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台風一家  作者: 黒湖クロコ
本編
14/43

5章の1

 扉の向こうはちゃんと屋上だった。

 四方はフェンスが立っており、誤って落ちないようにしてある。俺は扉を閉めると、フェンスに駆け寄った。月明かりで、階段にいた時よりも周りが見える。

 その為、逃げ場がない事も良く分かった。


「……袋小路……ってやつ?」


 息が切れて苦しい。これ以上逃げるのは無理と判断した俺は、隠れる事はせずフェンスぎりぎりまで下がった。そして追いかけてきたものを見定めようと扉を凝視しする。

 数分の事だったと思う。なのに扉が開くまでの時間はとても長く感じた。

 静かに開いた扉の向こうに人影はない。それでも何かが扉を開けたはずだと凝視すると、ドアノブには自分の腕よりも太く大きな大蛇が巻きついていることに気がついた。

 大蛇のお腹のあたりはぽっこり膨らんでおり、何かを食べた後だと分かる。それが何かはあまり考えたくなかた。せめてクラスメートではない事を祈るしかない。

「まだお腹が空いているの?」

『タリナイ……マダ、タリナイ』

 大蛇は長い舌を見せて喋った。一応言葉は通じるらしい。それにしても、体型が変わるほど食べてもお腹が空いているなんて、意地汚い蛇だ。


「階段が変だったのって、君がその……何かしたの?」

『タベタヤツノ、ノウリョクダ。オレサマ、ソレ、ツカエル』

 俺様?!

 中二病的発言に、俺は戦いた。そういえば、某魔法少年のラスボスも俺様発言をしていた。オレンジのシマの服を着た小学生も俺様。この蛇といい……悪役ってどうして、普段使わなさそうな一人称を使うんだろう。

「えっと、食べたって。もしかして妖怪を?」

 気を取り直して、俺はさらに質問した。なんか律義に答えてもらえているし、質問している間は襲われないような気がしたからだ。

『ソウダ』

「……へぇ。雑食だね」

 まさかの三文字返答。学校の空間がおかしくなるって、どんな妖怪を食べたのだろう。

 それにしても、数秒前の考えをすぐさま否定することになろうとは。質問している間は襲われない気がしたが、すでにこのお蛇様は答えるのに飽きてきている。 

 一気に命の危険が高くなった。

「あー、俺の友達……人間はまさか食べていないよね?」

『ヒト、タベテナイ。オイシイモノ、カラタベル』

「俺、たぶん美味しくないよ。肉が少ないし」

 人をまだ食べていないというのに、よりにもよって俺が、真っ先に餌に選ばれるなんて。やはりあの時鰻を残した方が良かったのかもしれない。自分の食い意地が、命にかかわるとは。

『ウマソウダ』

「それは、光栄というべきなのかな……すごく迷惑だけど」

 蛇の食欲が強まったのを感じた。だが、どうしようもない。

 ふと昨日の石姉達との会話が思い出される。確かあの時変わった能力があるものほど狙われやすいと言っていた。そう思うと和栗さんが先に食べられていなかった事だけでも喜ぶべきかもしれない。

 ……ま、いいか。

 質問が思い浮かばなくなった俺は、ふとそう思い至った。

 ここで終わるのが、運命だったのなら仕方がない。俺は目を閉じた。

 何も未練がないと言えば嘘だが、それでも強く生きたいと思うほどの何かがあるわけでもない。じたばたもがいて苦しむのも面倒だ。良達が死ぬよりは、俺が死んだ方が泣く人が少ないはずだし、悪くはない。そう、悪くはない終わりだ。

「できたら、苦しくないといいなぁ」

 せめてそれぐらいんの慈悲はないかなと淡い期待をする。痛いのは嫌だなぁ。


「何、うちの弟に手をだしているのかしら?」

 しんと静まり返るその場に、高くもなく低くもない良く通る声が響いた。

 驚き俺が目を開けると、桜吹雪が月に照らされる光景が目に飛び込む。

「ここが誰の縄張りか分かってるのか?ああ?」

「もし知っているなら、大物ですねぇ」

 さらにガラの悪いセリフと、どこかのんびりしたセリフが続く。えっ?なんで?どうして、ここに?

「石姉?」

「石姉?じゃないわよ。何、私に無断で襲われちゃってるわけ?!昨日あれだけ注意したのに。そんなかわいこぶっても、お仕置きよ」

「……かわいこぶっているつもりはないんだけど」

 俺は首をかしげて、頭上のフェンスの上を見上げた。そこにはやはり石姉がいた。

「怒っているのは、石姉だけじゃねぇぞ」

『ジャマヲ――』

「邪魔はテメーだ。俺は一郎と話してるんだよ。邪魔するな!!」

 目の前に大きな犬が現れたかと思うと、犬は躊躇いなく蛇にかみついた。そしてもしゃもしゃと咀嚼する。骨が砕かれるような音がやけに生々しくて、現実だと俺に訴えた。


「……お腹壊すよ?」

「今すべき反応は違いますからね。そうやってボケて誤魔化そうとしても駄目ですからね」

 別に誤魔化してるわけじゃないんだけどね。

 フェンスから飛び降りた紅兄にへろりと笑って見せる。できたら怒られたくはないとは思っているのは間違いないけれど。

「えっと、なんでここに?」

「何でですって?!」

 今にもきぃぃぃっと、ハンカチを噛みちぎりそうな様子で石姉は叫んだ。

「今にも食べられそうになっていて、何でですって?!」

「あー……、ありがとう。おかげで助かりました。お手間かけてすみません」

 先ほど本気で、俺死んだなと思ったわけだし。それが一転、怒られるかも程度の危険にランクが下がったのだから、お礼を言うべきだった。俺は今さらながらに頭を下げる。

「いっちゃんの馬鹿!!」

 抱きしめられながら罵られた俺は、どうしたらいいのか分からず固まった。怒られているのか何なのか分からない。

 そもそも怒られる時は殴られるものだと思っていた俺は、抱きしめられている事態が理解できない。抱きしめられるなんて、この家に引き取られるようになってからだ。


 俺はしばらく何も言えず立ち尽くした。


 




 

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