7章の1
「いっちゃん殿、こっちですぞぉ」
ふよふよと風に漂っていたイッタンは小さい手で俺を手招きした。
「遅くなってごめん。ちょっと、ホームルームが長引いて」
「おいも今来たばっかりですから大丈夫ですぞ」
……何だこのデートのような会話は。
少しげんなりしたが、俺は気を取り直した。折角学校帰りに河原まで寄り道したのだ。ちゃっちゃと聞いてしまおう。
先日家に来た時にイッタンは頼みたい事があると言ったが、どうも家ではしづらい事らしく、後日ここで会う事になった。今思うと少し怪しいし聞かなければ良かったなぁと思うが、イッタンいい奴っぽいし、石姉の知り合いだから大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。うん。きっと大丈夫。
それに家族の役に立てるなら、俺も頑張りたい。
「えっと、それで、俺に頼みたい事って何?」
「実はですな、今鬼姫様達は大妖怪の封印を解こうとする妖怪を追い払おうと動かれています」
「大妖怪?」
妖怪に、大とか中とか小とかあったのか。いまさらながらに、妖怪の事を自分は良く知らないんだなぁと気がつく。
「まあ言葉のあやですな。誰が決めるわけではありませんが、強い妖怪を大妖怪と呼びますぞ」
「鬼姫さんも大妖怪なの?」
「もちろん、大妖怪ですぞ。ただあまり表舞台には立たれないので、人の口には上がりませんが」
やっぱり凄い妖怪なのか。様づけされている時点で分かってはいたが。
のほほんと縁側でお茶を飲んでいる姿しか見た事がないので、あまり実感はわかないけれど。
「それで、俺は何を――」
言いかけてふと嫌な予感がした。人間の俺が出来る事。そんなのは限られている。
「――まさかスケープゴート?」
「すげーぷ……とはなんですか?」
「あー。つまり、生贄って事」
イッタンは横文字に弱いみたいだ。言い換えてみたが、それでも意味は変わらない。しかし日本語の方が現実味が強くてげっそりする。でも普通これだよなぁ。
「ち、違いますぞ。そのような事をしたら、おいはねじ切られてしまいますぞ」
「はっ?ねじ切られる?」
「そうですぞ。ぶちっとですぞ、ぶちっと」
それは……誰にですか?
雑巾のように絞られるイッタンが思い浮かんだが、結構丈夫な布だし簡単にねじ切れるとは思えない。というか、ねじ切られるって、どれだけ怪力なのさ。せめて切り刻まれるとかそういう表現にして欲しかった。
「だからそのような事は、絶対、絶対言わないで下され。お願いしますぞ!!」
「う、うん。分かったよ。えーっと、じゃあ。一体俺に何をさせたいわけ?」
イッタンの顔色が青白い……というのは前からなので別に今の会話のせいではないが、小さい目がうるうると潤んでいる。よほど怖いらしい。
「いっちゃん殿にも、封印を解こうとする悪い妖怪を探して欲しいんですぞ」
「……探すだけでいいの?」
何だか肩透かしな頼まれごとだ。
別に俺しかできないというものでもないし、すでに皆が探しているはずで。……いまさらじゃないだろうか。
「そうですそ。あー……、ほら、いっちゃん殿は人間ですし、おい達とは探す場所が違うと思うんですぞ」
「でも探す相手って、人間じゃなくて妖怪だよね」
それなら、妖怪の方が妖怪の隠れ方を分かっていると思う。
それにイッタンの理由が、何だかいま考えました的に聞こえた。俺がいぶかしんでじっと見つめると、イッタンはすっと目をそらした。うん。やっぱり後付けした理由だよね。
「本当は生贄だけど、それを言うと鬼姫さん達が怒るから言えないとか?」
「や、止めて下されぇぇぇぇ。おいはそんな事思っておりませんんん!!」
イッタンは小さい手で頭?のあたりを押さえ、プルプルと震えた。
「えっと、分かったから落ち着いて」
そんなに騒いだら、鬼姫さん達の前に、人間に見つかってしまう。幸い今は人の気配がないが、それがいつまで続くかは分からない。見つかったら腹話術の練習をしていたとすればいいが、河原でそんな練習している時点ですでに結構怪しい人だ。
「……名前を」
「うん?名前?」
「名前をむやみに呼ばないで下され。鬼姫様は本名ではないですが、それでも名前を呼ばれれば気がつかれますぞ。おいは本当にいっちゃん殿を生贄などとは思っておりません!!」
イッタンはの目は真剣だ。
この分だと、生贄は本当に考えていないようだ。本気で鬼姫様が怖いらしい。
「鬼姫さんってやっぱり本名じゃないんだ」
「はい。鬼の姫君ですので、鬼姫様と皆呼んでおります。名前は呪ですので、我々はむやみに他人に呼ばせないんですぞ。鬼姫様の場合は、その名の力を考慮して、孫様であるいっちゃん殿にもまだ伝えていないのだと思いますぞ」
「石姉とかはいいの?」
「呼ぶ事を許されたものならば。ちなみにおいはまだ許されておりません」
なるほど。だから『姉さん』なのか。それにしても、名前も呼んじゃいけないって、面倒なしきたりがあるもんだ。妖怪流の礼儀作法みたいなものだろう。
「それで、俺は本当に探すだけで良いの?」
「はい。十分であります」
たぶん何でとか今は聞かない方がいいんだろうなぁ。
イッタンの真意は見えないが、探すだけならばそれほど危険はないだろう。それならば、時間が許す範囲でなら協力してもいい。もしも偶然見つける事ができれば、皆の役に立つことも確かだ。
「学校があるし、家事もしているからそんなに時間はかけられないよ?」
「問題ないであります。ただ時間が許す限り一緒に探して下されば」
「うん。分かった。それで大妖怪ってどんなので、封印を解こうとしている妖怪ってどんな奴なの?」
まあきっと俺じゃ見つけられないだろうけど。
軽い気持ちで、俺はイッタンの頼みを聞く事にした。