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ヴェロニカと不死の軍勢

 マルクが一時の死から蘇っておよそ十日。神域にあった人間の集落六つが既に滅んだ。


「他のチェルミナートルの居場所はまだ分からないか」

「申し訳ありません。探し回ってはいるのですが……」

「構わん。ただ捜索は続けてくれ」


 元々、ロゥバー亡き後も逃げ延びたチェルミナートル達だ。早々に見つかるような場所に住んではいないだろう。

 いや、本当にそうだろうか? マルクはふと気づいて、背を向けたユーリカを呼び止めた。


「ユーリカ、生きている――もちろん石牢以外の場所でという意味でだが――チェルミナートルは誰がいる?」

「正確な情報は分かりませんが、イーシャとゴリアテはここ十年以内に神殿にやってきました。マルク様によろしくとのことです」

「他に生きていそうなのは?」

「……確実なのはヴェロニカ様とイグナート様でしょう。特にヴェロニカ様は大勢のチェルミナートルを今でも率いていなさるはずです。最低でも五十のチェルミナートルを連れているでしょう。イグナート様は恐らくお一人ですが、あの方が人間に捕まることはまずあり得ないでしょう」

「十分だ。ヴェロニカ達と連絡を取るぞ」

「よろしいのですか? 人間にも気づかれるでしょう」

「構わん。ヴェロニカと合流したらすぐに戦争を仕掛けるつもりだった。それが多少早まるだけだ」

「かしこまりました」


 ユーリカは頭を下げるとすぐに祭壇の間から出ていった。マルクは祈りを再開する。ロゥバーへの祈りはかかしたことがない。ロゥバーが死んだとしても、それは変わらなかった。むしろ、ロゥバーへの信仰は不変のものになったと言って良い。

 祈りを捧げた後、マルクは窓から夜空を見上げた。空へと一筋の光が伸びていくのが見える。


「美しい」


 マルクは心からそう思った。一筋の光はぐんぐんと空へ伸びていき、やがて大きな音と共に破裂する。紫の火と煙が周囲へと散らばり、連鎖するように破裂音が周囲に木霊した。

 ロゥバーの神殿の宝物であるそれは、神殿への帰還を呼びかけるものだ。紫はヴェロニカの軍へ割り当てられた色でもある。

 空高くで燃える紫の炎は大きく膨らみ、やがて時間を経ててゆっくりと夜の闇へと溶けていった。



 チェルミナートルにも地位が存在する。最も上は神ロゥバー。ロゥバーの死後もそれが変わることはない。そして、その下には三人の将軍が存在していた。

 一人はマルク。目立った特徴はないが、戦果を積み上げ今の地位まで上り詰めた。

 一人はイグナート。最強のチェルミナートルである。最もロゥバーに愛された存在でもあった。

 そして最後にヴェロニカ。最も多くのチェルミナートルを従え、気ままなチェルミナートルを上手くまとめ上げた。

 将軍の任命はロゥバー自身が行なっていたため、新たな将軍が生まれることはこの先ない。だが、ロゥバーの死によって、チェルミナートルの一部は所属していた舞台の将軍に積極的に従おうとはしなかった。五千年も仮初の死にあったマルクは問題外だったし、イグナートはそもそも他のチェルミナートルを信用などしていなかった。そんな中でヴェロニカだけが多くのチェルミナートルを今でも率いている。彼女に連絡を取ることはマルクにとって最重要事項だった。



◆ ◆ ◆



「あれは何だ?」


 その問いに答える者はいない。

 チェルミナートルが神域と呼ぶ地域の南の国、ルガーテの王であるハークスは目を細める。


「何だと言っている」

「私はあれを存じ上げておりません」

「ならば調べれば良かろう」

「はっ!」


 ハークスは再び北の空を見上げる。紫の炎が紫煙を上げながら浮かんでいた。おそらく魔領上空だろう。あんな現象は初めて見る。


「魔領。まさかチェルミナートルか?」


 漏れる独り言。ハークスは頭を振る。チェルミナートルが最後に目撃されたのは随分前だという。すくなくともハークスが王になってからは聞いたことがない。

 不死の怪物だというが、不死などというものが存在するなどハークスは思わなかった。不死の生き物がいるならば子を為せば増えるばかりで、この地上はチェルミナートルの天下となるだろう。子を為さないという可能性はあるが、チェルミナートルには男女の区別があるという。理屈に合わない。

 人肉を好む長寿の少数部族。それがチェルミナートルに対するハークスの評価だった。不死の怪物などと呼ぶのは無知の農民たちだけで良い。ハークスは可能な限り冷静な判断をしようと務めていた。

 城の中庭には多くの者が出てきている。皆北の空に浮かぶ紫の炎を見に来ているのだ。ある者は興奮し、ある者は世界の絶望のような表情を浮かべている。どういった態度で望むべきなのだろう? ハークスは一案したが、結局特に気にした風でもないよう装って城へと戻った。控えていた宰相に声をかける。


「魔領付近、あるいは北部地域で最近変わったことがなかったか調べてくれ」

「陛下、既に調べて参りました。十二日前に出発した魔領調査隊の半分が行方不明になっております。戻ってきた半分はベーリアン兵らしき者たちに遭遇したと報告したとのことですが、後の調査ではベーリアン兵の姿は確認出来ておりません」

