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白い塔の老夫婦

作者: CHOOSE

初めての小説、感動するかどうかは読者の価値観でしょう。うん。

 ここはある田舎町、今は地図にも載っていない。もう人の記憶にはカケラも残ってないこの町に、二人の老人がいた。その老人二人は夫婦で、町の中心にある白い塔にひっそり住んでいた。そしてその二人の下へ、毎年二十万の人々が悩みを解決してもらおうと訪れる。今日訪れた滝川という男もそのうちの一人だ。


「あの、御免下さい」


白い塔に入った滝川は、老夫婦を呼んでみるが返事が無い。悪い予感が過った滝川は、階段を韋駄天の如く登っていった。階段を登りきった滝川の目の前に、大きな鉄の扉があった。恐る恐る、滝川はその鉄の扉を開ける。


ギィイイイイ・・・


扉の向こうにはテレビがあり、その前で二人の人間がお笑い番組を楽しそうに見ていた。


「ハッハッハ!面白いヤツじゃの~」


「ハイ、オッパッピーってぇ、アヒャヒャヒャ」


滝川は確信した、この人間二人こそ『白い塔の老夫婦』だと。とりあえず話を聞いてもらいたい滝川は大声で二人に呼びかけた。


「あのぉ!御免下さい!自分は宮崎から来た滝川という者です!御二人に御知恵をお借りしたく、参上いたしました!!」


だが老夫婦はテレビを見てずっと笑っている。滝川はその番組が終わるまで、端でずっとしゃがみ込んだ。


「あ~面白かった、次はNHKのニュースじゃ」


「わかってますよ、御爺さん」


滝川の存在に気付かず、二人はNHKのニュースを見始めた。滝川は必死に堪えた。


「夕飯の準備じゃ、今日は何にする?」


二人はテレビを消し、立ち上がった。無論、このチャンスを滝川は逃さない。


「よかった、返事が無いから心配していたんです」


滝川は二人を止め、ここに来たワケを話した。すると二人は滝川の両手を掴み、階段を下まで駆け下り始めた。


「まぁ話は夕飯の後でもエエ、アンタも食っていきな」


「えっ、しかし・・・。・・・これは凄い、高級食材のオンパレードじゃないですか!」


二人に連れられ、厨房に来た滝川が見たのは大量の高級食材だった。世界三大珍味、中国三大珍味など一生かかっても拝めないような物ばかりだったのである。


「グラス取ってくれんか?」


「はい、これでいいんですか?」


滝川は老夫婦の言われるままに、自分の仕事(?)をこなしていく。包丁の扱いが雑な滝川は、野菜を切るのに結構苦労した。そしてその野菜はスープに煮込まれていった。


「スープやメインができるまで、多少あるでの。食前酒を楽しもうではないか」


必死に老人の妻が調理しているのを他所に、滝川は老人と食前酒のワインを心行くまで味わった。


「御爺さん、手伝って下さいよ。一人じゃ大変なんですから。ほら、貴方も」


老いぼれたコックに急かされ、二人はせっせと手伝いに力を入れる。夕食にありつく頃には、ワインの余韻は跡形も無く消えていた。


「レッツイートじゃ!」


「御爺さん、ここは米国じゃないですよ。ここは日本国、世界一の技術力を持った国ですよ」


だが、最近は中国に押されてしまっている事を二人は知らない。ニュースは時間つぶしに、適等に見ているというワケだ。

 夕食が終わり、滝川と老夫婦は本題に入った。


「で、悩みって何なんじゃ?」


「私、一度会社をクビになって別の会社に就職しようとしているのですが」


「就けないんじゃろぉ~?」


老婆がズバリと言い当てた。そう、滝川は就職に悩みを抱いてやってきたのだ。


「婆さんや、ズバッと言うのも大事じゃが・・・空気ってのを解ってくれ」


老人が冷静にツッコミを入れる。二人はまず、滝川の生活習慣について聞いた。


「ほ~、律儀なモンじゃ」


「そんな人が職に就けないなんて、世も末じゃ」


滝川の生活習慣は驚くほど、キッチリしていた。休みの日も朝6時起き、寝るのはいつも11時までには寝るという、現代人には足りない体調管理が完璧だった。この男にどこが問題があるのか、老夫婦は不思議でならなかった。


