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会議は踊る

 マルクはクイーンによる蹂躙を眺めながら、いけると思った。チェルミナートルの記憶にある人間との戦争は敗北そのものであった。人間の神々達は恐るべき力を持っていたし、人間たちは圧倒的な数でチェルミナートルを粉砕した。

 それが、今はどうだろう。あの恐ろしい人間の神々はもういない。残った人間たちは国という単位で別れ、お互いに争って数を減らしている。神を失った人間たちが赤子のようだった。


「クイーンは流石ですね。ヘーテなどよりも強いのではないでしょうか」

「ないない! 私の方が強いから!」


 必死に否定するヘーテにマルクは笑った。


「一応俺の最高のユニットだ。そこまで否定しないでくれよ」

「あっ、別にマルク様のクイーンが弱いって訳じゃないんですよ! ただ私が強すぎるってだけでしてっ!」

「それはそれでどうかと思いますが」


 召喚ユニットのクイーン。今までは神殿の防衛に当たらせていたが、現在は代わりにヴェロニカの部下数人が防衛をしている。マルクの持つユニットで最強のクイーンの前に人間は為す術もないようだった。


「出来るだけ損害が出ないようにユニットを前面に出したが、他のチェルミナートルも積極的に戦って良かったかもしれないな」

「そうかもしれませんね」


 大半のチェルミナートルはいつでも撤退出来るよう、クイーンが援護可能な範囲内で戦っている。圧倒的少数で戦うチェルミナートルにとって、一時の死であろうとも、死は許されないことだった。


「マルク様ー、敵は完全に撤退するみたいです」

「俺たちも撤退するぞ。クイーンだけを残して下がれ」

「はーい!」


 元気よく返事をしながらヘーテは他のチェルミナートルの元へ命令を伝えに行った。マルクの隣でヴェロニカはため息をついた。


「人間の軍勢と戦ったのは久方ぶりじゃが、本当に弱くなったのう。妾を苦しめた人間たちと同種とはとても思えん」

「人間自体の力は変わっていないだろう。ただ、あの神々がいなくなっただけだ」


 先程攻撃をしかけたベーリアン兵は、神ベーリアンの民だ。不死殺しの槍でマルクを五千年の死に陥らせた神。

 あの恐るべき敵はもういないのだという安堵感がマルクを包む。


「さあ撤退しよう。他のチェルミナートルも人間への苦手意識は薄れただろう」


 今回の戦いの目的はまさにそれだった。チェルミナートルにとって人間とは常に上位者だった。実際には人間の神々の力が大きかったのだが、それでも人間に苦手意識を持つ者は少なくない。

 戦い続けるクイーンを残し、マルクは笑いながら戦場を後にしたのだった。



◆ ◆ ◆



 ルガーテの若き王、ハークス・ルガーテは報告書に目を通し、目を疑った。


「ベイル中将がベーリアンを返り討ち? どういうことだ、これは」

「謎の援軍が奇襲を仕掛け、それに乗じてベイル中将が追撃をしたとのことです」

「そんなことは分かっている。私はベイル中将に防衛に徹しろと命令した。謎の援軍だと? 一体どこの援軍だと言うのだ? そんな得体の知れない者に呼応して追撃を加えたというのか?」


 ハークスが不快そうな表情を浮かべると会議室の面々に緊張が走る。ハークスは減点主義の男だった。また、神経質な傾向にあり、自身の命令が遂行されるかに重きを置く。


「罠だったらどうする? ベイルは目先の戦果に目が眩んだのか?」

「陛下、お言葉ですが、ベイル中将はそのような男ではありません」


 一人の少佐が勇敢にも反論するが、ハークスは首を振る。


「私は死守せよと言った。倍以上の敵に向かって突撃しろと言った覚えはない」


 押し黙る少佐。


「そして、この謎の援軍はどこの国のものだ?」


 自然とハークスの口から漏れた疑問は会議室の一同も抱いていた疑問だった。


「ベーリアンの勢いを削ぎたい国。あるいは、今ルガーテに無くなられては困る国でしょうな」


 老年の大臣が発言する。ハークスもそれに頷いた。


「ベーリアンの勢いを削ぎたい国というのは浮かばないな。あそこに面しているのはルガーテと魔領だけだ。海の生き物たちがベーリアンをどう思っているかは知らないがね」

「ではルガーテを盾に使いたい国でしょうな。大国アーヴェルムに面する国々。妥当に言えば、東のイゼーテでしょう。あそこはルガーテよりも小国ですから」

「東のイゼーテから西のウェス・ルー砦まで援軍を? 補給経路はどうするのです。魔領でも通らない限り、いつの間にか我が国をイゼーテの兵達が通ったことになりましょう。大きな問題ですよ」

「では魔領を通ったのでしょう。魔領などと物騒な名前で呼ばれるが、所詮慢性的な寒さと食物不足で誰も使わないだけの土地」

「あの寒さではろくな行軍速度が得られませんぞ。それに、全ての食料を補給する必要がある。そこまでしてイゼーテは援軍を送りますか? しかも恩着せがましい使者もなしで」


 熱心に議論する面々を眺めながら、ハークスは思考の海を漂っていた。

 魔領。つい最近に紫の炎が魔領上空に浮かんだことが思い出される。あれは何だったのだろう。忙しさのせいですっかり忘れ去ってしまっていた。

 追加報告では結局原因不明だった。送り出した斥候も行方不明だという。


「魔領」


 ハークスの言葉で議論が止まる。静けさを取り戻した会議室。


「チェルミナートルという可能性はないか?」

「……お言葉ですが可能性は低いと思われます。ここ十年はまともな目撃例もありません。絶滅したと言われているほどです」

「何日か前に紫の炎が魔領上空に浮かび上がったことは知っているか?」

「あれはベーリアンの仕業だと噂で聞きましたが」

「いや、原因不明なのだ。あの紫の炎が何かしらの合図となってチェルミナートルが動き出した可能性はないか?」

「二万のベーリアンを追い返せるほどのチェルミナートルがいるでしょうか? もちろんルガーテの八千の兵が追撃を加えたことを忘れてはいけませんが、それでも一万程度の戦力をチェルミナートルが持っているとは思えません」

「確かにそうだ。それほどのチェルミナートルがいるならもっと目撃例があって良い」


 そう答えたものの、ハークスの中でチェルミナートルの存在は大きくなっていた。例えば、チェルミナートルの一人ひとりが一騎当千の強さを持っていたとしたら? それなら少数のチェルミナートルで同様の戦果を上げられる。だが――。

 馬鹿らしい。ハークスはすぐにその考えを打ち払った。下らない妄執に囚われているのだ。不死の怪物とされ、チェルミナートル(殺戮者)などと呼ばれているから、非現実的な考えが生まれてしまう。ハークスは自身に迷信を信じてしまう部分があることに思わず苦笑してしまった。


「謎の援軍についてはこれ以上議論しても無駄だな。新たに斥候を出し、今回のウェス・ルーの砦付近と魔領を探索させよう。それでは次の議題だ」


 ハークスの言葉で、一同の頭から謎の援軍の話はとりあえず追い出された。奇妙なもやもやとした思いだけを残して。

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