2章の3
「「「「「いただきます」」」」」」
鬼姫さんの話も一時中断し、俺たちは夕食を食べ始めた。
にしても、俺はこんなにのんびり鰻を食べていていいのだろうか。結局、鬼姫さんをはじめ皆は妖怪であり、俺は鬼姫さんの子孫だという事しか分かっていない。つまりは俺が引き取られた理由はこれっぽっちも分かっていない。
鰻は美味しいけど。
ちらりと皆を見れば、別段いつもの食事光景と変わりはない。何だか難しく考えているのが馬鹿らしくなってきた。妖怪だとばれる事はそれほど重大な事ではないのかも知れない。
「それで、俺はどうして引き取っていただけたんですか?」
「まだ、そこから話が進んでないんですか?!」
「はい。鬼姫さんの壮大な恋愛は良く分かったんだけど」
正直それ以外の事は分からなかった。
「そんな事だろうとは思っていましたが。結局のところ、一郎君は妖怪の血が隔世遺伝で濃く出てしまったんですよ。それで鬼姫様は一郎君が孤児だったこともあり引き取る事にしたんです。将来どちらに転ぶか分かりませんからね」
「はぁ」
……妖怪の血が濃いねぇ。今までそんな事は一度も感じた事がないのだが。大体鬼姫さんの恋愛は平安のころ。何世代前の話だろう。隔世遺伝と言っても、期間が開きすぎではないだろうか。
「それにいっちゃんの場合は鬼姫様の血筋だけじゃないのよねぇ」
「えっ?」
「そうじゃぞ。このように妖怪の血が濃くでたのは妾のせいだけはない。一郎の母君の家系は、座敷わらしの家系でな。二つの血が混じったためにこのような事になったんじゃ。その為今後どうなるか妾にもわからん」
「つまりは混ぜるな、危険って事だな」
犬兄……それは洗剤で使う言葉だよ。使いどころがちょっと違うよ。
でも今はそんな事よりも。
「ちょ。待って下さい。そんな座敷わらしって子供の妖怪でしょう?その……結婚なんてできるんですか?色々まずいんじゃ」
何故か皆が豆鉄砲を食らったかのような表情をした。
何かおかしなことを聞いただろうか?妖怪だったら当たり前的な事なんだろうか。でも鬼姫さんみたいな美人だったら先祖がくらっときちゃったのも分かるが、座敷わらしは子供だ。……それってなんか犯罪臭くないだろうか。
俺もロリコンかショタコンのどっちかは分からないが、その血が流れているのかと思うと、ちょっと嫌だ。
「いっちゃん、もう少し他に気になる事はないの?」
「えっ?気になる事かぁ……」
妖怪の血が強くて、将来妖怪の方に転がったとして、どんな問題があるんだろう。鬼だし角が生えて帽子がかぶれなくなるとか?それともやっぱり、妖怪の学校とかに行ってないのが問題なんだろうか。あれ?そうすると、今石姉達が通っているのは、人間と、妖怪のどっちの学校なのか。
「まあいいわ。座敷わらしは福の神の一種よ。確かにほとんど成長しないし、そのままならロリコンで間違いないわね。ただ妖怪は心の成長に引っ張られるから、まれに座敷わらしも成長するわ。その時は福の神と名前を変えるけどね」
そういうものなのか。つまりは俺の片方の血筋は、紫の上作戦に成功したという事だ。……我がご先祖ながら、なんというか……うん。なんというかだ。
「でも今までにそんな妖怪っぽい出来事なんてなかったよ?妖怪の血が濃いってどうして分かるの?」
「鬼の血の方は、同族の鬼姫様しか分からないわ。ただねぇ。座敷わらしの血がねぇ……」
「お前がたらい回しにされた家は、お前がいた時は金回りが良くなったけど、手放してからそりゃもう悲惨な事になったんだぜ」
「……えっ?」
犬兄の言葉に耳を疑う。悲惨な事って何?
