婦女と野獣《シンママ女子編》
妖精の求婚を断わってどれくらい経つのだろう。
そんな思いにふけながら城のバルコニーに出て朝焼けを眺めていると三毛猫のミーケが私の足元にやってきた。
「セイン殿下? 最近愛される努力を全っっっっっっ然していませんけど、呪い解く気、あります?」
「いやね。最後に恋したのは二十年前だっけか?あのぉ……あれだ、薔薇の花をパクった商人の美女娘。あれが俺の野獣人生MAXだったんだよね〜」
「もう終わった恋をいつまで引き摺っているんですか、動物アレルギーによる接触じんましんが出ちゃう娘だったんだから仕方ないですよ」
「いや、あれからワンチャンあると思って庭園にはありとあらゆる花を植えまくっただろ? 薔薇の花の色も沢山揃えたし、菊やどくだみ草まで取り寄せたじゃないか」
「王子、世俗的なワンチャンなんて言葉、はしたないですよ。そう上っ面だけ合わせようとするからイタイのです」
「妖精の求婚を断ってから四十年は経っただろ? いまさら人間に戻ってもジジイになっているかもな」
「とにかく愛されてくださいよ。 我々城にいる者は人間に戻りたいって希望は捨てていませんから」
ミーケはバルコニーの柵へ飛び乗り、私と並んで城の外を見渡した。すると馬車を道端に止めた男が、菊の花をもぎ取っている。
「おい、ミーケ!あれを見ろ」
「はい!見えています。デジャヴのようです。急いで捕らえましょう」
◇
捕らえた男の話を聞くと、その男は元富豪の商人だった。
娘から土産に《綺麗な花を》と頼まれ、菊の花をパクろうとしたらしい。
商人は私の姿を見るなり床へ座り込み驚いた顔をしていた。
「おい商人アキールよ。貴様を家に帰してほしければ俺を愛せる女を連れてくるんだ」
「ええ?女連れてくるんすか?マジでそういうのダルいし、その依頼をしている時点でダサくないすか?」
「私は見ての通りこの姿だ。城下町へ行くのもまあまあキツいのだ!そもそも王子に対してなんつー態度だ」
「はいはい、わかりましたよ。ウチは娘だけで十二人いますから、とりあえず紹介してみますよ」
「本当だな!嘘だったらお前の一家を取り潰してやるからな」
非常に嘘くさい怪しげな商人は、馬車で家へ帰った二日後、林の奥から戻ってきた。
「おいミーケ!あれアキールじゃないか?」
「見えていますよ。なんかアキール殿の横に……二人?一人はお子様?幼女のように見受けられますが?」
「おい!私はいくら野獣になっても幼女は流石にないぞ!」
◇
「おいっアキール! 貴様どういうつもりだこれは!」
三人を客間に通して事情を聞くと、娘の名前はジングルでアキール家の長女。五年前に産んだ子どもモチコとアキールの家で暮らしているらしい。
「いやいやいや、セイン・パイン殿下。私は言われた通り家に帰って娘たちへ事情は話しましたよぉ。そしたら速攻で食いついたのは長女のジングルだっただけですよ」
「なんでバツイチ子持ちの女を連れてくるのだ。一国の王子の初婚にハードルが高すぎではないか!」
「いや、愛せるかもしれない娘って言うから……」
アキールは困った顔をしている。その横には孫のモチコが菓子をバクバク食い散らかしていた。
私が侍女のミーケを見ると、ミーケは《行っとけ!》みたいなジェスチャーで手を揺らしていた。
なんて無責任なやつだ。城の者が人間に戻りたいからといってこれでは罰ゲームじゃないか。
ジングルを見ると、何処にでもいるような淑女。
娘のモチコは可愛くはあるが、子どもだからだ。取り分け美少女ではない。
私の頭の中に様々な憶測が飛び交う中、アキールはニコニコこちらを見ていやがる。
「セイン殿下、お話が進まぬようなので、私は一度帰ります。あとはお若い二人でごゆっくり」
おい!若くないだろ!私もだが……。
そしてなんだその慣れたナコード的な台詞は。一度や二度じゃないだろ?これ。
アキールは帰ってしまい、母と娘だけ残ってしまった。なにを話してよいか分からぬ。
ミーケが客人の紅茶を入れ替えるとモチコから『ケモミミ、ケモミミ』と揶揄われていた。
「ええと……ご主人?元ご主人は……他界されたのか」
「いえいえ、多分生きていますよ。あんな道楽親父、死ぬわけないですよ」
「そうなのか? では合わなくて別れたと?」
「合わない云々じゃないの!パーチに嵌って借金だらけになったのよ。うちのお父さんにもお金借りに来て!だから別れたの!」
「パーチ?」
「ギャンブルよ」
うわーっ……キツいなあ……最初から元旦那の悪口かよぉ〜
それから三十分。ジングルは元旦那の悪口を楽しそうに語っていた。
そもそも別れた原因はともかく、なぜこんなにも相手のせいに出来るのだろう。
五十年前にこんな女性は見たことがない。
いや、少なくとも貴族の淑女にこのような相手を蔑む発言をする者はいなかった。城下町のあの美女とどうしても比べてしまう私も下衆だが、それでもなにか物悲しい気持ちになってしまうのだ。
本人はきっと《元旦那》を自分なりに晒すことで『私はあんな男に未練はないわよ』というつもりで話をしているのだろう。しかし実際に聞いてみると不快感しかない。
しかし二十年ぶりの縁談だ。否定したくなる自分を一度押し殺して、話だけでも聞こう。
「例えば私と生活をともにするとしよう。そのうえで大事なことって、なにかな?」
「私も苦労したからね。元旦那で。一番は安定的な暮らしだよね。子どももいるし。あと自立してないと女は大変なのよ。子どもと旦那の世話じゃ手一杯。でも殿下なら使用人もいるみたいだから、その辺りは安心だよね」
おおぉぉ……
恋愛ではなく暮らしか……そして要求……多いなぁ……
「そっ!現実は見た目より中身!中身がちゃんとしていないと、そもそも愛せないわよ」
あれ?私、今しれっと野獣であることイジられた?
