第20章 トラップ作成①
朝が来た。
ほとんど眠れていない。
昨夜のことがあったのもあるが、念のため――鈴木を見張っていたからだ。
もちろん下心なんてないぞ!
もし、咬み傷や感染者から受けた傷を隠していた場合に備えてのことだ。
とはいえ、さすがに堂々と監視するわけにはいかない。
俺は「山にトイレに行く」という名目で、リビングに寝ている鈴木の様子を、一時間おきに見に来ていた。
……相当な頻尿野郎だと思われているかもしれないが・・。
起きて、湧水のある溜池へ向かう。
鈴木さんはまだ眠っていた。
規則的な寝息が聞こえる。
少なくとも今のところ、感染している兆候はない。
顔を洗っていると、佐藤がやってきた。
佐藤も、分かりやすく眠そうだ。
「おはよう。眠そうだな」
そう言うと、佐藤は小さく苦笑した。
「……鈴木さんの様子を、ちょくちょく見に来てた」
どうやら同じことを考えていたらしい。
これで“頻尿野郎”は二人になったな。
佐藤は続けて言う。
「それと……昨日の特殊個体の対策も考えてた」
俺は頷く。
「田中さん。今日は畑に行く約束だったが、昨日のやつがいつ来るか分からない。
先に、拠点の補強を優先しよう」
異論はなかった。
今までは、奴らが“考えない存在”だったから、なんとかなってきた。
習性だけで動き、同じ失敗を繰り返す。
それを前提に、俺たちはどうにかここまで生き残ってきた。
だが、考えて行動するとなると話は別だ。
思考力は、生きている人間ほどではないかもしれない。
それでも「考える」という要素が一つ加わっただけで、脅威度は跳ね上がる。
「柵の補強と……
昨日、佐藤がいた場所。あそこも登れないようにしないと」
佐藤が頷く。
そして、もう一つ考えなければならないのが――自然領域だ。
昨日は土砂崩れ防止壁を登れず、村に入ってこなかった。
だが、少し迂回すれば本当の獣道はいくらでもある。
この村に辿り着くルートは、山ほど存在している。
今はまだ、習性で入ってきていないだけかもしれない。
だが、学習する可能性を考えるなら、
「自然領域は安全」という前提は捨てるべきだ。
「……山の中にも、音のトラップが必要だな」
完全に侵入を防ぐのは無理だ。
この広さ、この地形では不可能に近い。
なら、防ぐのではなく――気づいて、対処する。
防御の考え方を切り替える必要がある。
山の木々にロープを張り巡らせ、
そこに木片や枝をぶら下げる。
どこかに触れれば連動して揺れ、木々同士が当たり合って音が鳴る。
侵入を止めるためではない。
奴らが“来た”と分かるための装置だ。
ロープなら、初日に物資探索した際、足場板のあった倉庫でかなりの量を見つけている。
「手分けしてやろう」
佐藤は柵の補強と、土砂防止壁の改修。
俺は山の中にロープを張り、音トラップを設置する。
やつがすぐ来る可能性もある。
もしかしたら、しばらく来ないかもしれない。
正直、分からない。
だが、準備しておくに越したことはない。
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そういえば、体の痛みは心なしか和らいでいた。
普通に歩けている。
肩をぐるりと回し、痛みが少ないことを確認する。
あと二、三日で完全に戻るだろう。
――これが、慣れでないのなら、だが。
物資倉庫と足場板のあった場所、さらに各家を回ってロープをかき集めた。
太さも素材もばらばらだが、見た目を気にしている余裕はない。
集めたロープを、村の入り口周辺の山の木々に結びつけ、四方に張っていく。
その際、必ずロープ同士が触れ合うように設置する。
どこか一本に触れれば、連動してすべてが揺れ、木々が当たり合い、音を立てる。
この村では、豪雨の時を除けば川の音もそこまで大きくはならない。
静寂に包まれた山の中では、このわずかな音こそが――自分たちを助ける命綱になる。
何ヶ所か設置していると、鈴木がやってきた。
「佐藤さんに、こっちを手伝ってくれって言われたので……」
昨日は夜だったこともあり、薄明かりの中でしか見えていなかったが、
改めて見ると、ずいぶん若いし可愛い子だ事。
十代……それくらいに見える。
平時なら、こんな出会い方はしなかっただろう。
こんな世界になっていなければ、年齢やカースト的にも言葉を交わすことすらなかったかもしれない。
自分で思って悲しくなってきた・・・
「あ、ありがとう。体は大丈夫かな?」
声が少し裏返った。
自分でも分かる。
女性と面と向かって話すのは、あまりにも久しぶりだ。
「はい。寝られたおかげで、だいぶスッキリしました。
夜も……私のこと、気にして見回ってくださって、ありがとうございます」
鈴木はそう言って、頭を下げた。
めっちゃええ子やん!!――疑っていたのは、こっちの方なのに。
胸の奥に、わずかな罪悪感が残る。
「色々あったし、まだしんどかったら、ホームで休んでてもいいよ」
俺は、避難所で何があったのか、ここに来るまでに何を見たのか、家族や友人がどうなったのか――深く詮索はしない。
聞いたところで、返ってくる答えは大して変わらない。
本人が話したくなったら、その時に聞けばいい。
かくいう俺も、自分の素性をすべて佐藤に話しているわけじゃない。
「……いえ。何かしていないと、逆に怖くて……」
その気持ちは、よく分かる。
手を動かしていないと、
考えなくていいことまで考えてしまう。
だから俺は、
鈴木にトラップの作り方を説明した。




