嫌がらせ
「ユーシア!どこなの!?早く出てきなさい!!」
朝早くから、リルアドナ家の屋敷には怒鳴りつける声が響きます。そしてその声をあげたのがこの屋敷に住んでいる、次女のマリレイの声ですね。普通この年頃の令嬢は大声をあげたりするのは身内の前でも恥ずべき行為なのだが、そこは自分の行為は棚にあげてユーシアを叱るマリレアです。もう少し落ち着きを覚えてもいいんじゃないでしょうか?嫌がらせ云々の前に。
「も、申し訳ありませんっ、ただいまっ」
マリレアの怒鳴り声が聞こえ、走ってやってきたのか、ユーシアは息を切らせています。そしてユーシアは使用人と同じくらいの、下手をすればそれ以下の質の服を身にまとっていました。リルアドナ家の使用人は継母であるクレイナに追い出されてしまったので、ユーシアが使用人まがいの雑用をさせられているのです。
「何をやっているの!本当にあなたは愚図ね!!」
十分早く、愚図などと暴言を吐かれるほど遅くはなかったのだが、マリレアはユーシアを貶す。そしてユーシアに非はないのに暴言を吐く理由とはただ一つ、嫌がらせの為だけです。
「まあいいわ、わたくしは寛大だからそんな鈍間なところを見逃してあげるわ。ふんっ、感謝することね」
どこに感謝する要素があるのでしょうか、マリレアはあくまでも上から目線でユーシアに言い放ちます。
「あ、ありがとうございますっ……」
そしてユーシアは床に目を伏せつつ、反抗せずに感謝の言葉を口にします。
「そんな言葉はいらないから早くわたくしの部屋にある洗濯物を洗ってきなさいよね。それが終わり次第、あなたの姿を見るのはとても不愉快ですが、わたくしの元に来なさい。いいこと?」
そんなに不愉快ならば呼ばなければ、無視しとけばいいのに。ユーシアははい、と蚊の鳴くような声で返事をすると、そそくさとマリレアの部屋へ向かうのでした。
―――――――
私の名前は、ユーシア・ハイネ・リルアドナ。現在は継母とその連れ子の三人と一緒に暮らしています。……が、私はハッキリ言うと、継母とその連れ子の二人によって苛められています。連れ子は三人いるのですが、そのうち一人の子は私と同い年で「今の私は中立的立場だから」と私を苛めませんでした。今の私にも普通となんら変わりない態度がどれほど嬉しく感じたか、あの子はきっと分かっていないでしょう。ですが、そんなところも好感が持てました。必要以上にしゃべってくれなかったのも事実ですが。
話は戻りますが、継母は父と再婚したころこそ私に対しても優しかったのですが、父が死んだら態度は豹変しました。意地悪くて、父の財産を使い込むという本性を現しました。もちろんその連れ子も同じでした。私には屋根裏部屋を使わせ、粗末な服と粗末な食べ物を与えだし、挙句の果てには使用人に出す賃金がもったいないからと追い出して私に雑用を押しつけました。
それでも、それだけならばまだ耐えられました。そう、それだけだったならば。
こんな私にも誇るべきもの、というものはありました。それは家族の思い出、父と母の温かな思いでまで踏みにじろうと、いえ、踏みにじりました。それだけは許せなかったのです。
自分はどうなっても構わないから、といったような高尚で達観した価値観は私にはまだ備わっていません。だから普通に現状が悔しかったし、いつか見返してやろう、大切なものを踏みにじったお礼をのしつけて返してやる、なんて考えも数度頭を過りました。毎回いつか、と思い我慢しましたが。
ですが、ある日に継母が私のたったひとりの母の形見を処分しようとしたことに対して、私は激しく反抗しました。継母が来て、初めての反抗的な態度でした。その後少し暴力を奮われたり、前よりも辛くあたられたりなんてことがありましたが、今でも後悔はしていません。大切な形見を守れたのですから。
そして、もうひとつ、大切なモノを手に入れることが出来たのですから。
その大切なモノとは、――――――…………。