7章の3
さてどうやって切り出そう。
俺は職員室前の廊下を掃除しながら考えていた。イクさんに相談してからすでに一週間は経過している。しかし俺はいまだに和栗さんから聞き出せずにいた。
「封印された鬼知ってる?……なんて、怪し過ぎだろ」
ただでさえ怪しまれていて、いまだに視線を感じる事があるのに。
かといって、鬼の話題なんて普通の会話では出てくるはずがない。もしもしょっちゅう飛び交う様になったら、間違いなく中二病だ。
「一郎。そろそろ終わろうぜ」
「うん」
良に返事を返しながら、俺はバケツと雑巾を持って水道へ向かった。
今のところ家族も何の情報も掴めていないのか、毎日家を開けている。ただし俺の事を心配してか、夜には一人は戻ってきてくれていた。それはとてもありがたいけれど、すごく申し訳ない。
早く解決すればいいのに。
「あ、和栗さんに相田さん」
「いっちーも掃除終わったんだ」
水道に行くと、先に和栗さん達が雑巾を洗っていた。
ここ一カ月で相田さんとは『いっちー』とあだ名で呼ばれる程度には親しくなった。しかし相田さんに近づくと和栗さんの目が怖い。
「陽っちもいっちー睨まないの」
「……睨んではいないもん。観察しただけで」
俺はそんな観察日記を付けられるほど不思議な生き物じゃないんだけど。穴が開くように観察されても、そんなに変化はないと思う。
俺が中々鬼の話題を出せないのは、和栗さんと仲良くなれないというもの理由の一つだ。
「できたら観察も遠慮したいな。俺は和栗さんみたいに変わった力はないよ?」
「駄目。幸田から目を離すと何が起こるか分からないもの」
というかこれだけ危険物扱いされて、仲良くなるのは難しい。
「陽っちったら、またそういう事言って」
「えっと、俺ってそんなに危険に見える?」
少しだけ和栗さんの大きな目が困ったような色をみせた。こういう素直なところを見てしまうから、俺も怒ったりできないんだけどなぁ。
「……幸田の事は分からないけれど、気配は相変わらず変なんだもの」
「やっぱり、いっちーって幽霊とかにとりつかれている系なんだ」
いるのは妖怪だし、幽霊に効くという塩は普通に食べるので、少し違うんじゃないかなと最近考えるようになった。しかしそれを伝える事は出来ないので、黙っておく。
「……違うのかもしれない」
「えっ。違うって?」
和栗さんの言葉に俺はぎょっとした。
「幽霊とかじゃなくて、鬼とかそういう強いものが守護霊になっているのかも」
マジで?!
ノーヒントで、俺の背景を当ててきた和栗さんが怖い。守護霊云々は置いとくとしても、確かに我が家で一番強いのは鬼姫さんで、彼女は鬼だ。
和栗さんの頭の中ってどういう構造になっていて、どんな風に俺は見えているんだろう。
「守護霊って事は、いい人というか、いい鬼って事よね」
「鬼にいいも、悪いもないわ。あるのは力があるかないかだけ。鬼の力は強大だから、私の先祖も封印に苦戦したそうよ」
「えっ。鬼を封印したの?」
……わお。棚から牡丹餅。
俺は内心ラッキーと思いつつ、話題が外れないように慎重に聞いた。
「そうよ。蔵の中にそういう文献があったから間違えないわ」
「蔵って……相当古そうだね」
それ、ビンゴじゃない?
鬼がこの地球上にどれぐらいの割合で住んでいるのかは分からないけれど、俺の知り合いの鬼が鬼姫さんだけという事と同じように、それほど数が多いとは思えない。
「その封印が行われたのは室町ぐらいだったはず。平安から生き続けていた鬼みたいな事が書いてあったと思うけど、詳しくは見ないと分からない」
「それって、俺も見る事できるの?」
「幸田って……鬼に興味があるわけ?」
和栗さんがいぶかしんでいる。
そりゃそうだ。普段はそういう類の話に興味なさげなのに、鬼の話題には突然食いついたのだから、普通驚くだろう。
「えっと。鬼って『泣いた赤鬼』とか『桃太郎』ぐらいしか知らないからさ。守護霊って言われると、どんなのかちょっと興味がわくというか」
我ながら結構苦しい言いわけだ。しかしただの中学生が鬼を知りたいだなんて、それぐらいのものだろう。
「仕方ないわね。今日は暇だから、うちに来てもいいわよ」
「えっ、いいの?」
和栗さんには嫌われていると思っていたので、割とあっさりと許可が出て俺的には肩透かしだ。
「嫌だったら別に来なくてもいいんだから」
「陽っちったら、本当に素直じゃないわね。いっちーとか良っちを家に招きたいんでしょ」
なるほど。
俺を餌に良を家に招待したいと。それならば、このあっさり加減も納得だ。
「違うわ」
「素直にならないと来てくれないよ。どうせおじさんに、たまには学校の友達連れて来いって言われたんでしょ?」
「うっ」
……でもそのおじさんは、きっと男の子を連れてくるとは思ってないんじゃないかな。
ちらっと思ったが黙っておく。下手な事を言って、文献をみせてもらえなくなったら凄く困る。これを逃したら、この話題には二度と触れられない。
「できたら行ってもいい?良も誘うから」
「そこまで言うなら仕方ないわね。いいわよ」
よし。
俺は小さくガッツポーズをとる。これで封印された鬼に一歩近づけた。イッタンも人間からの情報が欲しかったのかも知れないなぁと今更ながらに思う。でもそれならそれで、ちゃんと言えばいいのに。言えない理由でもあったのだろうか。それこそ今更だけど。
俺は雑巾を洗いながら良をどうやって誘うかを考えた。