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戦勝祝い

 ロゥバーの神殿でマルクは戦勝の祝いをしていた。と言ってもロクな食べ物がない。チェルミナートルたちは何も食べなくても生きていける。ヘーテのように嗜好のために人を食べたりすることはあるが、絶対に必要な訳ではなかった。

 

「損害はナイト二つ。人間たちの力は昔とそれほど変わっていないことが分かった」

「ナイトも明日には召喚し直せますしね」


 ユーリカの言葉にマルクは頷く。死んだユニットは一日経てば再び召喚できる。


「ただ気になったのは人間の剣だな。ナイトの槍を受けても壊れなかった。あれは何だ?」

「鋼ですね。閣下が一時の死に陥る前にはなかったものです」

「そうか。最も警戒すべきは人間の武器かもしれない。人間自身や魔法は昔のままだが、武器だけは大きく違う」

「考えすぎじゃないですかー? 確かに今の鎧はナイフなんか刺さりませんけど、それだけですよ」

「それなら良いのだが」


 マルクはグラスを傾け、それから後ろに並ぶポーンを睨みつけた。


「こいつらの使えなさときたら。実際に戦ったのはナイトとルークだけではないか」


 ポーンは先の戦いでは、ただ走っただけだった。鎧のせいでそれほど速い動きは期待出来ない。


「ああいう場所じゃ仕方ないですよー。それにそういうことも含めて戦力計算なさっているんですよね」

「まあな」


 ナイトはポーンの五倍程度の戦力とマルクは概算しているが、それはあらゆる局面を平均的に見てだ。先の戦いのような広大な場所で、逃げる相手を想定すればナイトやルークの価値はポーンとは比較にならない。逆に狭い部屋でならナイトの戦力などポーン程度かそれ以下だと言っても良い。


「ロゥバー様はよくポーンを笑いのタネにしていた。俺が初めてポーンを八体召喚して身動きが取れなくなった時、ロゥバー様は大笑いしていたよ」

「容易に想像できます」


 ユーリカは小さく微笑む。


「ロゥバー様はポーンを好きでいらしたと思います」

「それは確かだ。ロゥバー様は無駄な物や訳に立たない物を愛したからな」


 マルクはポーンを他のユニットに比べ役立たずと評することが多いが、それはロゥバーがそう設計したと知っているからだ。護衛などでは使えるが、何か積極的に目的を為そうとすると驚くほど使えない。何しろ、重い鎧で足が遅くなったただの人間のようなものなのだ。特に魔法能力が最も必要となる戦争などでは誤差程度の戦力にしかならなかった。

 一方、ナイトなどは二騎でも場を大きく乱すことが出来る。ルークも当然そうだ。ビショップは魔法が使える。クイーンはあらゆる局面で使うことが出来た。ポーンだけが数頼みなのだ。それも少数戦でしか訳に立たない数である。何故そんなユニットが召喚魔法に組み込まれているかと言えば、ロゥバーが面白がって無駄なものを好んだからとしか言いようがない。だから、マルクも積極的にポーンの役立たずっぷりを周囲に吹聴した。最も、ポーンも役立つ場面は結構あるのだが、それはロゥバーの顔をつぶすことになるのではとマルクは危惧してあまり表に出さない。


「それで、これからどうするか、だ」


 マルクの言葉にユーリカとヘーテの顔が引き締まる。


「えっとですねー。マルク様がいれば他のチェルミナートルも戻ってくると思うんですよ。まとめる人がいないから全員ばらばらになったようなもんでしたし。だから、マルク様には再び将軍として働いて頂きたいのです!」


 身を乗り出してへーテが発言する。だがマルクは首を横に振った。


「他のチェルミナートルに連絡する手段がない」

「でしたら私が何年かけてでも探します!」

「お前の何年もって言葉は信用ならん。何百年もかかるんじゃないのか」

「うっ」


 うなだれたヘーテを横目にユーリカが発言する。


「とにかく、神域の安全を確保するのが最優先だと思います。現在は神域の端にいくつか人間の集落が存在します。そういった人間を駆除しましょう」

「神域に?」


 それは初耳だった。神域に人間がいるなど、マルクは考えたこともなかった。もちろん、人間が侵入してくることは多々あるが、まさか堂々と住居を構えるとは。


「あいつらは礼儀というものを知らないのか?」

「そうなんでしょうねー」


 礼儀の欠片もない口調でヘーテが頷く。


「そう言えば先程チャームした人間はチェルミナートルの存在を噂か何かと思っているみたいだった」

「あっ、そうそう、そうなんです。生き残ってる――石牢に捕まってないって意味ですが――チェルミナートルは臆病なのしかいないんですよ。積極的に人間と交流しているのは私ぐらいなもんです。だから人間とチェルミナートルが会うことなんてもう殆どないんじゃないですかねー」


