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ゾンビが溢れかえった世界でのんびりスローライフに挑戦してみた  作者: アルシャピン


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第18章 悲鳴

「明日は畑に行こう……」


そんな話をしたあと、佐藤と簡易的な夕食をとった。

とはいえ中身は、相変わらずのレーションだ。

さっきまで天ぷらだの焼き魚だのと話していたせいで、

正直、口も気持ちも完全にそっちに引っ張られている。

レーションは腹を満たすだけのものだ。

うまいとか、楽しみとか、そういう感情は湧いてこない。


だが、焦りは禁物だ。

焦って行動すれば、危険を招き入れる。

命を落とせば、そんな「うまい飯」すら二度と食べられない。


ここ二日ほど――奴らの姿もなく、驚くほど平和な時間が流れている。

それ自体は悪いことじゃない。

だが、こうも平穏が続くと、知らず知らずのうちに気が緩んでいる自分がいる。

常に神経を張り詰め続けるなんて不可能だ。

だが、緩みすぎるのもまた致命的だ。

そんな話を佐藤にすると、「田中さんは、まず体を治せ」と即座に言われた。

……その通りですわ!


一昨日の事故以降、確かに少しずつは回復している。

それでも、まだ全身は痛いし、全力での行動は無理だ。

明日には、もう少しマシになっているといいな。

そう願うしかない。

そんなことを考えているうちに、時間は静かに過ぎていった。


「そろそろ寝るか」


そう提案すると、佐藤も頷いた。


昨日、防御柵が完成し、この家も佐藤がある程度補強してくれている。

それにこの家は、集落の中では珍しい比較的新しい組み立て住宅だ。

窓にはシャッターがあり、壁もしっかりしている。

昔ながらの木造家屋と比べれば、耐久性は段違いだった。

佐藤曰く、この家は地域おこしの一環で移住してきた若者たちが住んでいた家らしい。

行政が主導した、いわゆる「田舎移住促進」の施策だ。

一年放置されてはいたが、それでも他の家屋よりは遥かに状態が良かった。

補強も合わせたこの家であれば、万が一、奴らが来たとしてもすぐには侵入を許さない。

そのため二階に作った避難路から逃げる時間くらいは十分に稼げるはずだ。

避難路というか、単純にロープを垂らして降りるだけだが……。


ということで、今夜からは見張りを立てず、各々の部屋で休むことにした。

さすがに男二人同じ部屋は気まずいし落ち着かない。

プライベートな時間も必要ですよ。


そういえば佐藤の実家はかなり傷んでおり、正直、人が住むには厳しい状態だった。

佐藤は仏壇の前に、両親の遺品を並べ、静かに弔っていたな。


まあ俺にも両親はいる。

だが、十八の時に勘当されて以来、十年近く会っていない。

今、生きているのかすら分からない。

正直に言えば、最低の毒親だったと思っている。

生きていたとしても、会いたいとは思えない。


――そんなことを考えていた、その時だった――――


静まり返った夜気を、かすかに震わせるような音が聞こえた。


……悲鳴?


しかも、女性の高い声だ。


気のせいか――?


俺はそっと窓を開け、耳を澄ませる。

すると、先ほどよりもはっきりと――悲鳴。

間違いない。

急いで佐藤の部屋へ向かうと、

佐藤も同時に扉を開けて出てきた。


「……聞こえたか?」


「ああ」


頷き合う。

この村の近くで、誰かが襲われている。

感染者の中にも元女性はいるが、あいつらが出すのは呻き声だけだ。

こんな切迫した、恐怖を帯びた声は出せない。


俺たちは即座に動いた。

佐藤が村の消防団倉庫から持ち出してきていた防火服を着る。

通常の作業着よりも格段に丈夫だ。

少しくらいの引っ掻きや、噛まれてもすぐ振り払えれば、歯までは通らない。

俺は久々に、バットを手に取る。

佐藤は鉄パイプ。


「田中さんは、まだ万全じゃないだろ」


佐藤が言う。


「入口の防御柵でバックアップを頼む。俺は獣道から悲鳴の方へ向かう」


……正しい判断だ。


今の状態で前に出れば、足手まといになる。

動きの悪い餌が一匹増えるだけだ。


「わかった。もし奴らが村に近づいたら、俺が柵の方に惹きつける」


爆竹とライターを握りしめる。

俺は、悲鳴のした方向へ向かった。

佐藤は森の方へ回り込む。

俺がこの村に最初に来た時に使ったルート。

あのルートなら、村の入口の先二十メートルほどに出られる。


悲鳴は確実に入口側から聞こえたが、山に囲まれた夜の空気は音を反響させる。

正確な位置は掴みにくい。

どれくらいの距離感での悲鳴だったのか、すぐ近くにいるのか……。

俺は重い体を引きずりながら、一旦、入口側の柵へ。

覗き穴を開け、外を見る。


……何もいない。


声の主も、感染者の姿も見えない。

しばらく、耳を澄ます。


――悲鳴は聞こえない。


何かの聞き間違いだったかのような静寂。

月明かりが薄暗く、村への道を照らしている……。


その時だった。


三十メートルほど先、村へ続くストレートの道に差し掛かる手前、

曲がり角の向こうから――光。

懐中電灯の光だ。

しかも、激しく揺れている。

上下左右に振られ、明らかに走っている。

次の瞬間、暗闇の中に一人の影が浮かび上がった。

はっきりとは見えないが、体格からして女性だ。

こちらに向かって、必死に走ってくる。

俺はすぐに入口の柵へ向かい、声を出す。


「こっちだ!」


女性は気づいたのか、こちらに力を振り絞り、走る。

その後ろからすぐ感染者――!

