1章の3
体育館の近くは不思議と静かだった。
教師に見つかったら事情を話そうと思ったのに、肝心の教師がいない。体育館は後回しにして、校舎を片づけているのだろうか。
それにしても、結構大きな地震だった気がするのに、地面に割れ目の一つもない。校舎もぱっと見、朝見た時と変わっていない気がする。それほどでもなかったのだろうか。
体育館の前まで来たのは良いものの、体育館の扉はしまっていた。
「すみませーん」
とりあえず声をかけてみたが返事はない。誰もいないのだろか。
突っ立っていても仕方がないので、扉に手をかける。鍵がかけてあったら、誰も居ないということだろうし、職員室でも訪ねてみよう。
「あれ?」
力を入れると、扉は重いものの動いた。扉の隙間から何か動くものが見える。
「すみませーん」
さらに力を入れて一気に扉をあけた。
「こちらに、祖母と兄達がみえて……」
ませんかと続けようとしたところで、俺は言葉を失った。体育館の中には女子生徒がいた。手足が細くて長いモデルのような子だ。ただし、顔がない事を除けば。
のっぺらという意味ではない。正確にいえば、頭があるはずの位置に何もないのだ。そんな彼女と俺は見つめあった。正しくは彼女の正面を俺は見つめるだ。
「えーっと……失礼しました」
見なかった事にしようと、俺は正常に働いていない頭のまま、再び扉を動かした。うん。死体なら横たわっているはずだから生きているんだろうし。きっと地震を体験した所為で疲れているのだろう。
「ま、待って下さい!!助けて下さい!!」
声は目の前の少女の足元から聞こえた。そのまま視線を下に滑らせば、足元に転がっている生首と目があった。涙ながらに助けを求める生首はかわいらしい顔立ちをしているが、いかんせんシュールすぎる。
「これ、妾の話はまだ終わっておらんぞ」
「ひーん。ごめんなさい。悪気はなかったんですよぉぉぉ」
そしてその生首を叱っている鬼姫さんをみて、頭痛がした。なんて言ったらいいのかもわからない。そもそも人間って首を切られたらどれぐらいで死ぬんだろう。昔処刑される人で実験したという、都市伝説の本を読んだことがあるが、こんなに長くは喋れないと思う。そもそも肺もないのにどうやって喋っているのか。
「鬼姫様の孫様。入学式なるものを邪魔して申し訳ありませんでした。だからもう許して下さい!!」
頭のない少女が目の前で土下座した。頭がないだけではなく、首もないようで、土下座をするとまるで服だけが膨らんでそこにあるように見える。
「ちょっと、いっちゃんが引いてるじゃない。時代劇じゃないんだから止めなさいよ」
うん。俺が言葉を失っているのは、土下座されたからじゃないんだけどね。石姉が俺隣まで来てくれたが、そもそもみんながこの状況に平然としている事に驚きを隠せない。
「違いますよ。引いているのは土下座じゃなくて、彼女の姿じゃないですか?」
紅兄が呆れたように、鬼姫さんの後ろでぼやいた。間違ってはいないが、そんな彼女と平然としている彼らにも引いている。そういえば、犬兄は何処だろう。体育館をぐるりと見渡したが見つからない。しかしそれとは別の生き物を見つけてしまい息を飲んだ。
「俺には、サンは守れません」
「ちょっと、いきなりどうしたのよ。いっちゃん大丈夫?」
たぶん大丈夫ではない。自分の体より大きな白犬を見れば、誰だって混乱もする。俺の場合はとある映画のワンフレーズが思い浮かんだ。
「鬼姫様の孫様!!どうかご慈悲を」
「えーっと……」
悲痛な生首の叫びを聞いて、俺は意識を現実に引き戻した。生首って事は死んでいるはずで、死んでいるのにいまだに泣いているのはなんだか可哀そうな気がする。死んでいるのに喋る事がそもそもおかしいのだが、とりあえずは置いておこう。ただいきなり謝られてご慈悲をって叫ばれても、何をすれば慈悲になるのか分からない。
夢かもしれないと頬をつねってみるが、普通に痛い。夢の可能性は低そうだ。
「……何がどうなっているわけ?ご慈悲をって言われても、俺の頭はあげられないよ?」
「そりゃ、あげられるわけないわよね」
「あげたら死にますね」
あ、石姉も紅兄もそこは正常なリアクションなんだ。
生首みて平然としてるし、もしかしたら斜め上な事を言われるかと思っていたぶんホッとする。
「こやつは、一郎の入学式を台無しにしたんじゃ」
「はぁ」
「なんじゃ、気のない返事は」