「中身か。それは私も分かる気がする。因みにジングルの言う中身とは、どういうものが理想なのかな」
「そうねえ。一番は優しい男よね、私もこんな身だから贅沢は言えないけど強いて挙げるなら優しい人」
oh〜!その《優しい》には無限の要求が詰まっている気がするYO!
きっと彼女の優しさとは《花を愛でる瞬間がある》とか《転んだおばあちゃんを起こしてあげる》という類では、ないだろうと想像できる。
私は王子。この国で一番裕福だ。
そして一緒に暮らそうと思えば暮らすことが出来るのだろう。
だろうが!
私はこの人に愛される気がしない。
選り好みできる身分ではないことは分かるのだが、そもそも愛されなければ人間には戻れぬ。
畜生が!あのクソ妖精をマジでペシャンコにしてやりてえ。
「それで?どうなの?私たちと一緒に暮らせそう?結構アタシ尽くすタイプだから悪くないと思うのよね」
な、なに!?ここに来て自己アピールだと?
この女はなにを言っているのだ。この女はまだ、自分が女として選ばれる存在なのか確認しているのか?
旦那の悪口と、要求しか話をしていないのにか?
これが城で働く求人なら一度帰ってもらって《お祈り手紙》をぶち込んで終わりだが、来てしまった以上断りづらいし、なによりも父親のアキールは帰ってしまっているではないか。
アキールの野郎!分かっててやりやがったな!
モチコはお菓子を平らげると、飽きてしまったのか突然立ち上がり、私に体当たりしてきた。
「ライオンさん、ライオンさん♪大きくてモッサモッサのライオンさん♪」
「こらっモチコ!殿下に失礼でしょ!止めなさい!」
私の身体をムギュッと掴み、ニコニコしているモチコを、ジングルは慌てて引き離そうとした。先ほどまで図々しいことばかり口にしていた女なのに、娘を見るその目だけは、どういうわけかキラキラと輝いている。
「と、とりあえず話はここまでだ。私はこれから公務に戻らなくてはならない。あとはそこにいる執事たちに任せるから、遠慮なく寛いでくれ」
◇
その夜、ジングルとモチコは宮殿自慢の大きな風呂に入り、大喜びするモチコの声が響き渡った。
客間で話をして以来、顔を合わせていないが、ミーケによって行動や発言の報告を受けていた。
「まあ、何処にでもいるような普通の母ちゃんですね。殿下は驚いた顔をしてマジでウケましたけど」
「お前、どういう立ち位置でその発言生まれるわけ?『行っとけー』みたいなジェスチャー出していたではないか」
「ああ、報告遅れましたけど、城下町からの報告でジングル殿は有名な方でしたよ」
「有名?なんだその含み笑いは……」
ミーケがニヤついている時は、ろくな話ではない。
五十年も一緒に過ごせば見ただけで分かる。
「ジングル殿の見合い回数は三十六回。そして見合い相手は全員年下。城下町では有名な淑女だそうです」
「三十六だと!?それじゃあ私は余り物とマジメに話をしていたようなものではないか!? 一国の殿下が、これじゃ笑いものだぞ!?」
「殿下、そういうところですよ。余り物なんて考えているから愛されないのですよ。城下の人間とは言え、同じ人間。見栄が人を愛することを邪魔しているのです」
「うっ……それは、まあ」
私は答えられなかった。
ミーケは今欠伸をしているが、互いに人間だった時に欠伸をされたら気分によっては《死刑》だ。だが五十年も一緒にいて、見た目が猫だと《あ〜!猫ってそういうものだよね》という感覚になって、なぜか失礼には見えない。
「まあ、三十六回はヤバいですけどね!プフッ」
この野郎、笑いやがった。何だったんだ。コイツの話は!
とりあえずムカついたので中指を立てた絵を封筒に入れアキールの元へ届けさせた。




