4章の1
空で星が瞬いている。
中学校の周りは田んぼになっており、街灯も少ないため余計に星が綺麗に見えた。
「……帰ってからなんて言いわけしよう」
結局肝試しをする旨を上手く家族に伝えられなかった俺は、人知れずため息をついた。和栗さんが来ることも考えると、下手に伝えてついてこられるのは困る。その為こっそり家を抜けだしたのだが、できたら終わるまで気づかれないといいと思う。
置き手紙には『ちょっとコンビニまで行ってきます』と書いておいたので、とりあえずジュースでも買って帰らなければ。
「おーい。一郎っ!!」
どんと背中に衝撃を受けて少しよろめいた。そこには楽しくてたまらない犬のように落ち着きなく笑っている良がいた。
「ちゃんと来たんだな。偉い」
「来いって言ったのは良だろ」
わしわしと良は俺の頭をかき回すので、俺は少し小走りで逃げる。
「ほんと、一郎っては良い奴すぎ。あーもう。大好きだ」
逃げると逃げたぶん近づき良は俺の頭をかき混ぜる。何が気に入ったのか、ちょっとしつこい。
「良って良くそういう恥ずかしい事言えるね」
大好きだなんて、友人同士でも家族でも中々言えない。恋人もいまだいない俺の人生の中で、その単語を使った事は一度もない。
「あんた達遅いわよ」
「とりあえず今、第一組が学校の中に入っていったところだよ」
待ち合わせ場所である裏門の前には、和栗さんと相田さんがいた。ピリピリしている和栗さんの隣で、相田さんがニコニコと手を振っている。
「何だよ。皆待っててくれなかったのかよ」
「こんな所先生に見つかるわけにはいかないから、早々にグループ分けして、ばらけたの」
「じゃあ相田さんと和栗さんは?」
「不本意だけど、あんた達と同じグループになったから仕方がなく待っていたのよ。本当に仕方がなくだからね。感謝しなさい」
和栗さんはふんと顔をそらしたが、少し赤い。
ん?これってもしかして。ちらりと良を見るが、良が気がついた様子はない。鈍いのは俺じゃなくて、良の方だ。
「別に皆がいなかったら、俺と一郎だけで突入したし、良かったんだけど――」
「良くないだろうが」
「いってぇ。一郎、尻蹴るなよ」
蹴られて当然だ。俺は良の言葉をさえぎるように尻を蹴りあげると、二人に向かってにこりと愛想笑いをした。
「和栗さん、相田さん。ありがとう」
まったく。折角、良の為に待っていてくれたのに、そういう反応するなよな。
たぶんアレだな。和栗さんがからかわれた時に上手く良が回避したから、その時に彼女の中でフラグが立ったに違いない。できればこのまま後は若いお二人でと譲ってあげたいところだ。しかし今日はそういうわけにはいかない。
妖怪のイクさんは七不思議の一つだと自分で言っていた。たぶんきっと、上手く隠れてくれているだろうが、和栗さんにお祓いされないように協力してあげないといけない。きっと俺なんかが気にしなくても大丈夫だろうが、念には念が必要だと思う。そう考えると和栗さんと同じグループになれたのは好都合だ。
「ところで、勝手に行ってもいいの?」
「私たちの出発は7時15分よ。まずは体育館からね」
……何と最初から、イクさんコースとは。イクさんがしっかり隠れるか、裸足で逃げていている事を願うしかない。
時間になり、俺らはこっそりと学校の敷地内に忍び込んだ。全部で5グループが今学校の中に忍び込んでいる事になる。俺ら以外のグループも先生に見つからないといいと願う。
「そんな緊張する必要ないって。教師もさ、実は入学式が終わってから一週間の間に一年生が肝試しする事は知ってんだからさ」
「えっ?知ってるの?」
「表向きは知りませんってしているけどな。伝統行事みたいなもんだから、黙認しているわけ。良いオリエンテーションくらいに考えているんじゃね?」
「良って、何でも知ってるんだね」
