四 『いただきます』
少女の背中に話し掛ける。
「き、君は一体…」
「黙っていろ」
「うわぁっ!」
思いっきり蹴り飛ばされた。
空中で体が一回転した。十メートルくらい飛ばされた。
「いっ…てぇ…」
なんて無茶をするんだ。
倒れ込んだまま彼女の方を見ると、僕とは逆の方向、ツェペシュが吹き飛んだ方へと駆け出している。
しかし、彼女が駆ける方向にツェペシュはいない。
「上だ!」
彼女の頭上、そこに生まれた闇がツェペシュへと変じていた。
立ち止まった彼女がツェペシュを見る。そして、右手を挙げた。
掲げた手がぐにゃりと歪む。
次の瞬間、彼女の手の中に光が生じていた。否、光ではない。月光を反射するそれは、長大な剣だった。
落下するツェペシュの身体に剣が突き刺さる。
ツェペシュの身体が、ほどけた。
暗闇に溶け込んでいく。
(なんだ…?やったのか?)
いや、違う。彼女の周りをおびただしい数のコウモリが飛んでいる。
恐らくあれはツェペシュだ。最初に僕に姿を見せた時のようにコウモリへ姿を変えたのだ。数が増えたところで、いまさら驚いたりはしない。
彼女は長剣を片手で振り回しながら後退してくる。
「おい、いつまで寝ている!早く立て」
「あ、ああ」
少女に言われて慌てて立ち上がる。彼女は、もうすぐ近くまで下がってきている。
「チッ…鬱陶しい」
そう言うと少女はコウモリ達を払うように左腕を振るった。
生じるのは炎。まるで蛇のように自在に動いてコウモリ達へと向かう。
「クヒッ…ハハハハハ!やるねぇお嬢さん!」
炎に焼かれながらもコウモリが人の姿を形作る。
「流石は『純血』と言った所かね」
再び人の姿に戻ったツェペシュの周りには数本の鉄杭が浮かんでいる。
「Bad.しかし!だからこそ喰らう甲斐があるというもの」
鉄杭が少女に狙いを定める。
「ヒハハッ!串刺しだぁっ!」
鉄杭が飛ぶ。
少女はそれを、炎を収めた左腕で文字通りなぎ払った。
「無駄だ」
鉄杭は全て、一瞬でかき消された。
「チィッ…まだまだ私の力は及ばないようだね」
ツェペシュが不適に笑った。
「ここは退くとしよう。ただし」
笑みを深める。
「『それ』を頂いてからだ」
ツェペシュの姿が消えた。
そして、現れる。
「…は?」
僕の後ろへと。
「Good bye.イブセ君。お別れだ」
「くっ…やめろぉ!」
少女が叫ぶ。
「いただきます」
ツェペシュが言って、口を大きく開く。そして。
僕の首筋へ噛み付いた。