4章の3
天井を歩く靴は本校舎の1階らしいので、俺らは階段を下った。廊下は、非常灯だけがぼんやりと光っており、相変わらず誰とも会わない。
「そういえば、何組が学校に忍び込んでいるの?」
「私たちを含めて5組よ。他のクラスはどうか知らないけれど」
……半分まで来たのだ。どこかでそろそろ他の組と会ってもいいと思う。
イクさんにもう少しこの学校の怪談について教えてもらえば良かったと今さらに後悔した。嫌な予感しかしない。
天井を歩く靴の場所は、普通の廊下だった。良が懐中電灯で天井を照らすと、白い壁紙に靴跡が一つだけついてた。
「これか?」
「じゃないかな?」
正直早く帰ってしまいたい。そう思っていた俺は、適当に相槌した。天井に靴の足跡が一つなら、誰かが靴を天井にぶつけたのだろうと想像がついたが、足跡以外にそれっぽいものはない。
「……居るわ」
「げっ。陽っち。マジ?」
真剣な表情でつぶやいた和栗さんの腕に相田さんはしがみついた。俺も和栗さんの言葉に息をのむ。
パタパタパタ。
先ほどまで確かに俺達以外の足音は聞こえなかったのに、突然幼い子供が走るよるな軽い音が聞こえた。足音は、大きくも小さくもない大きさで、不思議な事に頭上からする。二階の音が聞こえるほど薄っぺらい天井ではないはずなのにだ。俺は音に耳を集中させながら、天井を見上げた。
「臨兵闘者 皆陣列前行」
和栗さんがなにやら呪文を唱えると、足音はぴたりと止まった。そして、ぽとりと天井から1足の靴が落ちてくる。
「すっげー、今の何?」
「九字よ。臨める兵、闘う者、皆陣列べて前を行くって言ったの」
良の疑問に対して説明してくれたのだろうが、知識が全くない為か、説明が説明に聞こえない。俺と良はお互い顔を見合わせた。
良く解らなかったが、凄い呪文だという事が分かっていれば問題ないだろう。俺らは、自分でお祓いをしたいと思っているわけではないのだ。
「陽っち。これでもう消えたの?」
「……」
和栗さんはそれには答えず抜け目のないように周りを見渡す。
その様子が危険が去っては居ないと言っているようで、知らず知らずのうちに手に力が入ってしまう。とはいえ、もしもこの学校にそれほど危険な妖怪か幽霊かがいたならば、鬼姫さん達やイクさんが事前に何か教えてくれるとも思っていた。
どうせ周りを見渡したところで、気配なんて判じるはずもないと思った俺は、周りを警戒するのは皆に任せて、落っこちてきた上履きを調べることにする。
「えっと、名前は書いてないかな」
「……一郎って、本当に度胸あるよな」
「度胸?いや。俺は結構臆病な方だと思うよ?」
安全だと思っているのに、ドキドキしたり不安になったりするのだ。臆病以外の何ものでもない。
「一郎が臆病なら、俺はどうなるんだよ。……その上靴、結構小さくないか?」
自分を臆病という割に、良もしっかりと上履きを確認している。十分度胸があるというか、適応能力が高いのではないだろうか。
「22.5って書いてあるね。というかもう一足は何処にあるんだろう」
ぽとっ。
まるで俺の疑問に答えるかのようにさらにもう一足空から上靴が落ちてきた。
靴が落ちてきた真上を良が照らしたが、何か黒い染みがあるだけだ。染みも、特に人面というわけではなかった。……ここにいる妖怪にからかわれているのかもしれない。
「とりあえず、最後の階段に行こうよ。ここにずっといても仕方がないし。さっさと終わらせよう」
靴を方一方ずつ落としてくるなんて、イクさんやりかちゃん人形と違い、自己主張が激しい。妖怪がいると認識されると、色々面倒な事になりそうだと思った俺は間違っていない。
「幸田君って、なんというか、凄いね」
「へ?」
「普通こういう場合って、帰ろうとかになるんじゃない?」
相田さんに言われて、そういう選択もあったのかと気がつく。もしかしたら、他のグループと会わないのも、途中でリタイアしたからかもしれない。
「あ、そうか。じゃあ、帰る?」
