終章の2
「妾が一郎を引き取った理由は、妖怪の血と人間の血、どちらが現れてもいいようにじゃと前に話した事は覚えて居るか?」
俺はお粥を食べながら、縦に首を振った。
鬼の血と座敷童の血が流れていると聞いたのは記憶に新しい。
「正確には、いつ妖怪になってもホローできるようにじゃ。一郎はすでに両親と交通事故にあった時に一度座敷童に血が傾き、妖怪になっておった」
「へ?俺、妖怪だったの?」
なら、今も妖怪?いまいちピンとこないのは、やっぱり妖怪と人間の違いがあいまいだからだろう。普段の姿を見ると、イッタンやイクさん以外は、人間と変わらないように見える。
「過去形じゃ。一度死にかけた事で妖怪になったが、すぐにまた人間へ戻った。血の比率的には人間のものの方が圧倒的に多いからのう。しかし体は人間じゃが、妖怪の能力は残たんじゃ。それゆえ一郎を引き取った家は栄えるようになり、一郎が居なくなると没落するようになったのじゃ」
……そう言う事か。
よく考えれば、俺に座敷童パワーが最初からあれば両親がそろって早死になんて事はなかっただろう。むしろ今頃億万長者でウハウハだ。
「人間には戻ったが、それでも危機に瀕すると自己防衛機能が働くのか、妖怪の方へ血が傾くようじゃ。幼いころならば、座敷童に変化しても問題はなかったのじゃが、成長すればするほど問題が発生するからのう」
「へ?何で?」
成長云々じゃなくて、そもそも座敷童に変化していたら、それこそ問題じゃないだろうか。
「いっちゃん。座敷童ってどんな姿していると思うの?」
「どんなって……ちっちゃい子供で、着物を着ているみたいな?」
「それですよ。小学生までならば身長があまり変わる事もないですし、人前で変化しても問題なかったのですが、流石に中学生になるとそういうわけにはいきません。蛇に襲われた時はみられるわけにはいかないほどに縮んでましたから」
あー……なるほど。
そう言えば、あの変な空間に閉じ込められた時も自分が縮んだように感じていたが、気のせいではなかったらしい。確かに子供のころならばあまり変化はなかったかもしれないが、大人に近づけば近づくほど誤差は大きくなるだろう。
「なら今の俺は人間で、時々座敷童みたいな感じなんだね」
晴れ時々曇りみたいな。基本は晴れ(人間)だけど、時々曇ること(妖怪になること)もありますよってことか。ただし天気は予報ができるけど、これは難しそうだ。
「そうじゃ。それに加え、今回のそこの一旦木綿が手引きした出来事で鬼の血も目覚めたみたいじゃ」
「鬼?」
全くそんな感じがないのは座敷童の時と同じだ。気がつかないうちに、角でも生えていたりしただろうか?虎柄のパンツ一丁姿だったらちょっとへこむなぁ。
「元々その素質は現れかけていたんじゃがのう、妾の母上の手を握った時に無理やりこじ開けられたみたいじゃ」
握った時?……あー。
もしかして、あの風が俺の中で暴れているような感覚が、鬼という事だろうか。だとしたら、鬼の血っておっかない。座敷童は痛みも何も感じないというのに。なんてドSなんだろう。
「もしかして二度と目覚めて欲しくないみたいな、アレですか。結構苦しくて死ぬかと思ったんだけど……」
「大丈夫じゃ。なれれば快感になるぞ」
止めて。そんな快感いらないから。俺は妖怪の血とは別の開けてはいけない扉をこじ開けたくはない。
「まあどちらにせよ、危険がなくなると今まで通り人間の方へ血は傾くようじゃ。ただし妖怪の状態の時に、格下の『体育館の怪異』の名を呼んだ為に主従関係が結ばれ今の状態になっておるのだろう」
……本当に傍迷惑な血だね。親友のイクさんと主従関係。それってどんなジャ○アン?未曾有な状況に俺は笑うしかなかった。
「どちらにしろ、イッタンの思惑は外れた事になりますね。まだ一郎君が大妖怪になる事を望んでいるみたいですが」
「あははは……」
本当に笑うしかない。イッタンはしばらく石姉の元で反省した方がいいと思う。俺の人生勝手に決めないで。
「あれ?そういえば、俺が大婆様の手を握ったのよく知ってたね。イクさんに聞いたの?」
「ああ。あの時僕たちは弾かれましたが、中の様子や声は聞こえていたんですよ」
「へぇ。そう――」
――なんだ……。
不意に思い出された記憶で俺は言葉を失った。あの時俺は何か恥ずかしいぐらいの告白大会してなかっただろうか。あれ?あれれ?
「一郎が俺の事そんなに好きだったなんて、ほんとお前って可愛いよな!」
犬兄にぐりぐりと頭を撫ぜられて、俺は固まった。え。うそ。マジで?
「俺のじゃなくて、俺らよ。本当に可愛い事言ってくれて。普段全然そういう事言わないんだから」
状況を悟ると、カッと顔が熱くなった。
ヤバい。死にかけた時にちゃんと感謝の旨を伝えようと決意をしていたけれど、大好きとか、告白まがいの事まではする気がなかったのに。
恥ずかしい。このままじゃ、はずか死ぬ。
ピンポーンとチャイムがなった事をきっかけに俺は慌てて立ち上がった。
「お客みたいだから、俺みてくるね」
逃げるように廊下を出ると、顔をパンパンとたたいた。流石にこんな顔ではお客に会えない。それにしても、イッタンマジ反省しろ。
「大風さーん」
「あ、はーい」
この家の苗字を呼ぶという事は、近所の方だろう。回覧板だろうか。
扉を開けるとやはり隣の家のおばさんが居た。おばさんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。少し残念そうに見えるのは、紅兄とかがでてくる事を期待したからだろう。
「あら、一郎君。おはよう。学校は……ああ。そうだったわね。そう言えば、今日はガス爆発で休校になったものね」
「はぁ」
ガス爆発扱いされたんだ、アレ。ちょっとそれは苦しくないかと思わなくもない惨状だった気がしたが、それ以外のいいわけも思い浮かばない。丸く収まったなら、それで良いだろう。
「ガス爆発の事が、これに詳しく書いてあるから。お兄さんによろしくね」
「はい。ありがとうございます」
回覧板を受け取り俺は頭を下げた。
中にはきっと表向きの事が書いてあるのだろう。本当の事を知っている当事者としては、どう処理されたのか気になるような、そうでないような。
「ガス爆発っていうか……あれだと台風みたいだよな」
火がでたのは給湯室だけで、それだって俺が頑張って消火したはずだ。職員室と校長室で暴れていたのは風だけのはず。
「むしろ、俺の家族が台風か……」
状況の悪化の原因というか、中心にいたのは俺を含めた家族だった気がする。修理代云々が発生すると困るし、そもそも信じてはもらえないだろうから申し出る気はさらさらないけれど。
「一郎君、お粥冷めますよ」
「折角だから、なんか打ち上げしようぜ」
「いっちゃんが本調子じゃないんだから、少しは我慢しなさいよ」
リビングでぎゃーぎゃー騒ぐ賑やかな家族を見て思った。このままだと、学校の二の舞で家が壊れるんじゃないだろうか。皆の場合天災に近いので、俺に止める自信はない。
うん。まさしく俺の家は、台風一家だ。