8章の3
「お風呂ありがとうございました」
昼間から風呂に入るという奇妙な経験をした俺は、髪を拭きながら頭を下げた。
用意された浴衣は足元がすうすうするので違和感を感じるが、借りておいて文句は言えない。それにしても初めて浴衣を着たので、これであってるのかちょっと不安だ。
「お姉ちゃんのがサイズが合って良かったわ」
「えっ……これ、女物?」
そう言えば花柄があしらってあって、なんともかわいらしい作りだ。
「そうよ。一番サイズが近いからいいかと思って。スカートよりはマシでしょ」
和栗さん大雑把だね。
確かにスカートよりはマシだが……うん。借りてるんだ文句は言えない。それに下着は新しい男物を貰ったわけだし感謝しなければいけないだろう。下着も女物だったら、俺は裸を選んだかもしれない。
「うん。ありがとう」
どうしよう、石姉みたいに女装僻に目覚めたらなど、色々な考えが頭をめぐったが、ぎりぎりセーフだと自分自身に言い聞かせて礼をもう一度言った。気にしたら負だ。
「それでさっき言っていた鬼の文献は、これよ」
陽さんは巻物を机の上に広げた。そこには鬼の絵と、達筆な筆文字が残されている。
「えっと、なんて書いてあるの?」
達筆過ぎることと、古文のような書き方な為、俺にはさっぱり理解できない。早々にあきらめはしたが、少しでも分からないかと巻物とにらめっこをする。鬼の絵が書いてあるから、鬼の話だとは思うけど……。
「ここではない場所でこの鬼は、人間の腹から生まれたそうよ。でも成長が早くすぐに言葉を話しだした子供は、怖られ両親に捨てられてしまったの。その後再び人に拾われたけれど、今度は血の味を好むようになってしまった。その事を養い親に叱られて子供は家を飛び出したけれど、川に映った自分の姿が鬼になっていた為、森へと逃げ二度と家族のもとへ戻らなかった。というような話が書いてあるわ」
「陽さん凄い……。良く読めるね」
俺には暗号文にしか見えない。
「こんなの神社の娘なら普通よ」
「陽が小さい時に蔵の中にあるものを読んで聞かせたから、ソラで覚えておるだけじゃ。実際は読んでおらんよ」
「じいちゃんっ!」
「ほほほ。ちなみに今陽が話したのが前半じゃ。後半は、鬼になった子供が鬼の集落で暮らすようになり、いつしか鬼の子を産んだ話が書いてある。しかし伴侶が人間に殺され、鬼は人を激しく憎悪するようになったそうじゃ。その呪いが毒を撒き散らす為、わしらの先祖が封印したらしい」
……聞いている限り、その鬼になった子供が悪とは思えなかった。むしろ、親に捨てられてかなり不幸な身の上だ。その上伴侶は殺され、自身は封印。散々すぎだろ、その人生。
なんか、自分の散々人生にも通じるものを感じて、俺は同情した。
「同情とかしてないでしょうね?」
じとりと陽さんの目が座っているのをみて、俺は焦った。何しろ図星だ。
「えっと……」
「鬼は刈られるだけの事をしたから刈られたのよ。鬼の集落というのは、盗賊の集まりみたいなもの。殺されても文句は言えないわ」
んー……。でも人間から忌み嫌われていたら、まともな職業もないだろうし。結果盗賊になっても仕方ないように思う。盗賊を肯定するわけではないが、全くの悪と言い切る事が俺にはできなかった。
ただそれを言ったら、陽さんと口論になる事は分かっているので黙っておく。
「それで、その鬼って何処に封印されたの?この町なんだよね」
陽さんはキョトンと俺を見返した。何を聞いてるんだコイツと顔に書いてある。
あれ?もしかして聞いたらマズい話だった?それとも今までの話の中に出てきたとか?
「いつも通っているでしょ」
「へ?」
「うちの学校。校庭の丑寅の方向に鬼塚があるわよ」
わお。
灯台もと暗しってやつかよ。まさか学校にはないだろうと思い探していなかった。というか、イクさん、知っていたな。
仲間のふりして、力いっぱい遠ざけるなんてやるじゃないか。実際俺は陽さんに中々聞き出せず、力いっぱい遠回りしていた。
……後で覚えてろよ。
「あれ?でも鬼の話は七不思議になかったよね」
「封印されているから、実際その周りでは何も起こらないわ。だから七不思議にも数えられてないんだと思うの」
「まあ鬼塚が近い所為で地場がおかしくなって、陽の学校は物の怪の類が集まっておるようだがのう。それでも人に害を与えるようなものは、今まで現れたことがないはずじゃ」
いやいや。俺、襲われたんだけど。
しかしすぐに家族に助けられた事を思い出す。もしかして、皆、ヒーロー的な何かやっています?今家にいないのだって、悪い鬼が復活しないようにだから、あながち間違っていない。
「もしかしたら、鬼はあまりに長い間封印されすぎて風化したのかもね。実際私も入学してから見に行ったけれど、特に何の気配もなかったし」
「えっ、そんな事ってあるの?」
「知らないわよ。でも実際何にも感じられないんだから、そう思うしかないじゃない」
もしも風化して消えてしまたとして。
だとしたら鬼姫さん達は何をそんなに忙しくしているのだろう。復活させるものがないならば、そのまま放っておいても問題ないはずだ。
頑張って考えてみたが、情報が足りなさ過ぎて考えるのを放棄した。ない知恵絞ってもないものはないのだ。
俺はとにかく一度鬼塚を見てみようと決めた。