「だって、俺の兄貴。ここで教師やってるし」
……そりゃ知ってるわな。また先輩のつてとか良く分からない人脈かと思ったが、そうではなかったみたいだ。それでも凄い情報網だけど。
「えっ、お兄さんって、誰、誰?」
「一年三組の副担任。そのうち何かで顔も合わせると思うよ。教科が数学だし」
残念なことに俺は一年八組だから、遠いクラスまで見ていなかった。たぶん兄弟だから、よく似ているのだろう。
「兄弟と言えば、一郎。お前、お姉さまを俺に紹介する約束忘れてないだろうな?」
そういえば、そんな約束したっけ。ひくりと頬がひきつった。
「何?幸田君って兄弟いたの?」
「ほら、入学式の時にえらい美形一家がいただろ。あれ、一郎の家族なんだって」
……和栗さんがいる時に家族の話をするなよ。ちらっと見たがが、それほど興味はないみたいだ。その事にホッとする。もし皆に家族を紹介する事態になったら万事休すだ。
「あ、ほら。体育館ついたよ。気を引き締めていこう!!」
「一郎、いつからそんなやる気に?」
「今は頑張りたい気分なんだよ」
そして家族話題から離れたい気分なんだよ。
俺は手に力を入れ体育館の扉を開けた。ギギギと不気味な音がなる。
「うわっ。真っ暗だな」
「うん。これだと何も見えないね」
「幸田君、何か嬉しそうじゃない?」
「そんな事ないよ?」
内心ぎくりとしたが、俺は笑ってごまかした。これだけ暗ければ、イクさんも見えないだろう。
「……何かいる」
「えっ」
和栗さんが呟いた言葉に背中を冷たいものが流れた。マジで?!何か感じちゃった?
隣で良がごそごそと動いたかと思うと、足元がぱっと明るく照らされる。
「か、懐中電気持ってきてたんだ」
「当たり前だろ。電気つけるわけにはいかないんだから。とりあえず中に入ってみようぜ」
イクさん逃げて。超逃げて。
俺は心の中でイクさんに向けてエールを送る。
「ここには首のない女子生徒の霊が出るんだってさ。ほら一郎、行くぞ。もしかして怖いのか?」
「うん、ちょっとね」
正直イクさんが見つからないかドキドキしている。
とにかく、和栗さん達だけで行かせたら、本当にイクさんがピンチになるかも知れないので、俺も靴を脱ぎ中に入った。もう春なのに、夜の体育館はひんやりとして肌寒い。
「あっちに、変な気配があるわ」
和栗はすっと体育館のステージを指差した。ぱっと見は分からないが、どこかに隠れているのかもしれないと思うと、心拍数が上がる。ヤバい。
「は、はい。俺が見てくるよ」
「幸田君、怖いんじゃなかったの?」
「あはは、どうなんだろう。でもほら。こういう時ぐらい男らしいところを見せないとね。うん。そういう事だから」
俺は有無を言わせる前に小走りでステージの上に登った。そしてきょろきょろと見渡す。
「一郎、なんかいたか?」
「んーん。いないっぽいよ」
薄暗いからか、それらしい人影は見当たらなかった。
「じゃ、次行こうか」
「……おかしいわね」
皆がステージに背を向けたのを確認してほっと息をはいた。どうやイクさんは上手く隠れていてくれてるみたいだ。良かった。
「次は何処に――」
ゴトッ。
何かが落ちる音がして、俺の血の気は一気に下がった。俺は上から落ちてきたものを確認するより早く、慌てて舞台袖に蹴りあげる。
「今なんか音しなかった?」
振り向いた和栗さんに、俺はぶんぶんと首を振った。
「し、してない。してないよ。ほら、後6か所も回るんだし、急ごう?」
皆は首をかしげたが、なんとか行ってくれた。上を見れば首のないイクさんが両手を合わせている。やはり、俺が蹴ったのはイクさんの頭だったようだ。きっと誤って落っことしてしまったのだろう。
うっかりすぎるが、俺も女性の顔を蹴ってしまったので一方的には責められない。また今度ちゃんと蹴った事については謝ろうと心に決め体育館を後にした。