2章の2
みんなを居間に呼ぶのには大して時間がかからなかった。
そして最後に入ってきた鬼姫さんは、机の上にチラシをざっと広げた。
「まずは、何が食べたい?」
……まさか、話ってそれじゃないですよね。
いや。まさか。結構深刻そうな雰囲気あったし。
「肉だろ、肉!!」
「黙りなさい。毎日、毎日肉肉肉って。しまいには、額に肉って文字が浮かび上がるわよ。そうねぇ。今日はお祝なんだし、寿司なんてどう?」
「祝い事は赤飯では?」
「朝も食べたでしょう?!いっちゃんは、何が食べたい?」
「えっ。何でもいいよ」
幸い、俺は好き嫌いがないというよりは、食べられれば別にいい。
「肉がだめなら、ピザだろピザ」
「あんたねぇ。私はいっちゃんに聞いてるのよ。今日は一番疲れただろうし」
「えっ?ずっと寝てたし大丈夫だよ。皆が食べたいのでいいよ」
「いいから選びなさい!!」
「は、はい」
ピシャリと言われて、俺は背筋をただした。石姉は女王様的な感じで逆らえない。
俺は仕方がなくチラシに目を走らせた。
「弁当屋にしとかない?」
そこならば、ちらし寿司があったのと、焼肉弁当やから揚げ弁当があったからだ。流石に赤飯はないが、朝の残りを冷凍しておいたので解凍すればいいだろう。
「ちょっと、もっと高いものにしときなさいよ」
「石華さんが決めなさいって一郎君にいったんですよ。そうですね。一郎君は鰻好きでしたよね」
「えっ。まあ。でも高いですよ?」
あれ?でも、俺、鰻が好きだなんて教えたっけっと首をかしげる。
「祝いの時ぐらい良いじゃないですか。ね、鬼姫様」
「よし。妾もそれが食べたくなった。紅夜、電話をかけてまいれ」
決まったとばかりに、鬼姫はパンと扇を閉じた。
「えっ、それなら俺が」
「主役はここで待っていて下さい」
紅兄は俺の頭をなぜると行ってしまった。
「さて。本題に入ろうかのう」
すっと空気が変わった気がする。ピンと張りつめたような雰囲気に俺は息を飲んだ。
「体育館で妾が言った事を覚えておるか?」
体育館で何か言われただろうか。そもそも、体育館に入ったらすぐに別れてしまったし、その後は地震があったはずだ。俺は少し考えて首を横に振った。
「ならば最初から話そう。妾たちは人ではない」
「えっ、人でなし?」
自分で言ってみてなんかニュアンスが違う気がする。
「ようするに、妖怪なのよ、妖怪」
「はぁ。妖怪……てぇぇぇぇ?!」
驚いて声を荒げたら、何故かみんなが笑っていた。何?冗談なの?
「一郎でも取り乱すことがあるんだな」
「いや。えっ。ていうか、驚かない方がおかしくない?」
「おかしくはないわね。今までが普通の反応からずれていたんだし」
「……それで、本当なの?」
不意に思い出す夢の数々。生首も大きな犬も、夢ではなかったのだ。
「本当じゃ。妾は鬼姫。その名の通り、鬼族の姫じゃ。この角も本物じゃぞ」
ほれ、触ってみるかと言われ、俺は首を横に振った。
「遠慮しておきます。それで石姉や犬兄、それに紅兄も鬼なの?」
「いいえ違うわ。私たちは、鬼姫様に拾ってもらっただけよ」
同じ妖怪だから一緒にいるわけではないらしいが、そうなるとまったくつながりが見えない。そもそも俺も何故妖怪一家に引き取られているのか謎だ。
「色々聞きたい事はあるんだけど、とりあえず、俺は何で引き取ってもらえたの?」
引き取られてからの半年間は楽しかったし、今だって良い人、良い妖怪だと思っている。だけど妖怪だからこそ、何故俺を引き取ってくれたのか分からない。事と次第によっては、俺は再びこの家が出ていくことになるのかもしれない。
「一郎の先祖が妾だからじゃ」
「先祖?」
「あれは、妾がうら若き乙女だったころじゃ。人間の世でいう平安ぐらいの時かのう。その時、妾は一人の男と恋に落ちたんじゃ」
話し始めた鬼姫さんを俺は、見つめるしかできなかった。てか、平安って……何年前?なくよ鶯平安京だから……えーっと。
「その男は孤児だったそうでのう。家族というものにあこがれておった。妾も若かったからのう。その男の夢を叶えたくなったんじゃ」
今俺、のろけられてるのかな?
鬼姫さんはうっとりとした様子で語っている。ちらりと石姉を見たら、黙って聞きなさいと目で訴えられた。OK。空気はちゃんと読むよ。
「男はかっこよかった。妾の事を可愛いと言ってなぁ、それはもう幸せじゃった。仲むつましくしておるうちに、子が出来てのう。妾を失うぐらいなら子はいらんと男はいうし、大変なお産じゃった」
つまりはそこで産まれた子供が、俺の先祖という事だろう。
その後鬼姫さんは壮大な恋愛を語っていくが、あまり俺を引き取った理由に結びついてこなかった。分かった事は、鬼姫さん含め、俺のご先祖様はとにかく人間にも妖怪にももてたということぐらいか。……ここはリア充爆発しろと言っておくべきか。
……それは無理だな。
「鬼姫様、鰻が届きましたよ」
そう言って紅兄が入ってくるまで、俺はもんもんとしながら鬼姫さんの話を聞き続けたのだった。