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泥棒猫の棲む館

作者: 大輔華子

 華鈴かりんちゃんはお金持ち学校で有名な聖モンブラン学園系列のワッフル幼稚園に通う年長さんである。華鈴ちゃんのおおうちは明治時代の初期から続く富豪『長岡家』である。

 世田谷の成城学園前に大きな邸宅を持ち、倉庫のように使用していない大田区の田園調布のおおうちには数々の貴重品やレア物が有る。


◆◇◆


 彼女は今日も執事長とともにリンカーンのリムジンカーの後部座席におさまって幼稚園へ向かっていた。しかし今日は幼稚園で彼女の最も嫌いなバレエのレッスンがある。彼女はカバンに忍ばせておいたお母さんのルイ・ヴィトンの財布を取り出し、それを財布ごと執事長に渡して言った。


「ママには内緒ね。今日はヨーカドーで遊んでからお家に歩いて帰るから。ねえ、ここで降ろしてよ」


 執事長は穏やかに、しかし毅然とした趣で少女をたしなめた。

「お嬢様、いけません。華子お母様はきっと今頃、財布が無くてお困りですよ。親子であってもこれは立派な泥棒ですからね」


「大丈夫。ママね。お財布買うの趣味なんですって。たくさん持ってるから一つや二つ無くなっても分からないの。昨日も財布が二つ無くなったからまた買ってくるって言ってた」


 執事長は一瞬どきっとした。そして無意識に胸の内ポケットを押さえ冷や汗をかき、俯いた。

し~ん。


「…………」(ビミョーな間)


 突然運転席から甲高い声があがった。


「モッ、モシカシテ、ワタシ疑われてる!? ワタシじゃありません。アッラーの神に誓って……。ワタシ、ハナコ奥様の指輪をチョトお借りしているダケデス。ホントウ。アラブ人嘘言わない。ついでにインド人も嘘言わない。日本人嘘つきだらけダケドネ」


 何となくムカつくアラブ人である。執事長は吐き捨てるように呟いた。


「何ぃ? 借りただと? もともと返すつもりもなど無いくせに」


 華鈴ちゃんが会話に割って入ってきた。


「ああ、それだったらもう大丈夫かも。ママ、無くなった指輪とそっくりなものが角の質屋さんに有ったから買ってきたって言って喜んでたもん」


 執事長は呆れたように言った。


「まったく、運転手の分際で。十年早いぞ! わしなんぞ、華子奥様が華鈴お嬢様くらいの年頃の時分から二十年以上もお仕えして、家宝に手をつけたことなど殆どないのだぞ! 」


<殆どって、白状しちゃってるじゃん!>


 華鈴ちゃんは催促した。


「ねえ。早く車から降ろしてよぅ。」


「いいえお嬢様。バレエのレッスンはきちんとなさりませんと。発表会の人選も近いのですからね。華子お母様がお嬢様の年頃には、バレエがとてもお上手で、『くるみ割り人形』で主人公のクララ役を演ずる筈だったのですが、お尻が大きすぎて本番の舞台では、ハツカネズミ役になっていました。お母様は同じ悔しさをお嬢様にだけは味わってもらいたくないとお考えなのです。親子二代でハツカネズミだったら、お母様、どれだけ嘆くことでしょうか。

それから、決して今の車の中でのお話は華子お母様になさってはいけませんよ。内緒でございますよ」


「じゃあ、華鈴のことも内緒ね。ねえ、早く降ろしてよぅ」


「…………」(再びビミューな間)


