12章の2
凄い風で目が開けてられない。
色々確認したいのに、俺は自分の身を守るので精一杯だった。
「おいは、確実な未来が欲しいだけですぞ」
びゅうびゅうという、室内では絶対聞く事のない音が響いているというのに、イッタンの声は良く通った。
「は?未来?」
声は通るが意味は通らない。確実な未来と、鬼の復活?しかもただ復活させたいだけでなく家族を巻き込んで、俺まで利用した理由がわからない。全く相反する動きだ。話の筋が通らない。
「妖怪は徐々に数を減らしております。今では人間の僅かな記憶を頼りに、消されぬよう細々と暮らしております。それは強い妖怪が姿を消して、人間が妖怪を忘れたからですぞ。このままでは人間だけの世界が築かれますぞ」
強い妖怪が姿を消して、人が妖怪を忘れた。それは俺も理解できる。家族がいなければ、俺は妖怪がいるなんて思わなかっただろう。だから今も俺は妖怪の事をほとんど知らない。
「鬼姫様のおかげで、今はここ一帯の弱い妖怪は守られております。しかし鬼姫様は長く眠られすぎました。徐々にその力は衰え始めておりますぞ。親とも対峙できぬほどに力は衰え、桜の木の下でなくては、力がふるえないなど、昔に比べればなんと脆弱になられたことか」
「……だから鬼姫さんの代わりに、鬼姫さんの親を復活させようとしたの?」
しっくりとは来ないが、それが一番可能性は高いんじゃないだろうか。兄達に協力を求め近づいたのは、鬼の復活の為の情報収集とも考えられる。
「いいえ。かの鬼も、鬼姫様と同じであります。古くからいる者は、いずれ消える定め。未来などありませんぞ。鬼達はそれを理解しがたいようでしたが」
腕だけしか復活していないのに、自信満々だった鬼たちは、本気で蘇らせれば全てが良くなると思っていたのだろう。でもイッタンは違う。そんな未来を全く信じていない。
「じゃあ、何で?」
ふと俺とイッタンしか話していない事に気がついた。ごうごうと音は酷いが、イッタンの声が聞こえるぐらいだから、皆の声も聞こえたっていいはず。手でカバーしながらまわりを見ると、目の前に居たはずの紅兄が居なくなっていた。
「あれ?紅兄?……石姉?!犬兄?!」
「鬼の力で少し退出していただきました。安心して下さい。いっちゃん殿の兄君達である彼らが、これしきの事で消える事はありませんぞ」
まわりを見渡せば、何もなくなっていた。
紅兄だけではない。机も椅子も何もなく、イッタンの声は聞こえるが、イッタンの姿も見えない。あるのは絵画から生えた腕と倒れ伏した鬼2人と薄暗いこの空間。どういう状況だろう。
「鬼の一族だけ、別の空間だけ切り取られただけですので、安心して下さい」
「安心しろって、無理でしょ?!」
俺は一応声が聞こえる方向を向いて、何もない空間に叫んだ。脱出ゲームだってもう少しヒントがある。ラスボス戦なら、それ相当の準備が必要だ。こんなの無理ゲーでしかない。
「いっちゃん殿なら大丈夫ですぞ」
「何で?!大丈夫なわけないよ。俺は普通の人間だよ」
何その根拠のない自信。
反射的に俺は噛みつくように質問した。自分に脱出できる能力があるようには思えない。それなのに、どうして能天気に大丈夫だなんて思えよう。
「逆に聞きますが、何故ご自分が鬼の一族だけが切り取られた空間にいるのだと思います?」
「何故って……先祖が鬼だからかな?」
というか、それ以外の理由だと、ただの偶然型的巻き込まれだ。それはそれでありえそうと思えるほど最近不幸体質だけど。
「どうして、ご自分は鬼姫様に引き取られたと思います?」
「えっ。俺が鬼の血筋と座敷童の血筋で、混ぜるな危険的な状態だったような……。なんか妖怪の血が色濃く出ているとか」
入学式の日にそんな話を聞いた。今までの人生で、全くそんな事感じた事はなかったけれど。
「どうして、七不思議の鏡に映らなかったと思います?どうして、あの日真っ先に大蛇に襲われたのでしょうか?どうして蛇に襲われた後強制的に家に連れ帰られたと思います?」
「ちょっと。待って。一体何が言いたいわけ?」
質問の嵐に、俺は慌てた。しかも答えても回答がないって、どういう事?何でこんな質問されるのか分からない。
「では、最後に。貴方様は、今は人間ですか?妖怪ですか?」
「へ?」
俺が、人間か妖怪か?
そんなの人間に決まっている。なんの力も持たない人間だ。今までそうやって生きてきた。できるだけ目立たぬように、誰かの不快にならないように、ひっそりと。
……なら、先ほどまでの無駄に連発した質問は何だったのか。何故俺は鏡に映らなかったのか。何故妖怪しか食べなかった蛇に真っ先に狙われたのか。不法侵入を全くとがめなかった兄弟が俺を友達に会わせることなく、急いで連れ戻したのは何故?
鬼姫さんに引き取られた理由は……妖怪の血と人間の血、どちらに傾くか分からないからだった。
俺は自分自身の手に目を落とした。そして、気がついた。自分の手がいつもよりも少し小さい事に。
「あ、えっ?……嘘」
何だこれ。人はそんなに簡単に縮まない。俺はどうなってしまったのか。ドクドクと心臓が脈打つ。
「妖怪の血を活発化させるには、妖気にあたる事。それも巨大な力、同族ならばなおよいんですぞ。鬼姫様も狂気に引っ張られぬよう近づく事も出来ないこの鬼こそ、理想の媒体。さらに危険にさらす事でより効果がでるんですぞ」
俺の不安も恐れも何も気にせず、イッタンは話し続ける。
「そしていっちゃん殿こそが、おいの求める未来で――」
「一郎様っ!!」
俺の斜め左が、切り取られたように長方形に穴が空いた。……いや、切り取られたのではなく扉が開いたのだ。あそこは確か、校長室の入口がある場所。
そこから薄暗いこの場所に光が差し込む。
「……イクさん?」
何でここにいるんだろう。俺は首をかしげた。
イクさんは体育館にいて、確かふるえていたはずだ。
「約束です!!さあ早くっ!!」
約束?しばし呆けていたがはっと思いだし、俺は腰を上げた。そうだ、逃げないと。左手で顔を持つイクさんは右手を俺に伸ばしている。
急がないと。
直感に従い俺はイクさんの方へ進もうとした。その瞬間ぞくりとしたものが背筋を這い上がる。
「イクさん、逃げて!!」
何が起こるとか理解できないまま俺は叫んだ。嫌だ。止めて。
俺の横を突風が走る。目の前が緋色に染まった。