「ええぇぇ。ここまで来たなら、最後まで見てこうぜ」
良がすぐさま反対すると、相田さんは複雑そうな顔をした。
「まあ、確かに後一か所だし……うん。陽っちはどうする?」
「行くわ。こういうの、途中でやめると余計に危険だったりするから」
和栗さんが言うと、相田さんは青い顔をしつつ頷いた。どうやら行く気になったらしい。
「じゃあ、行くか。最後は屋上だったよな」
俺は手に持っていた上履きと追加で落ちてきた上履きを廊下の端の方に揃えて寄せると、歩き始めた良を追った。走りざまピチョンと何かが滴り落ちる音がして一度振り向いたが、俺は懐中電灯を持っていない為結局よく解らない。解らないまま皆を止めるわけにもいかないので、俺はスルーした。
ここには何かがいるのだから音ぐらいするだろう。
「……そういえば、十三段目の階段って、トリック分かったかもしれない」
三階まで登ったところでふと俺は気がついてしまった。
「はっ?」
「いや、以前読んだ本に似たような怪談話があったからさ。これって、何処を一段目と数えるかで違ってくる系じゃないかな」
律義に1階から数えてみたが、基本は十段。それがたまたま屋上に上がる階段が十二段だったので、不思議に思った生徒が階段を作ったとみた。
「ほら、一番最初の部分を一と数えるか数えないかで変わるから。だから階段が増えたとか減ったとかになるんじゃない?」
「なるほど。そういえば俺ら昼間に階段の数を数えたわけじゃないから、十三段あってもへーって感じぐらいだったけどな」
別に階段が十三段でも十二段でも、初めて登るならば特にその数には意味はない。生徒は屋上に行ってはいけませんと教師からも言われているので、入学したてな俺らは初めてだったりする。
それでも一応コンプリートの為に、俺らは階段を登った。ずんずん登って、登って。気がついた。
何かおかしくない?
自分達の教室は三階で、その上が屋上になっている。十三段なのか十二段なのか、はたまた十四段なのか知らないが、そんなにたくさん階段があるわけではない。なのに屋上にたどりつかないのだ。
俺は足をとめた。すると足音が止まる。他の音は何もしない。
あれ?さっきまで良が先頭歩いてたんじゃなかったっけ?何で俺先頭歩いてるの?というか、何で足音が俺だけなの?
くるりと振り向くと、そこは闇だった。ぼんやりと足元の階段しか見えない。
「もしかして、怪談?」
のわりには聞いていた話と違う。あるのは十三段目ではなく無限回廊。果てがない。
「良?相田さん?和栗さん?」
皆の名前を呼んでみたが返事はない。本格的にホラーな展開になってきた。はたしてこの状態になっているのは俺だけなのか。それとも皆別の場所で似たような事になっているのか。
「……ねえ。誰なの?何か俺に用事?」
妖怪か、幽霊か何かはわからないが、絶対何かは居るはずだ。居なければ困る。
辛抱強く返事を待っていると何かが這いずる音が下の階から聞こえた。俺は何も見えない闇を見据える。不気味だ。本格的に命の危険を感じる。なんのフラグこれ?
『ウマソウ……タベタイ』
だが、断る。
餌にはなりたくない俺は、一目散に階段を駆け上がった。下から来るなら、上に登るしかない。せめて懐中電灯を持ってくるんだったと後悔する。そうすれば、迫っているものが何かが分かったのに。
走れば当然息が上がる。下から来るものは足が遅いらしく、スピードが落ちても追いつかれる事はなかった。それでも永遠に登るなんて無理だ。
「どうせ……なら、屋上っ……」
どうせ死ぬなら、せめて屋上の方がいい。
息が切れて、願い事すら口にできないが、俺は強く思った。もちろん死にたくはない。それでも人間死ぬ時は死ぬくらいは理解していた。ただこんなわけのわからん階段で、何か分からないものの胃袋に収まるなんてあんまりすぎる。ついていない人生だったが、それでもあんまりだ。
神様が居るなら何とかしろと、罵っていると、目の前に扉が現れた。
びっくりしたのは一瞬だ。俺は一も二もなく、その扉を開けた。