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一 『事件』

 けたたましい目覚まし時計の音で目を覚ます。

 布団から這い出て台所に向かい、食パンをトースターで焼く。

 いつも通りの朝だ。毎日毎日変わらない、習慣化された朝。部屋の端に寄せてあるちゃぶ台を運び、その前に座るのも、いつも通り。

 コップに注いだ牛乳をチビチビ飲んでいる内に、トースターがチン、と音を鳴らした。重い腰を上げて、台所のトースターから食パンを取り出して皿に載せた。冷蔵庫からはマーガリンを取り出す。

 いつも通りの味気ない朝食を取りながら、テレビの電源をつける。何もかもがいつも通り。

 変わらない。何も。

 ただ一つ、いつもと違うことがある。

 テレビから流れるニュースの音声が不穏なキーワードを告げていた。

 『連続通り魔殺人事件』、『被害者は皆、全身の…を抜かれており、』、『未だ捜査の……は』

 僕の住む街で、『何か』が起こっている。



◇◇◇◇◇



 九土北高校は九土くど市一の進学校であり、同時に僕の通う学校でもある。市内一などと言ってもそんなものはたかが知れている。言ってしまえば、ごく普通の高校である。

 そうだ。結局は普通である。それで良いのだ。人生を変えてしまうような劇的な出来事など、二度も体験する必要はない。

「おーい井伏いぶせ、なに黄昏てんだよ。」 人が物思いにふけっているというのに空気を読まずに話しかけてきたこの男は、日野常彦ひのつねひこ

 高校生らしからぬ無精髭を生やした、無神経で無遠慮、その上いつも無一文と言うないない尽くしの男である。

「何か今、物凄く失礼なこと考えてなかったか?」

「いや、そんなことはないよ。愛すべき友人が今日も変わらず元気なのを確認して安堵していただけさ」

「なんだそりゃ」

 日野はわざとらしくため息をついて、それからケラケラと笑った。

 日野とは入学当初からの付き合いである。如何にも軽薄な男だが、これでなかなか良いところもある、僕の友人だ。

「なぁ、今朝のニュース見たか?また被害者が出たらしいぜ」

 日野が大袈裟に声を潜めて言う。

「……一体何のことだい?全くこれっぽっちも心当たりがないんだが」

「おいおい、そりゃねえだろ。九土市に住んでてあの『事件』のこと知らないなんて、そんなこと有り得ないぜ」

「それはお前の主観の話だろう。九土市に何人の人間が住んでると思ってるんだ。一人や二人、その事件とやらを知らなくてもおかしくはないさ。そんなことより、いい加減髭を剃れ」

「うるせえ!これは俺のトレードマークなんだよ!」

 ギャアギャアと喚く日野の声は完全に無視して、僕は再び意識を思考の海に落とす。

 『事件』。さっきはああ言ったがそれが具体的に何の事件を指すのかは、例え九土市に住んでいない者でも、知らない者はいないだろう。

 『連続通り魔殺人事件』。一ヶ月ほど前から九土市で起きている一つの事件。この短期間に六人もの死者を出しておいて犯人が全く捕まる様子がないとくればそれだけで恐怖に値する、異常な事件ではあるが、だがそれ以上にこの事件を異常たらしめている要因があった。あるいは他の異常な要素を全て塗りつぶしてしまうほどの異常。吐き気を催す程の異常。

 被害者達は、すべからく、全身の血を抜かれていた。



◇◇◇◇◇



 午前の授業の終わりを告げるベルが鳴ると、皆思い思いに動き出す。

 日野はといえば、一時間目の授業が始まってすぐに眠りについたまま未だ目を覚ましていない。はっきり言って異常である。

 幸せそうな顔で眠る日野を放って購買に向かう。

 いつもなら優しくぶん殴って起こしてやる所だが、今日はやめておく。朝の話題を蒸し返されては困るからだ。食事中に聞いて、あまり気持ちの良い話ではない。

 購買につくと、見知った顔があった。

「お、九ちゃん。ちわっす!」

「相変わらず早いな、八坂。僕も授業が終わってすぐに来たのに」

 八坂弥栄やさかやえは僕と同じ一年D組に所属する女子生徒だ。

「全力ダッシュで来たからねー。おかげで焼きそばパンを無事購入できたよ!」

「そうかい。そりゃ良かった」

「九ちゃんも急いで買ってきた方がいいよっ!早くしないと売り切れちゃうぞ」

「ああ。そうするよ」

 八坂の忠告通り、小走りでパンの売り場に向かう。

 ちなみに「九ちゃん」というのは僕のあだ名である。(最も僕をそんな風に呼ぶのは八坂だけだが)

 別に毛が三本のおばけやマラソン選手に似ていると言うわけでなく、単純に「九助」と言う僕の名前から来ているらしい。

 首尾良くコロッケパンと焼きそばパンを購入した後、教室に戻ることにした。

 人がまばらになった教室内で、コロッケパンの袋を開ける。

 日野はグースカと気持ちよさそうに眠っている。

 僕の日常は未だ平穏だ。

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