「ベーリアン兵が? 魔領を通ってか?」

「魔領調査隊はそう報告していますが、少なくともまだ確認はまだ出来ておりません。狂言だと思われている方もいます」

「ベーリアン兵は何人ほどいたと?」

「ごく少数だったそうです。五十にも満たないと」

「税から逃げるために魔領に住む者もいると言う。もしも魔領調査隊の話が真実なら、そういった村々からの略奪目的かもしれない」


 ハークスは先ほどの空に浮かんだ紫の炎を思い出す。ベーリアン兵が本隊へ何かの合図を送っていたとしたら? 少なくともチェルミナートルがどうのこうのといった事態よりも深刻だ。


「北部へ斥候を出せ。今すぐだ」

「かしこまりました」


 ハークスはそう命令すると、すぐに次の課題へと考えを集中しなければならなかった。何しろ、西の砦ではベーリアンの本隊とルガーテの本隊が睨み合っているのだ。ベーリアンの小さな別部隊や、本当にいるかも分からないような不死と呼ばれる少数民族に時間を割いている暇などない。



◆ ◆ ◆


 ヴェロニカがやってきたのは空を紫の炎で燃やしてから三日後だった。朝日を帯びて輝く長い黄金色の髪。琥珀を思わせるような瞳に強い意志が見える。率いるは四八のチェルミナートル。その数にマルクは驚いた。


「相変わらずの人望だな」

「そうかの。お主は長いこと死んでおったがどうしたのじゃ。五千年も死んでいた者など妾は他に知らぬ」

「不死殺しで心臓を貫かれたせいだろう」


 忌々しげにマルクは答える。不死殺しは神々の一柱であるベーリアンが創った槍だ。不死のチェルミナートルの命さえ奪うと噂され恐れられた。


「貴重な体験ではないか。五千年も死んでいるなど普通はあり得ぬ。妾でさえ二百年が最長じゃ」

「俺も今回の五千年を除けば百年程度が最長だ」

「じゃろうな。さて、妾を呼んだのはどういう理由かの。あんな目立つような真似をしおってからに」


 ヴェロニカの目が鋭くなる。マルクは慎重に言葉を選び、ゆっくりと口にした。


「一言で言えば戦争だ。チェルミナートルの復権のためにヴェロニカの部隊の力を借りたい」

「……頭でもおかしくなったのか。妾の部隊は四八人。お主の元にいるのは二人。妾とお主を合わせても五十二じゃ。こんなものを戦争とは呼ばぬ」

「真っ向からやりあえば確かに戦いにはならない。南西のベーリアンと南のルガーテは戦争中だという。優位に立っている方を攻撃し、お互いが拮抗するように仕向ければ疲弊していくはずだ。いや、そうさせる。そして、最後にチェルミナートルが戦いを終わらせるんだ」

「話にならぬ。妾は部下をこれ以上減らすつもりはない。お主がのんびり寝ている間にどれ程のチェルミナートルが失われたか。あのような真似で妾を呼んで、人間どもが気づかぬと思うたか? 恥を知れ」

「ヴェロニカ、お前は変わったよ」

「何じゃと?」

「まるで人間を同格かそれ以上のように扱っている。チェルミナートルは本当にそれだけの力しかないのか? 俺達の支えだったロゥバー様は確かにご逝去なさってしまった。だが、俺たちが恐れた人間の神々ももういないんだ。何を恐れる?」


 ヴェロニカの瞳が小さく揺れる。だが、すぐにヴェロニカは怒り狂ったように叫んだ。


「お主は知らんのじゃ! ロゥバー様亡き後、人間の神々によってどのように蹂躙されたか! そうとも! お主はのんきに寝ていたのだからな! どれほどの仲間が失われたか! ここにいる仲間を見よ! 妾が誇ったあの軍勢がこの規模じゃ! どれほどの者が失われたと思う!? それが分からぬか!」


 マルクはヴェロニカの軍勢へと目を向けた。知っている顔ばかりだ。チェルミナートルほど長い時を生きればお互いに知った者ばかり。何しろ、新しいチェルミナートルが生まれることはもうないのだ。


「だが、人間を統治下に置けば、もうチェルミナートルが失われることはない」


 マルクは静かに答えた。言葉が自然に紡がれていく。


「そうだ。永久に人間を統治する。永久統治の中、もうチェルミナートルが失われることはない。石牢に囚われた仲間を救い出し、俺たちはまたかつての栄光を取り返す。今は亡きロゥバー様に全ての栄光を捧げ、チェルミナートルは一つの種族として完成する」


 一つのビジョンがマルクの中に浮かぶ。ヴェロニカは顔を上げ、それから呟いた。


「本気か?」

「もちろんだ」

「……失敗すれば全てが失われる。チェルミナートルは風前の灯火じゃ。全てのチェルミナートルが石牢の中、死ねぬままに永久に生き続ける未来もありえるのじゃぞ」

「そうならないために戦うんだ」


 ヴェロニカは背を向ける。それから、ヴェロニカは息を大きく吸い、彼女の軍勢に向かって吠えた。


「最後の聖戦が始まる! 誇りなど存在しない泥臭い聖戦じゃ! 勝つ確信などどこにもない無謀な戦いじゃ! じゃが、妾は戦うぞ! お主らの中で妾に続く者は剣を上げよ! 叫び吠えろ!」


 ヴェロニカの四八の軍勢全てが剣を掲げ咆哮した。空へ伸びた剣が朝陽を受けて光輝く。踏み鳴らした足は大地を揺らし、鳥たちは慌てたように羽ばたき逃げだした。

 歴史から忘れられようとしていたチェルミナートルが再び表舞台へと舞い戻ったのは、この時からだった。

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