第3章 ゾンビは走る。鼻が利く。目は悪い。
何故、俺が山道を歩いているかというと、奴らは人がいるところに群がるからだ。
都心、国道、大型スーパー、コンビニ。
物資が豊富な場所には、物資以上に奴らがいる。
そして奴らは、物資ではなく人間を求めている。
だから俺は、人が少ない山道を歩き、集落を探している。
もし集落の人々が奴らに変わっていても、数は都心に比べれば知れている。
運が良ければ、全員逃げていて空っぽの村もある。
一年間そういう村を探して歩いてきたが、案外、空っぽの安全な村もいくつかあった。
ただ、そういう場所はだいたい物資が乏しい。
居座ろうにも、水や食料が足りなくなる。
だから俺は移動しながら食いつなぎ生き延びてきた。
アウトブレイクから半年もすると、生存者に出会うことはほとんどなくなった。
最後に出会った生存者は「国がシェルターを用意して、皆そこに逃げている」と言っていたが、真偽は分からない。
場所も分からないしな。
そして、その情報をくれた彼も、今は呻き声を上げて、日本のどこかを散歩中だ。
――そういう世界だ。
さて。
奴らについて、俺が一年で分かったことをまとめると、だいたいこうなる。
まず、走る。
基本、走る。
普段はぼーっと立っている。
座っている。
壁にもたれている。
まるで省エネ生活でもしているみたいに、動かない。
だが、一度獲物を見つけると、とんでもない速度で走り出す。
獲物とはもちろん人間だ。
そして鼻が利く。
これは本当に洒落にならない。
汗の匂い。血の匂い。人間臭。
風向き次第で、数百メートル先でも気づかれることがある。
逆に、風下に立てばかなり近くまで寄ってもバレないこともある。
だから俺は、まず風を見る。
指を舐めて、空に上げる。
冷たい感触が、どっちから来るか。
木の葉の揺れ方。
草の匂いの流れ。
そんなので判断する。
目は悪い。
少なくとも、人間ほど見えていない。
動かないで息を殺していれば、すぐそばに来ても見落とす個体がいる。
……もちろん個体差はある。
油断したら死ぬ。
そして音に反応する。
これは分かりやすい。
石を投げてガラスを割れば、そこに走ってくる。
缶を蹴れば、その音へ一直線。
音の大きさより、“音がした”という事実が大事らしい。
だから俺は、いつも「音を出さない」か「音を利用する」か、どちらかしか選ばない。
最後に、群れる。
一体見つけたら、周囲に複数いると思え。
一人いたら、確実に数人いる。
ゴキブリと同じ理屈だ。
……いや、ゴキブリに失礼かもしれない。あいつらはまだ自然界の一員だ。
そんな奴らの習性を利用して、俺は今日も生きている。
地図を見る限り、もう少しで集落だ。
山道は少し開け、手入れされていない畑がちらほら見えてきた。
そして――見えた。
『ようこそ山奥村へ』
看板が、傾いて立っていた。
まずは第一村人を発見せねばならない。
奴らがいるなら、この村はゾンビの巣窟の可能性もある。
いない、もしくは生存者がいるなら、安全な可能性が高い。
ただ人間・生存者はいたらいたで厄介だ。
もはや法治国家として機能していない今、略奪や殺しなんて当たり前。
大人数で統治されている場所ならまだしも、こんな田舎ならヒャッハーな人のほうがいる確率は高い・・
俺は山道から少し外れ、獣道へ足を踏み入れた。
奴らは、いわゆる自然領域にあまり入らない。
人だった頃の名残なのか、理由は分からないが、整地されていない場所にいるのを見た記憶はほぼない。
まだ出会ってないだけかもしれないが・・
ただ現状の情報量ではこれは俺にとって重要なルールだ。
獣道は、比較的安全。
……まあ、熊に出会ったら終わりだけどね。
俺は息を整え、望遠鏡を取り出す準備をした。
ここから先は、運と判断の勝負だ。




