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ゾンビが溢れかえった世界でのんびりスローライフに挑戦してみた  作者: アルシャピン


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第14章 佐藤という男

雨は、容赦がなかった。

レインコートの表面を粒が叩き、視界の端で水が跳ねる。

足元は泥。

靴の中までじわじわと濡れて、確実に体温を奪っていく。


佐藤の肩を借りながら歩く俺は、ほとんど“運ばれている”に近かった。

一歩ごとに腰と背中が悲鳴を上げる。

気を失っていたせいで記憶は曖昧だが、横転した軽トラのボディの歪みを見れば、相当な衝撃だったことは想像に難くない。

全身が軋み、痛みはまだ引かない。


それでも――生きている。


それだけで、今は十分すぎるほどの奇跡だ。

そう分かっているから、歯を食いしばって前に出る。


「……無理すんな。喋るなよ」


佐藤の声は、雨音に削られながらもはっきり届いた。

俺は頷くだけで返す。


頭の中では、ずっと考えていた。

この男を信用していいのか。

本当にこの村の人間なのか。

拠点を見たら、考えが変わるんじゃないか。


だが現実は、否応なく突きつけられている。

今の俺は、一人なら確実に詰んでいた。

あのまま車から這い出しても、この状態で県道を歩き、山道を越えて村まで戻ることは不可能だっただろう。

そしてこの雨、この寒さ。

低体温症で死んでいても、何ひとつ不思議ではない。


「……なあ」


歩きながら、佐藤が言う。


「この雨の日に車を動かしたのは正解だと思う。

音も匂いも、全部流れる」


一拍置いて、続ける。


「田中さん、奴らの習性をよく分かってるな。

……ただ、油断すると死ぬぞ」


「……今、身に染みてる」


本当に、その通りだった。

今回は完全に油断だった。

軽トラがあって、鍵があって。

それだけで、頭が浮ついた。


――これで防御柵が完成する。

――これで一段落だ。


そんな希望が、判断を鈍らせた。

思い出しながら自身を戒める。



佐藤は話しながらも歩幅を落とし、

時折、視線だけで周囲を確認している。


よく見ているーーー


生き残ってきた人間の動きだ。

確かに、一人でこの山道を二ヶ月歩き、生き延びてきたという事実だけで、佐藤の危機管理能力が高いことは分かる。


……まあ、俺も一年一人でやってきたけどな。


そんな、どうでもいいプライドが、頭の片隅で囁く。

今、死にかけてるくせに。


--------------


「二ヶ月、歩いたって言ってたな」


俺が聞くと、佐藤は少し間を置いて答えた。


「……ああ。本当に死ぬつもりで帰ってきたからな」


いろんな意味でなと笑いながらも、その言葉は、驚くほど淡々としていた。


「両親を、この村で弔おうと思ってた。

それだけやったら、もう十分だって」


雨の中で、その言葉だけが、妙に重く残る。


「でもさ」


佐藤は、歩きながら俺を見る。


「今日、あんたを見て考えが変わった」


横転した軽トラ。

泥だらけの俺。

体も頭も満身創痍の状態で、それでも生きようとしていた姿。


「そんなボロボロのやつが、生きるためにもがいてた」


言葉を選びながら、続ける。


「俺の故郷で、自分の生きる場所を作ろうとしてる奴がいるなら……

それを少しでも手伝えたら、この世界で何もかも失って、自暴自棄になった俺が、捨てようとしてた命にも、

少しは意味が残るかなって思った」


胸の奥が、じわりと熱くなる。

この世界になってから、人のために力を貸そうなんて、考えたことは一度もなかった。

いや、考える余裕がなかった。

生きるだけで精一杯だった。

正直、佐藤の言う境地には、まだ俺は立っていない。

そこまで割り切れていない。


それでも――


この言葉に、嘘や打算は感じなかった。

少しだけ、人を信じてみてもいい。

そんな考えが、初めて頭をよぎった。


------------------


しばらく二人で県道を歩き、やがて林道の先が開けた。

集落だ。

そしてそこに見えてきたのは、半分だけ完成した柵だった。

足場板を二枚重ねにした壁。

軽トラ一台分だけは形になっている。

だが、その横――もう半分は、ぽっかりと空いている。


「……久々だな」


佐藤が、雨の向こうの集落を睨む。

そして柵に目をむけ


「軽トラ一台分だけ、ちゃんと柵が形になってるな」


感心したように言う。


「土台が足りなかった」


俺は短く答えた。


「もう一台あれば、ここも塞げる。

でも……」


言わなくても分かる。

その“もう一台”は、あの事故で失われた。


佐藤は柵に近づき、足場板を軽く叩いた。

鈍く、重い音が返る。


「強度は十分だ。

問題は、空いてるこの半分だな」


その通りだ。

だが、動かせる車が、もうない。


「……うちのトラックを持ってこよう」


佐藤が言った。


「田中さんが転ばした軽トラの所にあった工事用トラック、

あれはうちの実家の会社が使用している土木用の車だ。

スペアキーが、家にあるはずだ」


……佐藤さん、あなた天才ですか。

この村の人間かどうか疑っていた自分が、少し恥ずかしくなる。


「ただ今日は無理だ」


佐藤はきっぱり言った。


「あんた、その体でやったら明日動けなくなる」


正論だった。

反論の余地はない。

佐藤は俺の肩を支え直す。


「今日は休む日だ。

作るのは明日以降。

……生きる気があるならな」


俺は、小さく頷いた。

出口側の柵は、まだ半分。

残り半分が、雨の中に晒されている。


だが――


昨日より、確実に前に進んでいる。

死ぬために帰ってきた男と、逃げない場所を作ろうとした男。

その二人が、同じ未完成の柵を見ている。


雨は、まだ止まない。

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