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台風一家  作者: 黒湖クロコ
おまけ
41/43

合縁奇縁

 序章と一章の間の話です。一郎が大風さん宅に引き取られた時の話になります。

 図書館で変な出会いをした女性と再度出会ったのは、俺が引き取られている家でだった。そしてあれよあれよというまに、俺が引き取られる事が決定するのを他人事のように眺めていた。

 いつもの事。

 ただ自分から引き取りたいと言ってくるのは少し珍しい気がする。その程度だった。

「一郎君。風邪とか引かないようにね」

「はい。今までありがとうございました」

 そして引き取られる当日、玄関先で今までお世話になった方に頭を下げた。おばさんの言葉は社交辞令だと言う事は分かっている。それでも今まで家に置いてくれた事を忘れたわけではないので、俺は心の底からお礼を言った。どうか伝わって欲しい。

「いっちゃん、どこいくの?」

「親戚の家だよ。じゃあ、行ってきます」

 末の子の目線に合わせてしゃがみ、俺は頭を撫ぜた。さらさらとした髪から、皆に愛される優しい甘い香りがする。綺麗に毎日お風呂へ入れてもらい、乾かし、くしを入れられている髪だ。

「いってらっしゃい。はやくかえってきてね」

 その言葉に、俺は笑みだけ返した。もうこの家に来る事はないだろう。今までも、預かっていただいた家に俺がもう一度出向いた事はなかった。 

 おばさんの見送られながら、俺は駅へ向かう。一度だけ振り返ったら、まだ見送ってくれていた。たぶんいい人だったんだと思う。俺が上手くなじめなかっただけで。

「さ、次だ。次」

 考えてはいけない。仕方がない事だから。

 俺は電車の切符を買って乗り込む。今度の家族と仲良くなれれば、それでいいのだ。いい子にして、今度こそずっと置いてもらえれば。

 最悪仲良くなれなくとも、捨てられさえしなければそれでいい。

「一郎。よく来たね」

 駅の外は至る所にかぼちゃのお化けが飾って、とても賑やかだだった。周りの人もカラフルでヘンテコな服を着ている。その中で、彼女……鬼姫さんは唯一白い和服を着て立たずんでいた。それもまた仮装のようだったが、着こなしが全然違う。

「こんにちは。大風さん。今日からお世話になります」

 第一印象が肝心だ。俺は笑顔でぺこりと頭を下げた。

「今日は賑やかですね」

「そういえば商店街の奴らが、なにやら西洋のお祭りをすると言っておったのう」

 西洋のお祭りというか、間違いなくハロインだよなぁ。まわりに飾ってあるかぼちゃのお化けは、ジャク・オ・ランタンだ。大分と有名になってきたお祭りのはずだけど、鬼姫さんは知らないのだろうか。

 確か年輩の方は知らない事が多いけど……、そもそも鬼姫さんっていくつだ?

 凄く若く見えるが、雰囲気や俺を引き取る事を総合して考えると40代位が妥当だろう。でもそれぐらいなら、知ってると思うんだけどな。

「あの、そうだ。これから何と呼んだらいいですか?」

 名前を呼ぶべきか、お母さんと呼ぶべきか。少なくとも、大風さんでは他の家族と被ってしまうので変えた方がいいだろう。

「そうじゃのう。鬼姫さんでもいいし、親愛を込めて鬼婆でもいいよ。一郎が好きな方で呼ぶがよい」

「は?」

 鬼姫さんなら分かるが、鬼婆?……冗談だろうか?それとも本気?鬼姫さんの真意が読めない。

 少なくとも俺には親愛を込めて、鬼婆なんて悪態をつくのは不可能だ。

「……じゃあ、鬼姫さんで」

「そうか。残念じゃが、いきなりばばと呼べというのも酷じゃしな」

「婆?」

「うむ。妾は祖母じゃから、一度くらい婆と呼ばれてみたかったんじゃ。家の孫どもは誰もそう呼んでくれんからのう」

 祖母?!

 家族がいるのは知っていたが、まさかの祖母発言に俺は目を向いた。……鬼姫さんっていくつだ?

 いや、ほら。うん。16で子供を産んで、さらにその子供が16で産んだら、最短で36で孫ができる。そう考えれば、40代で孫がいたって、おかしくはない。

「えっと、お孫さんはおいくつなんですか?」

「いくつじゃったかのう。とりあえず、長男は働いておって、次男は大学生じゃ。三男は高校に今年から通っておるな。となると全員、一郎のお兄ちゃんというわけじゃ」

 マジでいくつだよ。

 長男は不明だが、次男は少なくても18歳以上。36+18=54。54?!でも長男がいるからさらにそれより上のはずで……恐ろしい若づくりだ。きっと、不老系の妙薬を持っているに違いない。

「そ、そうなんですか。失礼ですが、鬼姫さんはおいくつですか?」

 ぐるぐる悩むぐらいだったら、聞いてしまおう。これで60代だったら、きっと彼女は伝説の剣の師範だったり、ネクロマンサ―だったり、妖怪だったり……そういった常識外の何かなのだ。

