第八話 デリシャス・トルトゥールパイ!
トルトゥール村の門。
橙色の光の中で――
二つの影が立っている。
「……あ」
ジェイドの声が小さくなる。
アリババじいさんは腕を組み、
尻尾をぴたりと止めていた。
隣には、静かに立つカクトさん。
その目が、こちらをまっすぐ射抜く。
「……帰ってきたか」
低い声。
逃げ場は、ない。
私は小さく頭を下げた。
「……ただいま、です」
ジェイドは慌てて笑う。
「えっとね、じいちゃん! すごい収穫が――」
「先に言うことがあるだろうが」
アリババじいさんの声がぴしゃりと飛ぶ。
ジェイドの耳が、しゅんと下がった。
「……ごめんなさい」
私も、深く頭を下げる。
カクトさんはしばらく何も言わず、
じっと私を見つめていた。
その視線が、森の奥を測るように細くなる。
「北の森だな」
図星だ。
ジェイドが慌てて袋を差し出す。
「でもね! ほら! ウォルの実とルジェの実! こんなに!」
アリババじいさんの眉がぴくりと動く。
「……ほう」
ほんの一瞬だけ、目が輝いた。
けれどすぐに咳払いをする。
「だからと言って、無断で森の奥に行っていい理由にはならん!」
そこからは――
こってりと、たっぷりと。
危険。
無謀。
心配。
村の規律。
夕焼けが紫色に変わる頃まで、
説教は続いた。
私はただ、黙って聞いていた。
胸の奥に、じんわりと後悔が広がる。
怖かった。
本当に怖かった。
それでも。
――楽しかった。
その気持ちは、消えなかった。
やがて解放され、ジェイドはしょんぼりと家の方へ歩いていく。
「……また明日」
「はい」
私はカクトさんと並んで家へ戻った。
沈黙。
しばらく歩いてから、カクトさんが口を開く。
「北の森は無謀だ」
「……はい」
「今日は運がよかっただけだ」
「……はい」
玄関を開けると、
ふわりといい匂いが広がった。
テーブルの上には、
焼きたてのパイ。
「手、洗ってこい」
私はぱたぱたと洗面台へ走る。
席につくと、カクトさんがパイを切り分けてくれた。
トルトゥールパイ。
ほくほくのルト芋をマッシュした層。
その下には、マッカレルーフのミンチと草原きのこ。
タカーナスのぴりりとした辛味。
塩胡椒とウォルの実のワインで煮込まれた、
深い香り。
湯気が立ちのぼる。
「……いただきます」
ひとくち。
――あ。
温かい。
ほくほくと、じゅわりが口の中で混ざる。
ルト芋の甘み。
マニア肉の旨み。
ピリリとした刺激が、後から追いかけてくる。
気づけば、尻尾がゆらゆら揺れていた。
「……おいしい」
ぽつりと漏れる。
さっきまでの重さが、溶けていく。
カクトさんが、静かに言う。
「無謀だった」
私はフォークを止める。
「だが」
低い声。
「今日の森で、アミは少し変わったな」
「……え?」
「逃げる判断をした。状況を見た。仲間を掴んだ」
私は目を見開く。
「無理はするな」
カクトさんは続ける。
「だが、村の外の冒険は……オラの目の届く範囲なら許そう」
心臓が跳ねる。
「止めたって、お前は言うこと聞かねえだろうからな」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「それに。守られてばかりじゃ、アミは育たねえ」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「……カクトさん」
フォークを置いて、立ち上がる。
「ありがとう」
一歩近づく。
尻尾がふわりと揺れる。
「カクトさん、大好きです!」
カクトさんは一瞬固まり、
「……こら、近い」
と、耳を赤くした。
けれど、その手は優しく私の頭に触れた。
外はすっかり夜。
けれど、家の中はあたたかい。
北の森で得たものは、
実と腕輪だけじゃない。
私は、またひとつ、前に進んだ。




