーテに与していることぐらいだろう」

「別にルガーテに与しているって訳じゃないんだけどね。まあ、良いや。他には?」

「知らん。さっさと殺せ」

「えー。まだ最後の手見せてもらってないよ」


 ずっと冷静だった男の瞳が少しだけ広がる。ヘーテはしばらく男の様子を見ていたが、すぐに男の首をへし折り殺した。


「諦めちゃったかー。言わないほうが良かったかな」


 ヘーテは男の口を覆っていた布をゆっくりと外した。男が口で咥えていた針が露わになる。


「毒針かなー。こんな布してたら何か武器を咥えてるのなんて丸わかりなのに。そうだ、マルク様のところに持って行こう。褒めてもらえるかも!」


 後片付けをしっかりして、親に褒めてもらうのを期待する子供のような、そんな無邪気な笑みをヘーテは浮かべていた。

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