ここから目視できるのは三体!

この入口までは三十メートルほど……。

あの速度じゃ間に合わない……。

その時。


「おい! こっちだ!」


佐藤の声が響いた。

女性はその声に気づき、進行方向を変える。

だが――佐藤がいるのは土砂崩れ防止用に坂道へ作られたコンクリート壁の上。

道路から山道へ上がるには、三メートルほどの段差がある。

俺は初日、クライミングのように登った。

だが、追われている女性には無理だ。

佐藤が身を乗り出し、手を伸ばす。


……届かない。


女性の背後、すぐに感染者が迫る……。


「急げ……!」


……やばい。


そう思った、本当にギリギリの瞬間。

佐藤が女性の手を掴み、全力で引き上げた。

女性の体が、壁の上に転がり上がる。

感染者たちは壁にぶつかり転がるが、すぐ起き上がる。


「壁は登れない」

――そう思った。

今までの経験では……。


だが、この感染者は違った。

一体が、他の二体を踏み台にしたのだ。

背中に足をかけ、登ろうとする。


「おいマジか! 佐藤、気をつけろ!!」


こんなに叫んだのはいつぶりかと思うほど、声を張り上げて警告する。

その声に佐藤も気づいた。

その瞬間。

佐藤の鉄パイプが唸る。


――ガンッ!


登ろうとした一体が、地面へ叩き落とされた。

人間なら即死レベルだ。

だが、感染者はすぐに起き上がる。

もう一度、踏み台を作ろうとする。

やつは理解している……。

この壁を登るには踏み台がいることを。

今までの感染者は思考などしない。

ただ漠然と獲物を追うだけだった。

だが、やつは――進化している……。


くそ――そうはさせない。


俺は爆竹に火をつけ、投げた。


――バチバチッ!!


爆音と共に弾ける。

激しい音に、壁を登ろうとしたやつ以外の二体が一斉にこちらへロックオンを切り替え、入口方向へ走り出す。

俺は即座に木々を鳴らし、音を川側へ誘導する。

二体は止まれず、防御柵に激突するが、それでも勢いを落とす事なく音の方へ――!


かなりの衝撃でぶつかったが、柵がびくともしていないのは救いだ。


二体はそのまま音の方へ突進。

その先は崖で、そのまま転がり落ちる。


念を押す。


俺は残っていた爆竹を川へ投げた。

空中で爆発し、音と光が水面に消える。

感染者たちもその音に飛びつくように川へダイブし、完全に姿を消した。


だが……終わってはいない。


壁を登ろうとした個体が、こちらを見ながら呻き声をあげている。

そして、ゆっくりと首を振り、周囲を見回した。


――今この場所で獲物を捕獲する術を探している。


今までの奴らは違った。

獲物が取れなければ、省エネモードに入って彷徨うだけか、力の限り佐藤のいる壁やこの防御柵にぶつかってくるだけだっただろう。

もちろん柵が壊される危険はあったが、単純なため対応することは容易い。

・・奴らがそこに至るまでの方法や術を探すことなんてない。

なのにこいつは、明確に何かを探している。


俺は覗き穴に張り付いたまま、息を殺した。

その瞬間、奴の視線がこちらに向いた。

迷いなく、一直線に。

合った。

奴らは目が悪い――はずだ。

それでもこいつは、ほんの少しの覗き穴の先にいる俺の位置を正確に捉えている。


背中に冷や汗が走るーーー


心臓が一段、強く跳ねた。


数秒の沈黙。

低い呻き声。

そして突然、やつは踵を返して走り出した。


ーーー逃げたんじゃない。

撤退した・・


二体がいなくなり、壁を登れないこと。

この柵は一体では破れないこと。

ここにいれば、自分が駆除される危険にあること。

それを理解した上で引いた。


やばい……完全に思考している。


進化か、特殊個体か。

やつは、奴だけは今ここで殺すべきだ---


ーーーだが今の俺では、追いつくことすらできないし佐藤に行ってくれなんて言えない。

今までの感染者と全く違う行動・思考。

このまま追いかけるには危険すぎる。

何か対策が必要だが今は全く思考が回らない。


----------------------


しばらくして、佐藤が戻ってくる。

その隣には、女性。

若い。

震えているが、無事だ。

よかった。


佐藤が口を開く。


「田中さん、奴を見たか……?」


「ああ」


重い空気が流れる。

女性もその空気を感じ取ったのか、口を開かない。


「ここは寒い。とりあえずホームに戻ろう」


佐藤は頷いた。

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