「悲惨ってほどでもないですよ。身の丈に戻っただけですから。うまく戻りきれず、借金苦になっている方も何名かみえましたけど」
えぇぇぇぇ?それ、初耳なんだけど。
好きかと聞かれれば少し首をかしげてしまうが、それでも俺を引き取ってくれた人達だ。不幸になっていると聞かされて良い気分はしない。それが自分の所為かもしれないと思うと……。
「一郎のせいではないぞ。自身を過信しすぎなかったものは、今までと変わらないのじゃ。ただな、あまり幸や不幸が片寄りすぎると、爺どもがうるさてかなわんからのう。妾が引き取る事にしたんじゃ」
そうだろうか。俺がいなければ過信するなんて事はなかったんじゃないだろうか。
だからと言って、いまさらどうする事も出来ない。俺自身が何かしたという感覚がないのだから、座敷わらしの能力とは無意識的な産物だろう。いまさら微調整が出来るとも思えない。
それに謝りに行ったとしても、俺の話をまともに聞いてはくれないと思う。なので、この件はひとまず保留にしておく事にした。なんとかできる時がきたら何とかしよう。
「爺って、誰ですか?」
ついっと鬼姫が目線を上にあげたので、つられて俺も上を見上げる。しかしそこには木目の天井と蛍光灯があるだけで、何も変りない。
「まあ座敷わらしは関係も深い。後々会う事にもなろう」
「はぁ」
今のが説明だったみたいだ。言葉に出したくはないみたいなので、聞くのは断念する。
「えっと、つまり俺は妖怪の血が強い人間なので、安定するまではこちらで面倒を見てもらえるという事で良いんですか?」
「そういう事じゃ。じゃがたとえ人間として能力が落ち着いたとしても、成人まではこの屋敷におってかまわぬ。妾は人間ほど冷酷ではないからのう」
……鬼姫さんってもしかしてあまり人間の事が好きではないのだろうか。
壮大な恋愛を語ってくれた為気がつかなかったが、鬼姫さんが好きなのは俺のご先祖様だけなのかもしれない。それは何だか俺や俺の両親を否定されているようで少しさみしかった。
「ほらほら、鰻食べないと駄犬に食べられるわよ」
「誰が駄犬だ」
「分かってるじゃないの」
「この、くそカマ妖怪!」
「誰がカマ妖怪よ。私は心は日本男児よ。なめんな」
石姉。声がいつもよりどすがきいていて、正直今の姿とミスマッチです。そもそも日本男児は、女装してもいいのか謎だ。ただし巻き込まれたくはないので、俺は聞かなかったふりをしてご飯をもくもくと食べることにした。
「はいはい。二人とも止めなさい。折角の御飯がこぼれますよ」
「「だってこいつが」」
見事にはもり、二人はむくれた。
「そ、そういえば、妖怪もご飯って食べるんだね」
ご飯を食べなければ、何を食べるんだって感じだけれど。なんか普通の出前を食べていると思うと不思議だ。お金は葉っぱじゃないよね?
「一郎は妾たちが人肉を食べると思ったのかのう?」
「えっ、食べるの?!……俺、あんまり美味しくなさそうだよ?」
そうか。食べたりもするのか。
死にたいわけではないが、俺の年齢じゃ誰か保護者がいるわけで。そういう事態になったら仕方がないと思うしかない。できる事と言えば、彼らにとって美味しそうじゃない存在になるために努力するぐらいだ。
「食べないわよ!!いっちゃん、反応おかしいわ。でも中には食べる妖怪も居るから本当に気をつけてよ。ぽやぽやしているから、心配だわ」
石姉が俺の背中にもたれかかり、俺の頭の上に頭をのせた。
気をつけると言っても、何をどう気を付ければいいのか。
「妖怪にとってはどういう人間が美味しそうなの?」
「そうねぇ。男よりは女や子供。それよりも危ない目にあいやすいのは、希少価値があったり、高い霊力があったりする子ね」
「……つまり、俺も大人になれば大丈夫って事かぁ。平凡だから、順位は低そうだけど、不味そうに見えるように頑張るよ」
太っているよりは痩せている方が肉もなさそうだしさらにリスクが減るかもしれない。でも身長は伸ばしたいしなぁ。目の前の鰻とにらめっこする。
食べるべきか。食べないべきか。
でもまあ、鰻なんて早々食べられないし。たぶんこれぐらいなら大丈夫。ダイエットは明日からと、女子のように考えて、再び箸を動かした。
「……本当に心配だわ」
「だな」
「ですね」
何が?
やっぱり中学生は子供だからだろうか。
ほほほっと鬼姫さんは笑っているし、まあいいか。当分はこの家の子として頑張ろう。