「もしや貴方、過去に何か事件起こしたりした・・・とか?」


「おいおい、そんな事聞くもんじゃない」


老婆はまたズバッと言い、老人はまた老婆にツッコミを入れた。滝川は急に青ざめる。


「イヤだな~、そんなの無いですって~」


滝川は必死に誤魔化すが、老夫婦は滝川の変化を見逃さなかった。


「エエか?ここに来て悩みを打ち明ける者は皆、自分の知られたくない事や思い出したくない事を全部曝しておるのじゃ。だからアンタも、正直に話すのじゃ」


老人は滝川を諭すが、滝川は誤魔化し続ける。と同時に、自分の過去を回想していた。

 滝川は以前、車の部品を扱う会社の係長を務めていた。入社一年目で昇進、将来社長のポストを狙えるのではないかと、社内で噂されていた。


『さすが滝川、未来の社長だねぇ!』


会社で恋もして、めでたく結婚した。滝川の人生は、白い一輪花の道を歩いていくはずだった。しかし結婚をして五年目の自分の誕生日、それは起こってしまった。


『滝川~、少し相談があるんだが~ぁ!』


その日は誕生日を祝いに、課長と部長が来ていた。部長は酔い潰れ、課長も泥酔していた。課長は酒臭い口を滝川の耳に近づけ、話し始めた。


『オマエ~、オレがさぁ~、もう定年退職ってのは知ってる~よなぁ!?だからぁあ!今度の昇進の時はぁあ、辞退してくれちゃってよ~ん♪』


真面目な滝川は当然断った。が、課長は滝川の反対を押し切る策を持っていた。


『これでどーよ?十億の小切手だぜぇ~~!?』


滝川はその金が会社の金である事を、一秒もしないうちに理解した。一課長の身分でここまで金を持っているわけがない、滝川はもう一度強く断った。


『社長に渡してさ!オマエの昇進をチャラ、な~~んてできるんだよ!?』


滝川はその言葉に怒りを露わにし、課長を殴り倒した。


『貴様ァア!社長の恩義を忘れたのかっっ!!うおおおおお・・・』


課長は一命を取り留めたものの、植物状態同然だった。その事が会社に知られ、クビになったのだ。

 滝川は今も後悔はしていない、あるのは悪人をやっつけた虚しい正義感だけである。


「私は正義を!世間の正義を、全うしたまでです」


「正義なぁ~、虚しいのぉ。では聞こう、世間の正義とは何じゃ?」


老人は率直な疑問を投げかける。滝川は返答するのに、時間を要した。


「ふん、やはり世間と離れた人間とは話が合わない!帰ったらネットでアンタら老夫婦は、性質タチの悪い銭泥棒だって流しまくってやる!!」


滝川は塔から出ようした。


ガチャッ


なんと、入り口の鍵がかかっていたのだ。懲りない滝川は窓を見つけ、そこから飛び出そうとした。


ドンッ


窓はびくともしないどころか、滝川の体当たりを跳ね返してしまった。


「アンタら、それでも人間か?」


「「人間じゃ」」


老夫婦は息ピッタリに、滝川の質問を足蹴にした。


「貴方みたいな人は、今まで何万と見てきたが貴方は筋金入りの阿呆じゃな」


老婆は滝川に罵声を浴びせる。滝川はその言葉が終わると同時に、ガクリとうな垂れた。


「では・・・人生の先輩として、お聞きします。正義って何なんですか・・・?」


滝川はもう泣き崩れていて、生気を感じることはできなかった。老人は滝川に向かって合掌する。


「そんなのありゃせん」


老婆は即答した。滝川は理解できずにいる。


「正義が、ないと言うんですか・・・?」


「そうじゃよ」


老婆は、全てを悟ったような口調で言い始める。


「その正義も、よくよく考えると悪と同じなんじゃ。悪とは自身の欲を満たすために、人を傷つけ時には命を奪う忌み嫌われるものなのは知っておろう。正義は人を守るために、自身の時間や命を費やす当に神の行為じゃ。じゃがな、強いて言うとそれは自身を傷つける悪なんじゃ」


「屁理屈ぬかすな!」


滝川は声を荒げた。


「それに、その正義が人のためなるとは限らん。逆に人を苦しめたり、悲しませたりする事もある」


 老婆は自分の子供の頃を少し振り返った。その頃は戦争真っ只中、皆日に日に窶れて終いには骨になる有様だった。


『オカン、腹減った~』


『わーったべ、握り飯作るで向こうでじっくんと遊んでナ』


母は戦争で夫である父を無くし、子供たち四人を毎日必死で育てていた。


バンッ


突然、家の玄関が吹っ飛んだ。壊した犯人は軍部の重臣だった。


『風間十兵衛、赤紙を送ったのに来ぬとは・・・。日本の恥である、今すぐ面を上げい!』


当時、赤紙は天皇の勅命を意味しており、逆らえば罰を受ける事になっていた。兄の十兵衛は絵描きで、体が丈夫ではなかった。しかし一月前、赤紙が家の前に置かれていたのだ。


『オカンが出るよ、アンタらは押入れに隠れてナ』


母は玄関の方へ歩いていった。その数秒後・・・。


ドオォン


『オマエのような女に用はないわ、どこだ風間!?』


兄は子供たちを振り払い、押入れから飛び出した。


ザクゥ・・・パァン・・・


子供たちは押入れから飛び出し、すぐに何が起きたのか理解した。


『お兄ちゃん、死んでもた』


子供たちは危険を察し、家から飛び出した。が、その後更なる悲劇が襲った。東京大空襲である。


『ねーちゃん・・・たすけ・・て・・』


『あっ!・・』


グシャ・・・


姉妹は戦争中に死に、残るは老婆のみとなった。

 老婆は気付かないうちに、目から大粒の涙を流していた。


「貴方、家族を守りたいのなら家族が喜ぶ事しなさいな。貴方のいう正義じゃなくてな」


「わ、わかりました・・・。でも、どうすれば良いのか・・・」


滝川は悩むが、すぐに答えは出た。


「共に過ごす事ですね・・・。仕事や金に固執しすぎていたんですね、私。もっと大切な、掛け替えの無いものに気付いてなかった」


 翌朝、滝川は昨日とは打って変わって溌溂としていた。老夫婦はその姿を見て、安堵の表情を浮かべた。また一人、人を喜ばせられたのだ。


「有り難う御座いました。あ、これはつまらないものですが」


「「蜜柑一年分じゃと!?」」


老夫婦は園児のようにはしゃぎ回った。滝川は昨日とのギャップに、戸惑いを隠せなかった。


「気をつけるんじゃぞ~」


今日も白い塔で、悩んでいる人々を待つ老夫婦。次はどんな悩みを持った人が来るのだろうか。老夫婦はいつまでも、その身が消えるまで人々の悩みを聞き続ける。









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