6章の3
「お前の姉ちゃん、すっげー美人だな」
部屋に入った良は、少し呆けたようにつぶやいた。
「あー……その事なんだけどさ」
言いづらい。言いづらいが、流石にこの当たりでネタバレしなければ、余計に可哀そうな気がする。幸せブチ壊して恨まれようとも、やっぱり言うべきだろう。
「男なんだ」
「ん?一郎が男なんて知ってるぞ」
「じゃなくて……石姉が」
部屋の中が静まり返る。元々二人しかいないのだから静かだったのだが、そう思ってしまうのは心理的な問題からだろう。
「へ?」
「だ、だますつもりはなかったんだけど。何というか、言いづらくて。本当に、ごめん!!」
口早に俺は謝罪をまくしたてた。
「えっ。マジ?ドッキリじゃなくて」
「ドッキリじゃなくて」
良はへろへろとその場に座りこんだ。
「……現実は厳しいなぁ。あんなに美人なのに、まさかオカマさんだとは」
「それと石姉はオカマじゃないらしいから。そこのところよろしく。心は日本男子だから、オカマって言うと怒られるよ?」
「……はぁ」
良は聞いているのかいないのか分からないが、深いため息をついた。もしかして、一目ぼれしてたんじゃないよね。あいたたたな状況に、顔がひきつる。これを、俺にどうしろと。
「じゃあ、俺お茶持ってくるわ。適当にくつろいでて」
「あ、俺ジュース」
「……良、意外に元気じゃん」
居たたまれなくて、俺はとりあえずその場を離れようとしたが、良は飲み物の注文を付けてきた。失恋かと思ったが、元気そうで何よりだ。
「そりゃショックだよ。あんなに目の保養になる人が、オカマだなんて。ああ、カマじゃないんだっけ?でもまあ、よく考えれば見てるぶんには保養に間違えないんだしいいかなって」
「大物だね……。とりあえず、ジュースと何か持ってくるからまってて」
俺は部屋から出ると、小さくため息をついた。何だかどっと疲れた気がする。
気を取り直して、台所へ向かうと、オレンジジュースとお茶をグラスに注いだ。それとこの間焼いたクッキーを皿にもって部屋へ戻る。
「……みんな、狭くない?」
俺の部屋には、鬼姫さんをはじめ、紅兄と石姉、そして先ほど案内した良が居た。狭い部屋ではないが、広い部屋でもない。窮屈じゃないだろうか。
「なんじゃ。折角妾が友にあいさつをしておるというのに」
ぷうと鬼姫さんはふくれたが、狭いには変わらない。
「いえ、本当に俺の方が一郎には世話になりっぱなしで。今日も、数学を教えてもらおうと思って来たんです」
良は焦ったように鞄から、教科書とプリントを取り出した。実力テストが近い為、宿題が結構多いのだ。今回は一緒に宿題を終わらせようという目的もある。遊ぶのはその後だ。
「一郎君は学校生活はどうなんですか?仲良くやれてますか?」
「あ、はい。一郎は大人びているので、皆とは一線置いているような感じですが、良い奴なので、皆仲良くしたいって思っています」
「……恥ずかしいんだけど」
何、この羞恥プレイ。
仲良くやれているとか、止めて。本当に聞かないで。何故こんな事になっているのか。俺はこんな事の為に良を家に招待したわけではないのに。
「良いじゃない。いっちゃんったら、学校の事全然話してくれないんだから」
「話してるよ。俺が体育委員になった事とか、科学部に入った事は話したよね」
「そうじゃなくて、友達と今日はどうやって遊んだとか、好きな子が出来たとかよ」
「あ、一郎が好きなやつは分かんないけど、一郎の事が好きな女子は知ってます」
「ちょっと、良。それ絶対良の勘違いだから」
良も良だ。来たばっかりの時は、凄い緊張していたはずなのに、何でなじんでるんだよ。
「なんじゃ。一郎にはこれがおるのか」
「居ないから……とりあえず、皆の分の飲み物持ってくるね」
小指を立てる鬼姫さんに俺は力なく答えると、いたたまれなくなって部屋から出た。何で俺の恋愛話に話が進むんだろう。恥ずかし過ぎて俺のHPはもうゼロです。……しばらく部屋に近寄らない方がいいかもしれない。
よろよろと台所へ行くと、そこにはイッタンがいた。
「おはよう」
「おはようございます、いっちゃん殿。先ほどはすみませぬ」
「ううん。いいよ。イッタンには、良が来る事伝えてなかったし。こちらこそ布のふりしてくれてありがとう」
俺はお盆をテーブルに置くと、頭を下げた。とっさに空気を読んでくれた事に感謝しなくてはいけないのは俺の方だ。あと少しで妖怪の存在が良にばれるところだったのだ。
……あれ?本当に良って妖怪の存在知らないんだっけ?
そういえば、肝試し以来学校の七不思議の話はしていないのですっかり忘れていたがあの時良も天井を走る足音を聞いたんじゃなかったけ?
「いえいえ。いっちゃん殿のお役に立てれば、それでいいんですぞ」
七不思議はどうなったんだっけと首をかしげていたが、イッタンと喋っている最中なので、とりあえず保留した。
それにしてもイッタンって、本当にいい奴だよなぁ。凄く男前なので、ペラペラである事が悔やまれる。
「そういえば、石姉にもしかして用事だった?それなら、俺呼んでくるよ」
お茶を持っていくついでならば、怪しまれる事もないだろう。最悪、電話だと言えば石姉だけを呼ぶ事も出来る。
「違いますぞ。今回はいっちゃん殿に用事があったんですぞ」
「へ?俺?」
何で俺?
予想外の言葉に、俺はキョトンとしてしまった。
「はい。是非、いっちゃん殿に手伝って頂きたい事があるんですぞ」
「俺、家事以外何もできないよ?」
少しばかり、勉強と運動もできるほうだとは思っているが、それはあくまで中1レベル。役に立てるとは思えない。
「そんな事ないですぞ。いっちゃん殿はあの方々の家族。凄いに決まっておりますぞ」
「うーん……」
家族っていっても血はつながってないしなぁ。それに俺は人間で、やはり何かできるとは思えない。
「これは姉さんや鬼姫様達の為にもお願いしたいんですぞ」
皆の為かぁ。
そう言われると、断りにくい。皆の役に立てるなら……。それにイッタンはいい奴だし、たぶん大丈夫だろう。
「俺でできる事ならいいけど、手伝って欲しい事って何?」
俺はイッタンの頼みを聞く事にした。