「千は超えたと思ったが、明治以降数えとらんからのう」

 ……うん。彼女なりの冗談だ。俺の事を和ませようとしているるんだ。

 もしくは、女性に年齢を聞いちゃいけないと、言外で教えてくれているに違いない。

 俺は慌てて空気を読んだ。

「あの。失礼な事聞いてすみませんでした。えっと、鬼姫さんの家族は、鬼姫さんとお孫さん3人と、お母さんとお父さんとおじいさんの7人ですか?」

「私の旦那はとっくの昔に死んだよ。父、母は出張に行っておるから、家には妾を含め4人しかおらん」

「あ、すみません」

「一郎は謝ってばかりじゃな。そう謝らんでいい。旦那が死んだのは、ずっと昔じゃ。戦で亡くなったのじゃから仕方あるまい」

 そうか。戦争で亡くなったのか……。えっ、戦争?戦争って、多分第二次世界大戦――、いや、いや。とりあえずは年齢は追及しないって決めたんだ。考えるのはよそう。

 俺は精神的安全をとって考えるのを放棄した。どうしよう。これが日常茶飯事なジョークだったら慣れる自信がないんだけど。何処で笑えばいいのか分からない。

 とにかく兄弟と仲良くなろう。そうしよう。

 商店街を横切り、数分歩いた所で、鬼姫さんは足をとめた。そこには二階建ての和風な家がある。表札は【大風】。間違いなくここが新しい家だ。

 鬼姫さんとは数回、顔合わせをしていたが、他の家族の方とは初めてだ。ドキドキする。

 玄関に近づくと、取っ手に手が届くより先に扉が開いた。そして中から男の人が飛び出て来た。その後ろから、真っ赤なタイトスカートをはいた女性が出てくる。

「馬鹿犬。少し外で、反省してなさい」

「はぁ?!意味わかんね―。あんなゲテモノ誰だって吐くわ!」

 ……彼がお孫さんかな?

 ピアスを付け、手にもじゃらじゃら指輪を付けたお兄さんは、和風な鬼姫んさんと似ていない。しかし高校生ぐらいに見えるので、状況的に考えて三男さんだろう。茶髪をツンツンとワックスで尖らせており、不良の2文字がよく似合うルックスをしていた。しかしその完璧な姿の頭には犬耳が生えていて、何ともシュールな光景だ。

 鬼姫さん並みに謎……いや。もしかしてハロインだからとか?狼男を意識しているのかもしれないと気を取り直した。

「何をしておるんじゃ?」

「ああ。鬼姫様おかえりなさい。ちょっと犬斗に、教育的指導を……。所で、鬼姫様の後ろにいるのが、例の子?」

「ああ。紹介しよう。今日からここに住む、幸田一郎じゃ」

「あ、幸田一郎といいます。よろしくお願いします」

 慌てて頭を下げる。

「幸田一郎……いっちゃんね。私は、次男の石華よ。よろしくね」

 ……は?

 茫然としながら差し出された手に握手をする。今、なんか目の前の美女からおかしな言葉が……。いや、ほら。ハロインだから。きっとそうだ。

 一生懸命自分を納得させる。引いちゃだめだ。

「モヤシみたいな奴だな」

 いつの間にか近くまで来ていた、犬耳不良は俺に向かってガンを飛ばしてきた。それにしても……顔が違いです。勘弁して下さい。冷や汗がだらだらと流れる。

「お前、料理できるか?」

 俺は慌ててその言葉に頷いた。実際できるのも確かだが、ここで首を横に振ったら、噛みつかれるんじゃないかと思ってしまった。それぐらい迫力がある。特に瞳孔が少し縦長な為、余計にそう思ったのだろう。本物の犬のようだ。

「お、お菓子でも。何でも、大丈夫です」

「なら、今すぐ作れ」

「はぁ?!料理なら私が作ったでしょ」

「あんな魔界レシピ誰が食べるんだよ。一郎。おいしい飯を作るなら、かみ殺さずにいてやる」

 貴方は何処の、風紀委員ですか?

 そんな疑問が浮かんだが、俺はコクコクと頭を縦に振った。急いで返事をしなければ殺されるまではないだろうけど、本当に噛みつかれそうだ。

「えっと、お菓子作るんで、悪戯は止めて下さい」

 できたらもっと分かりやすく、そして可愛く、トリック・オア・トリートと言ってもらいたかった。殺すOR飯なんて殺伐しすぎだ。

 ……彼らと仲良くなるの、無理じゃない?一瞬であきらめの境地に立たされながら、俺は必死に笑顔を浮かべた。頑張れ、俺。

 それにしても、数分前の俺に言ってやりたい。鬼姫さんが駄目ならどうして兄弟とは仲良くできると思った?と。親が変わっていれば、子も変わっているに決まっている。この場合は孫だけど。

「おやおや、皆外でなにを――。ああ、貴方が一郎君ですね。初めまして。僕は長男の紅夜といいます。よろしくお願いしますね」

 玄関から、今度はホストのような綺麗な顔立ちの男が現れた。ぽかんと見つめてから、慌てて頭を下げる。そして思った。

 良かった。一人だけちゃんと地球人が居た。アイドルも裸足で逃げ出しそうなイケメンだけど、普通だ。少し目から鼻水がでそう。

 ありがとう神様。彼が居るなら、俺はここで頑張れる。いや、頑張ろうと思った。






「--なんか、懐かしい夢見たな」

 ここに来たばかりの日の夢だ。あの時はみんな仮装だとばかり思っていたので、まさか本物だったとは思いもしなかった。

 そしてその後、料理のまずさに血反吐を吐き、部屋の汚さに絶望し、生活能力の皆無さに泣けたのは凄く懐かしい。あの時は家事全般の能力を身に着けていた自分に感謝した。きっとこの日の為に俺はたらい回しにされたに違いないなんて、カッコよく思ったものだ。内容は全然カッコよくもなんともないんだけど。

 でもあの日、無理だとあきらめなくて良かった。

 そう思いながら、今日も大切な妖怪達かぞくの為に料理を作る。

 この後半年間、いっちゃんは家族が妖怪である事に気がつかずに生活します。たぶん彼が天然で図太い神経なのは、鬼姫さんの血筋です。半年気がつかなかったのは、きっと鈍いのではなく、天然パワーと、必殺空気読みで、スルーしていたのだと思います。

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