 人間を食べる行為は交流と呼ぶのだろうか。マルクは小さな疑問を脇に置いて思案した。


「神域にある人間の集落を滅ぼしたらどうなる? チェルミナートルがやったと思われるか?」

「どうでしょうか。恐らく気付かれすらしないと思います。神域にいる人間たちは税から逃げるために神域で生きているみたいですから、皆殺しにすれば他の人間に伝わることはないかもしれません」

「ヘーテはどう思う?」

「うーん? うーん。ちょっと分かんないです。でもいっぱい食べたいですねー」

「じゃあ決まりだ」


 マルクはワインを飲み干すとゆっくり立ち上がった。




 マルク達が向かったのは神殿から南東へ四リーグ(※徒歩四時間分ほどの距離)ほどの場所だ。こんな神殿に近い場所に人間の集落があるのかと驚くと同時に、他のチェルミナートル達の不甲斐なさにマルクは失望した。


「仕方ないですよー。大規模な討伐隊でも出されたら残りのチェルミナートルも全滅しちゃいますし」


 マルクをなだめるようにヘーテが話す。


「人間たちが恐れたあのチェルミナートルが、あのチェルミナートルがだぞ? まるで迷信か何かの一つみたいに扱われて何とも思わないのか? しかもご丁寧に神域に集落まで作られて」

「むぅ」


 ヘーテは少し恥じるようにうなだれた。そこでマルクも気を収める。ヘーテは残されたチェルミナートルの中では恐らく一番好戦的だろう。彼女に言っても仕方がない。


「すまなかった。ヘーテはよくやってくれている」

「いえいえ! そんなお言葉!」

「閣下、そろそろ着きます」


 ユーリカはそう言うと腰から細剣を抜いた。マルクも前方を見据える。確かに小さな集落がそこに見えた。


「小さいな。あれでは五〇人も住んでいないだろう」


 マルクは後方から着いてきていたポーンに視線を向ける。このポーンたちのせいで行軍は大幅に遅れたのだが、マルクはもうそういった点は諦めていた。


「ポーンに命ずる。あの集落へ侵入し、人間たちを殺せ」


 マルクの命令を受け、ポーンたちが再び走り始める。走ると言っても、早歩きに近い印象だった。


「ナイト、あの集落から逃げようとする人間を殺せ」


 二騎のナイトは颯爽と駆け出した。それから、マルクはルークに目をやる。


「こいつはどうするか。何でも良いな。集落へ突撃し手当たり次第に人を殺せ」


 ルークは車輪の音を響かせながら走り始める。戦車の乗り心地は最低だろうなとマルクは思った。とは言え、ユニットは一々乗り心地など気にしないだろう。

 マルクは隣でうずうずしているヘーテを見て苦笑した。


「行きたいのか?」

「はい!」

「死なない程度にな」

「はい!」


 マルクの冗談を無視してヘーテがルークを追うように駆け出す。残されたマルクとユーリカはゆっくりと集落へ歩く。


「どのぐらいで終わると思う?」

「二十分もあれば確実に。私は十分ぐらいだと思います」

「だろうな」


 やがて、集落が騒がしくなる。ポーンが殺戮を始めたのだろう。集落の周囲を駆けるナイトを見ながら、マルクはナイトの仕事はないかもしれないと思った。

 突撃したルークが勢いを利用して槍で人の首を跳ねるのが見える。ルークの乗り手は槍と弓を使う。戦車の車輪の都合上、ルークを使える環境は限られるが、相手の構成によって遠近の攻撃を使い分けられるのは大きなメリットだった。


「ユーリカは行かないのか?」

「……私はあまり戦いは好きではありません」

「そうだったな」


 マルクはすぐに話を打ち切り剣を抜いた。


「では俺も少し楽しむとしよう。ユーリカは安全なところで待っていてくれ」

「かしこまりました」


 剣を振るうのは本当に久しぶりだ。長い仮初の死から目覚めて、初めての戦いになる。

 マルクは駆けた。集落から逃げようとしてきた人間と目が合う。ニヤリと笑いかければ、人間の顔が大きく引きつった。

 剣の一振りで首が飛ぶ。つまらない。周囲を見渡すが、武装した人間は見当たらない。ポーンだけで制圧出来る程度の集落のようだ。


「つまらんな」


 マルクは軽く剣を握り直し、肩を落とした。

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