9章の2
流石八百万の神がいる国だ。あまり妖怪とかそういう知識は少ないのに、知っている妖怪の名前を上げたら両指以上はあった。全部紅兄とは違ったけど。
「やっぱり図書館で調べてみよう」
俺の拙い知識では絶対分からないと悟った俺は、翌日図書館で調べる事に決めた。紅兄は問題の形式にしたが、どう見ても当ててもらいたがっている。というのも、あの後家に帰ってからもずっと俺は頭をひねる羽目になったからだ。
おかげで夢の中でまで妖怪の事を考える羽目になった。
「言わないけれど、当てて欲しいって……面倒な性格しているよなぁ」
ならば紅兄ではなく、石姉に聞いてみればいいのかもしれないけれど、今日学校から帰ったころには事の成り行きを石姉も聞いているはずだ。きっとそうなれば、石姉はヒントはくれても、教えてくれないに違いない。なんだかんだって、家の家族は仲が良く団結力がある。
学校に着くと、校庭の一か所に人だかりができていた。なんだろうと横目で見つつ、俺は校舎内に入る。案外迷い犬とかかもしれない。家にはすでに、犬兄がいるしなぁ。……大型犬より大きいから、普通の犬じゃちょっと可哀そうだ。
「おはよう」
教室に入ろうとすると、入口前に陽さんがいた。
「一郎、鬼塚を見た?」
「へ?あ、うん……痛っ。えっ?何?また塩?」
教室に入って早々に塩をぶつけられた俺は、何が何だか分からなかった。俺は塩を振りかけられても、精神的ダメージぐらいしか受けないよ?というか、これイジメじゃないだろうか。
「なんだ、一郎も見に行ったのかよ」
良が笑いなが俺を手招いたので、これ幸いと、俺は陽さんの前から逃げ出す。
「一体何なのさ」
「見に行ったんだろ、鬼塚を。俺もさっきやられたよ」
「汚れは、悪しきものを呼ぶの。仕方がないわ」
汚れって……陽さんも鬼塚は特に問題ないって昨日言っていたはずなのに。意味が分からない。
「犬、めっちゃ可哀そうだったよ。私朝練で早かったから片づける前にみちゃったんだよね」
「俺も見た。ひどい事するよな」
「えっ?犬?」
「見たんじゃないかよ。犬の死体」
……それは初耳だ。
「いっちーもしかして、見てないの?」
「うん。鬼塚見たのは昨日だったから。昨日はそんなものなかったよ」
あれか。
人だかりが出来ていた光景を思い出し、納得する。つまり俺は塩のかけられぞんだったという事ね。
「あれは絶対鬼を復活させる儀式よ。幸い鬼は目覚めてはないみたいだけど」
「復活って。あの石は鬼の墓じゃないの?」
「あれは封印石。墓石じゃないわ」
見事に俺が塩を投げつけられた事はスルーされたが、ものすごい痛いわけでもないし諦める。塩かけは陽さんの趣味だから仕方がない。
「それにしても、ひどいよね。犬、すごく痛そうだった。お腹を裂かれてたし、あんなのやるの絶対変態だよ」
相田さんは犬の死体を思い出したのだろう。目元が潤んでいる。
そう言えば昨日帰る時に、紅兄が動物を殺す事件が続いているような事を言っていた。そう考えると今回のもただの変質者かもしれない。しかしイッタンから聞いた話と、陽さんの話を考えると、鬼を復活させる儀式を見た方が正しい気がする。
「どうしてかな……」
紅兄の様子だと鬼塚の場所は分かっているっぽかった。それなのにどうして犬の死体があるのだろう。鬼の復活を止めようとしているのではないのだろうか。……でも陽さんが復活はしていないって言ったよなぁ。なら復活を邪魔した結果があれとか?
何にしろ情報が少なくて判断が難しい。
「変質者の気持ちなんて分かるわけないだろ、考えたって無駄だって」
「そうだね」
チャイムも鳴ったので、一度話を止め、俺らは自分の席に座った。その後ホームルームで担任から一時間目の美術が自習に変わった旨が伝えられた。どうやら緊急で職員会議を開かなければならなくなったらしい。しかしその理由は言わなかった。きっと言えないのが正しい言いまわしなんだろうけれれど。
自習にはなったが、美術は今描いているものにポスターカラーで色をつけて完成させろという、いつもと変わらない内容だった。仕方がなく俺らは美術室に向かう。渡り廊下の途中で外を見たが、流石に授業も始まる為、鬼塚の周りに人はいなかった。
「あーあ。折角の自習なのに、いつもと変わんないし」
色を塗りながら良はぼやいた。
周りの生徒も、教師がいない為か、集中力が欠如し、おしゃべりをする姿が目立つ。
「まだ美術だから良かったよ。他の科目なら、問題集を解く事になって、最悪宿題だよ」
かく言う俺も、他の生徒同様、中々集中できない。筆をバケツの中すすぎながら苦笑いした。
「そうだけどさ、なんか損した気分なんだよな」
何か面白い事でもないかと、良は絵をそっちのけで、周りを見渡す。とはいえ、美術室なんて先輩の作品が飾ってあるぐらいで、変わったものなどない。
「そう言えば、ここだよな。七不思議で不思議が見つからなかった部屋」
「あー、絵が変わるんだっけ」
陽さんもいないとお墨付きの部屋だったはずだ。
ぐるりと見渡したが、その絵がどれなのか分からない。基本的に貼ってあるものは生徒が描いたものだ。生徒が書いたものならば、卒業と同時に持って帰るので、それが理由で見つからなかったのかもしれない。
「そうそう。一郎が腹痛で帰った後、兄貴に聞いたけど――」
「えっ。俺、腹痛で帰ったんだっけ?」
「なんだよ。もう忘れたのか?屋上行こうとしたけれど、腹が痛くなって一郎がうんこしたくなったからそこで解散しただろ」
そういう話になっていたのか。
できたらもう少し恥ずかしくない、いいわけを考えて欲しかったと思う俺は我儘だろうか。
「あーそう言えば。そうだったね」
「腹が痛くてトイレで兄を呼んだ時はマジびびったんだからな……あれ、一郎は一体何で呼んだわけ?」
「えっと……電話みたいな?それより、美術室の事、お兄さんに何か聞いたんでしょ?」
深く追求しはじめると、ボロが出そうな俺は早々に話題を変えた。
するとよくぞ聞いてくれましたとばかりに良はにやりと笑う。その悪だくみするような笑みを見て、またも選択肢を誤ったかもと俺は思ったが後の祭りだ。
俺はそのまま良の話に巻き込まれる事となった。