「えーっと、どのように台無しにしたのかが分からなくて」
首なし女子とあったのは、今が初めてだ。もし入学式に彼女が参加していたら、もっとパニックになったと思う。
「そうねぇ。百聞は一見にしかずよね。やってあげなさい」
「は、はい」
首なし女子はおもむろに自分の顔を拾い上げると、そのまま床に叩きつけた。
どんっ。
叩きつけられたと同時に、体育館の中が揺れる。体育館の外にいる俺は全く揺れを感じないのに、再びギシギシと体育館が叫び声をあげた。
頭をバウンドさせるたびに、バスケットゴールが上下に揺れる。凄い威力だ。
「という事なんですよ」
「鬼姫様方がいらしていたから、お祝しようとおもったんですぅぅ。決して、わざとじゃないんですよぉ。信じて下さい」
手毬つきならぬ、頭つきを終えると、胸のあたりに顔を持ちあげて、涙ながらに訴えた。
「お祝?」
これが祝いなら、幽霊のお祝いって独特だなぁ。見た目からすると結構呪いっぽいけど。
「はい。手毬は古くから魔よけの意味がありまして。ただ私の手毬はあげるわけにいきませんから、せめても鬼姫様の孫様がこの場所で怪我をせぬよう魔よけの意味を込めてついたのです」
「そういう考えなしな事を妾は怒っておるのじゃ。お主は体育館の怪異。人の子がおる場でそのような事をすれば、問題がでると何故思わんかったんじゃ」
「ひーん。すみません、すみません。ごめんなさーい!!」
あー、なんか、本当に悪気はないんだぁ。
祝いをしようなんて、結構良いところもあるし。鬼姫さんに怒られている姿は、小さな子供のようだから余計可哀そうになる。……グロテスクだけど。
「怪我もなかったし良いんじゃないかなぁ。あー……反省もしてるみたいだし」
鬼姫さんがにらむので、思い至った理由も付け足した。
「むー……そうじゃな」
しばらく考え込んでいた鬼姫さんだったが、納得してもらえたようだ。
「孫様ありがとうございます!!私、孫様の為に3年間は体育館の平和を守って見せます!!」
「えーっと。ありがとう?」
やっぱり悪い幽霊ではなさそうだ。体育館って守らないといけないほど危険な場所だったっけとも思うけれど。
「あーあ。何だかつかれちゃったわ。早くかえりましょう?」
終わったとばかりに、石姉は外に出ると、俺の手をつかんだ。やっと日常に戻ったみたいだが、俺はまだ納得しきれていない事に気がついた。
「ところで、何で石姉達はこんな所にいたの?それに、彼女と知り合いなわけ?」
いまさら幽霊を否定しても仕方がないし、いたものはいたんだから仕方がないと思う。ただどうしてこんなことになっているのか不思議だった。
血がつながっていないらしいし変な家族だとは思っていたが、もしかしたら陰陽師とかゴーストハントとか、そういう類の人たちだったのだろうか。
「ああ。私たちというか、鬼姫様がこのあたりのシマを仕切っているからよ」
「シマ?」
「妖怪の陣地といいますかねぇ。鬼姫様はそれはそれはお美しいだけではなく、怖い方なんですよ」
「へ?妖怪?陣地?」
いつの間にか紅兄が僕の隣まで来ていた。……なんか紅兄、目が紅いじゃなくて、瞳が紅いよ?
あれ?これってもしかして聞かなかった方が良い系の話なんじゃない?長年のたらい回し生活で培った、危険察知能力にぴんと引っかかるものがあった。
こういう時はあれだ。世の中知らない方が幸せな時もある的な感じだ。
「わんっ!!」
どんっと背中に衝撃が加わり俺は倒れた。とっさに石姉が手を離してくれたおかげで肩は抜けなかったが、痛いし、重い。
「これ、犬斗。その姿では一郎がつぶれるであろう?」
え?犬兄?
その姿?わん?
ぐるぐると、不可解な単語が頭を回る。ついでに頭を打ったらしくて目も回る。
「そういえば、一郎君には言ってなかったんじゃないですか?」
「あー、そういえば、そうだったわね。平然としているから、知っているものばかりと思ったけど、伝えた記憶ないわ」
「わん」
……何を伝えてないんだろう。
いや聞かない方が良い気がする。俺の平和な日常の為には知らない方が良い事に違いない。薄れゆく意識の中、俺は速く気を失ってしまいたいと願った。
「そうじゃったかなぁ。妾も妖怪だとは伝えずに引き取ったからのう」
少し間に合わなかった。
俺の意識は聞くだけ聞いて、そのままブラックアウトした。
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