6章の2
とうとうこの日が来たか。
今日は良が家に来る日だ。俺は朝からそわそわしている皆を見て確信する。……いや、約束したのは俺なんだけどね。
「本当に忙しいんなら、一人でも大丈夫だよ?」
元々家事は俺がやっているのだから、お茶出しだってできる。朝食の席には、犬兄以外がそろっていた。どうやら、じゃんけんをして、本日の外出者を決めたらしい。昨日の夜、犬兄は鳴きながら空を駆けて行った。犬の姿だから分からないが、何だか泣いているようだったと思う。
「良いのよ。仕事は分担してやった方が効率がいいんだから」
分担という割には、仕事に行ったのが犬兄だけで分担割合がおかしい気がする。しかし俺はその事には触れないことにした。たぶん今日だけの事だし。
犬兄は明日の夜はご飯がいると言っていたので、好きな豚肉の生姜焼きでも作ってあげよう。豚肉安かったし。
「うん。ただ、本当に普通にしてくれればいいからね。できる限り迷惑はかけないようにするから」
「分かっていますよ。妖怪一家だってことは絶対分からないようにしますから」
ん?
やっぱり妖怪という事はバレテはいけないのか。たしかに和栗さんは来ないけど、どこからもれるか分からない。下手に噂になって、高名なお坊さんとかがお祓いに来たら凄く困る。そうなると、安全には安全を重ねた方がいいだろう。
「俺も頑張るね」
朝食が終わった俺は、普段通り家事にとりかかった。
日曜日とはいえ、掃除も洗濯も待ってはくれない。むしろ日曜日だからこそ、布団を干しておきたいところだ。
皆はそわそわ落ち着きないし、鬼姫様と石姉は凄い身ぎれいにしているし、なんだかいつもの雰囲気とは違うけど、それはそれ。これはこれだ。
「いっちゃん、こんな日ぐらい家事を休んでもいいのよ」
「大丈夫だよ?まだ良が来るまで時間があるし」
しばらくすると、部屋の中をうろうろうろとしていた石姉が声をかけてきた。紅兄と鬼姫様はすでに自分の部屋に戻っている。
「本当に頑張りやなんだから」
頭を撫ぜられて首をかしげた。
「でも俺がやるのは当たり前だよ」
そう、当たり前だ。あまりによくしてくれるからたまに忘れそうになるが、俺はあくまで居候。働いてもいないから、迷惑しかかけていない立場だ。
「気にしなくてもいいのよ。家事なんて何とかなるし。それよりも、もう少し我儘言ってくれると嬉しいんだけどね」
「うーん」
今日も良を家に招きたいなんて我儘を言ったのに、これ以上どうしたらいいんだろう。
それに俺にも俺の立場があるわけで。あまりむちゃをして、空気読め的な雰囲気になったら……。俺は成人するまで面倒をみると言った鬼姫様は疑っていないが、世の中絶対なんてないという事も疑っていない。
「……要検討で。それに家事は何とかなるって、石姉達みんな家事苦手でしょう?俺がやった方が俺の為にもいいというか」
俺が来る前はどうしていたのか分からないが、彼らは卵焼き一つ焼けない。洗濯機も使えないし、お風呂掃除では混ぜてはいけないものを混ぜて毒ガスを発生させる。家事に対しては全く信用を置けない。
「大丈夫よ。紅は川で洗い物をするのが得意だし、犬は害虫駆除が得意ね。私は下僕……もとい、親切な友達が多いのよ。イッタンみたいな」
「はは……」
石姉的な冗談にしては、何だか真実味がある。というかキラキラした紅兄が川で洗濯って……。俺は笑うだけで、深く追求するのは止めた。考えたら負けだ。
『ピーンポーン』
「あっ、はーい。今行きます」
玄関の方からチャイム音が聞こえ、俺は玄関の方へ向かった。約束の時間より少し早いが、たぶん良に違いない。
「良、早かった……ね?」
玄関の扉を開けると、そこにはイッタンと良が居た。正確には、イッタンを片手でつまみ、いつも通り人好きする笑みを浮かべた良が居た。
……装備イッタン。意味分からん。
「一郎、玄関の前に落ちていたぞ」
「あ、うん」
現実逃避しかけた俺は、良の言葉で現実に戻ってくる。頑張れ俺。
「変わったこいのぼりだな」
「そ……だね」
わざととだろうか。それとも本気だろうか。
良の真意を読み取るスキルのない俺は、とりあえずイッタンを受け取った。イッタンは動かず喋らずで、確かに生き物には見えない。手触りも布製だ。しかしだったら何だと言われたら何とも答えにくい。
そうだ。こんな時こそ、空気嫁……じゃなくて、空気読めだ。イッタンだって空気を読んでくれているんだ。
「ありがとう。後で元の場所に戻しておくよ」
俺は玄関の靴箱の上にイッタンをそっと置いた。
「そういや、一郎のお姉さまは今日はいるのか?」
……姉は居ない。ずっと居ない。
こそっと耳元で囁いた良に心の中でツッコム。家族構成は兄と祖母、それに会った事すらない父と母だ。
「あのさ。良の言う姉って誰の事?」
「えっ?着物美女さんとゴージャス美女さん。ちなみに俺の好みはゴージャスなお姉さまの方だな」
祖母ではなく、兄ね。
「あら、友達来たの?いっちゃん、あがってもらいなさい」
「うん」
「は、初めましてっ!!おじゃ……お邪魔しますっ!!」
良はどもりながらも、大きな声であいさつした。その声に驚いたのか、イッタンがピクリと動く。……うん。イッタン、頑張れ。
「えーっと、石姉。友達の良だよ」
「いつもいっちゃんがお世話になってます」
「いえ。お、俺の方がいつもお世話になってますというか……はい」
良は完璧にあがっていた。顔が真っ赤だ。確かに、石姉は美人だしドキドキするだろう。
しかも猫を被っているというか、いつもより3割増で笑顔がキラキラしている。……良の性癖が変な方向に進むと申し訳ないので、俺は手短に話を切る事にした。
部屋に着いたら石姉の正体を教えておこう。流石にこの流れはヤバい。
「じゃあ、良。部屋に案内するね」
俺はすでに疲れていたが、良を連れて2階に向かった。
……友達を家に招くって大変なことだったんだな。