◆◇◆


 華鈴ちゃんは、執事長から百円玉を三つ貰って、ヨーカドーのフードパークで遊んでいた。

その時事件は起こった。

 華鈴ちゃんがフードパークの讃岐うどんの店で、トッピングの穴子の天ぷらをうどんの下に隠し、代金を誤魔化そうとしたところを、店員に見つかってしまったのだ。

 華鈴ちゃんはお店の前で説教をされた。


「お嬢ちゃん。なんで穴子の天ぷらを隠れて食べようとしたの?」


 華鈴ちゃんはべそをかきながら答えた。


「ぐすん。だってエビ天が無かったんだもん」


「そう……。いや。あのね。そういうことじゃなくってね。ほかにもズルしてない? おまわりさんには言わないから、正直に言ってごらん」


 華鈴ちゃんは泣きながらポケットからエビ天を取り出した。


「あれ? エビ天有ったんじゃないか」


 華鈴ちゃんは嘘を言ったことがばれて小さくなった。


「そう、嘘つきは泥棒の始まり……。いや、だから。始まりじゃなくて、君の場合すでに泥棒始まっちゃってる訳なのよね。まだほかにズルしてないだろうね」


 華鈴ちゃんはもう片方のポケットからコロッケを取り出した。


「……。あのね。お嬢ちゃん。手品やってるんじゃないんだから。君のやってることはカンペキ泥棒だよ!」


 店員がきつく言うと、華鈴ちゃんは一気に泣きだした。


「びえーーん。華鈴泥棒じゃないもん。コロッケとかみんな借りただけだもん。質屋さんに持ってくだけだもん。びえーーん」


「しっ、質屋って。何ならや」


 店員は訳が分からなくなって思わず讃岐弁が口をついて出た。

やがて店員は我に返り、華鈴ちゃんの持っていた小さな鞄に書いてあった『連絡先』の携帯に電話した。


「あの、もしもし。お宅のお嬢さんを今預かってます。ヨーカドー一階のフードパークの『本場讃岐うどん つるつるしこしこ』へすぐ来て頂けませんか」


「まあ、しこしこだなんて、イヤラシイ! 嫌だわ。あなたもしかして……」


「はあ……?」


「もしかして、あなた、ロリコン? じゃなかったら誘拐犯でしょ? 娘を助けたかったら警察には決して知らせるな、とか変な声で言うんでしょ? もうサイテー!」


「もしもし。お母さん、誘拐犯に対する親御さんのリアクションちょっとおかしくないですか? いや! そうじゃない! 冗談じゃない! 私、誘拐犯なんかじゃありませんよ! 話、曲げないでください。でも、多分警察には知らせないほうが娘さんのためにはいいと思いますけど……」


「ほら、やっぱり誘拐犯だ。しかも変な声だ」


「ですから、これ、地声ですから。あのね、実は…………」


◆◇◆


 ヨーカドーの正面入り口に黒塗りのキャデラックが横付けされた。


「フードパーク。ココ入った奥のほうアルよ。中国人嘘つかないアルよ。ついでに日本人嘘つきだらけアルよ」


 何となくムカつく中国人である。中国の人に嘘つきとか言われたくはない。


 讃岐うどんの店の前に、母の華子が駆けつけてきた。珍しく神妙な表情をしている。今回の華鈴の有るまじき行動が、母華子にとって余程心に堪え、胸を痛めているに違いない。


「ごめんなさい。華鈴が『とんかつ』盗んでしまって、ご迷惑お掛けしてしまって!」


「いえ、『とんかつ』ではありません。エビ天です。……。ああ、いやいや、そういう問題ではなくって」


 華鈴が母の顔を見てまた泣き出した。


「びえーーん」


 華子も泣き出した。


「うぇーーん、うぇーーん」


 店員は気まずくなって二人にかけそばを出した。


<ところで、何故、讃岐うどんの店で『そば』が出てくるのか……。読者の方は決して疑問に思ってはいけない。

理由ははっきりしている。この場面では、『うどん』では駄目なのだ。どうしても『そば』でないと……。>


 泣きながらかけそばをすする華鈴。

 それを見ながら目がしらにハンカチを当ててすすり泣く母華子。


 一杯のかけそば……!?


 だんだんと周りの人々の視線が三人に向けられてきた。気が付くと皆の強い非難の視線が店員一点に集中して向けられていた。


「貧乏な親子相手にいったい何、意地悪をしているの! あの若いくせにエラそうな店員」


「女の子を見てよ。顔中涙だらけよ」


「お母さんだって……。子供のために必死で我慢しているのよ」


――まずい。俺が何か、か弱い親子を苛めてるみたいな展開になってる……。


 店員はこそこそと背中を丸めて厨房に向けて立ち去って行った。店員がいなくなると、華鈴は泣きながら小さな鞄から特大のイカ入りかき揚げを出してドーンとそばの上に載せた。器からはみ出しそうな見事なかき揚げだ。

 母華子は眉毛を釣り上げた。


「あっ。華鈴。それずるいよ。ズルイ、ズル~イ」


 母華子が店員へ向かって言った。


「ねえ、お兄さん。おそば、おかわりお願い。ねっ!」


<いったいどういう親子だよぉーーー!!>


◆◇◆


 リンカーンのリムジンカーとキャデラックが世田谷の広大な長岡家邸宅に横付けされている。

 約二十年前、長岡家は投資に失敗し没落した。当時一族の代表だった長岡平輔はもうこの世には居ない。

 彼は当時、無類の猫好きで、二匹の雌雄の三毛猫とアラブ特産の猫、中国の猫を飼っていたという。

 三毛猫の間には、最近可愛いメス猫が生まれたらしい。

 何故か今でも、リムジンカーとキャデラックは綺麗でその華麗な姿を誇示しているかのように館に横付けされているという。


(「泥棒猫の棲む館」完)

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