12章の1
……俺は、なんて事思ったんだろう。
怖いだなんて。
怖くない、怖くないと何度も心の中で繰り返す。彼らは俺の家族だ。怖いだなんて思っちゃいけない。それなのに、血の匂いの所為か、動悸が酷くてくらくらする。
バレてはいけない。普段通りにしなければ。
「そ、そういえば。どうして、鬼姫さんはここに来れないの?」
俺は話を変えようと、違う話題を出した。
「あまりにも、この鬼と鬼姫様は近すぎるからですよ。この鬼の怨念に鬼姫様は引っ張られ狂うことのないよう、距離をとってみえるのです」
「いっ?!」
狂うんですか?
この腕性質悪い……。いやいや、ご先祖様なんだけど。それでも腕だけ生えている状態は、呪いのオブジェっぽい。
「それにしても、どうやって封印しようかしら?」
「そうですね。聞く前に、二人とも眠っちゃいましたし。本当に無責任ですよね」
いやいやいや。眠らせたのは、紅兄と石姉だよね。
そう思うが、口には出さないでおく。下手な事言って犬兄の二の舞なりたくないし……。
「犬兄?!そうだ。大丈夫?!」
俺を助けに来てくれたけど、壁に強くぶつかってたんだった。主に仲間の力でだけど。
「ちゃんと、加減はしたわよ。流石に1トンがぶつかったら校舎ごと壊れるし」
「1トン?」
トンって、キロの上の単位だよね。何の話か分からず首をかしげれば、紅兄が分かってますとばかりに頷いた。
「石華さんは自分の重さを自由に変えられるんです。象のように重くもなれれば、羽のように軽くもなれます」
それは、世間の女性が羨みそうな能力だ。でも見た目は変わっていないから、もしも体型がデラックスみたいになっても、デラックスのままなのか……。そう考えるとそれほど羨ましくないかも。
「姉さーん。大丈夫ですかー?」
窓の外から、間延びした声が聞こえた。
外に目を向けるが、誰もいない。何だろうと、目絵を皿のようにしてみれば、白く薄っぺらい何かが飛んでいた。白い物体は、割れた窓の隙間から中へ入ってくる。
「イッタン?」
「一体今まで何処に行ってたのよ。こっちは、鬼が復活しちゃうし大変なんだから」
「申し訳ありません。少し調べ物をしてたんですぞ。ぎゃぁあ。痛いっ!姉さん、痛いですぞ!!刺さってますぞ!!」
石姉はふわりと飛んだかと思うと、イッタンの背中に着地した。イッタンはかろうじて飛んではいるが、ヒールが突き刺さっているようにも見える。というか、絶対ささっているよね。イッタンは痛みからかじたばたするが、石姉は降りる気配はない。
「ちょ、イッタン?!大丈夫?」
「いっちゃん殿ぉ」
イッタンは泣きそうな目で俺を見ると、横に生えた小さな手を俺に向かって伸ばしてきた。
「はいはい。僕の弟気安く呼ばないでくれませんか?」
泣いているイッタンを助けようと腰を浮かせたが、イッタンと俺の間に紅兄が立ちはだかった。気安く呼ぶなって、俺は普通の人間だ。別に誰にどんな風に呼ばれたって構わない。
「紅兄、落ち着いて」
まだ鬼の件が片付いていないから、過敏になているのだろう。俺は紅兄に大丈夫だと伝えようと声をかけた。
「一旦木綿。貴方は何をしようとしているんです?」
「イッタンは俺の友達だし、わざわざ心配して来てくれたんだよ」
そんな言い方しなくてもいいのに。
俺が大丈夫だと言っても紅兄は一向に警戒を解こうとしない。やっぱり俺が頼りなさすぎる所為かなぁ。こればっかりは仕方がないとも思うけど。せめてもとイッタンごめんねと目配せしようとしたが、紅兄の所為でうまくみる事も出来なかった。
「僕の友達に河童がいるんですけどね。先日、面白い事教えてくれたんです」
イッタンは紅兄の言葉に何も返さない。でも何も話せない理由も良く分かる。うんうん。紅兄は怒らせると怖いよね。俺も怖かったし。
「僕の弟に鬼の情報流して、この件に関わるように仕向けるなんて楽しそうな事をしたそうですね」
……えっ。
俺の毛孔という毛孔からどっと冷や汗がでた。
あれ?何で知っているの?いや、友達の河童から聞いたんだっけ。何、もしかしてあの時の河原って河童住んでたの?そんな噂聞いたことないし、そんなに大きい場所じゃないよ。
ぐるぐると、頭の中をその時の光景が流れていく。
「僕らに協力を求め、一郎君を巻き込み、そこで寝ている鬼にも情報を流す。一体何をしようとしているんです?」
イッタンは悪くないよ。
そう言おうとしてとどまる。でもまだ紅兄の言葉を頭はちゃんと理解できなかった。兄達に協力を求めて、俺を巻き込んだ。それは俺も知っている事だ。でも最後の、鬼に情報を流したって何?
「……どういう事?」
兄達が何をやっているのか、知りたかったのは俺自身。そして何もしないという選択肢ではなく、手伝おうと自分から動いたのだからイッタンを恨む事はない。
ただ……今思えば色々タイミングは良かった。校長室に七不思議が移った事は、俺も最近知ったばかりだ。そしてイッタンのおかげで、ようやく鬼と繋がったばかり。それと合わせるように、中途半端だけど復活した鬼。
イッタンがそれを否定しなければ、情報を流していたとしか思えない。
「イッタン?」
できることなら、否定して欲しい。それはイッタンを信じたいからとか、そんな綺麗な願いではない。手伝おうとして、逆に家族を危険に追い込んだ。そんな最悪の事態が避けたかったからだ。
俺は保身をまず考えてしまうくらい汚い。そして全く役にも立たない。それなのに、こんな失敗をしてしまうなんて。皆はどう思っていたのだろう。……捨てられるのは嫌だ。
俺の手が震える。カラカラに乾いた喉を無理やり震わせてイッタンに声をかけた。
「いっちゃん殿すみませぬ」
俺を突風が襲った。




