第六話 フォレスト・ディスカバリー!
北の森は、奥に進むにつれ、木々の枝葉と生い茂る草の色が黒いものへと変わっていく。
また、その合間を縫うように、薄紫に明滅する虫型マニアが、ふわふわと漂うように飛んでいる。
そして、同時にーー、
「アミ! また、来たよ!」
ジェイドが叫ぶ。
黒い草の茂みがざわりと揺れ、奥から兎の足と耳が生えた切り株のマニアーーバニーカブの群れが飛び出してきた。
「全部で五体いる!」
私は、狐火をバニーカブの左端の一体に向けて放つ。
が、するりとかわされてしまう。
ジェイドは地面を蹴り、尻尾を振り上げて、中央の一体を弾き飛ばした。
「アミ! 右は任せた!」
「はい! 任されました!」
足を踏み込み、狐火を細く伸ばしていく。
直線じゃない。
波状に放ち、逃げ道を塞ぐ。
バニーカブは小さく素早い。
真正面から一体ずつ仕留めるよりも、多方向からまとめて仕留めた方が楽だ。
狐火に掬われ、右側二体のバニーカブが燃え上がる。
辺りに、木の焦げた匂いが広がる。
「こっちは終わりました!」
「僕の方も終わったよ!」
ジェイドの方を振り向けば、左側二体のバニーカブの引き裂かれた残骸が転がっていた。
あれから、バニーカブの群れとの戦闘が何回かあった。
最初こそ、慌てたものの、数を重ねるにつれて、ジェイドとの連携がスムーズになってきた。
「もうちょっとで、森の一番奥にたどり着くと思うよ!
どんなすごいお宝が、僕たちを待っているのか……すごく、すごーく楽しみだね、アミ!!
あ!
後々、僕たちってめちゃくちゃいいコンビだと思わない?
青龍も真っ青になるようなさあ!」
……うん。最後のギャグは無視しよう。
まあ、いいコンビかもしれないということは、ほんのちょーっとだけ認めなくもないけど。
……それにしても、先ほどの地面につくかと思われた、落ち込みがなかったように立ち直ってる。
本当、調子いいんだから。
「ジェイド、はしゃぎ過ぎですよ。
まだ、この先に何が待ち受けてるのか、わからないんです。
油断していると、ビースパイドラの時のようになりますよ」
「うっ……。
そうだね、ごめん。
アミ、慎重に行こう」
「はい、もちろんです」
薄紫の明滅する光たちが、私とジェイドの間を漂う。
通り抜けていく風は、身体を凍らせるかのように冷たい。
幻想的で不気味な森。
だけどーー楽しい。
怖い思いをいっぱいしたはずなのにーー楽しい。
怖いのと同じくらい、ワクワクする気持ちがある。
ジェイドじゃないけど……この森のお宝ってどんなのなんだろう。
周囲に注意を払いながら、先へ進んでいく。
森の霧も、少しずつ濃いものへと変わっていく。
足元が白く霞み、二歩先の草の輪郭がぼやける。
「うーん……。
もうちょっとだと思ったんだけど……。
僕の予想外れたのかなあ?」
ジェイドが訝しげに呟いたーーその時。
「ジェイド! あそこがそうじゃないですか!?」
この鬱蒼とする森の中に、大きく開けた場所を見つけた。
そこには――
「……わあ」
思わず、私とジェイドの声が重なる。
紫色の実と、白く半透明の実の茂みが群生していた。
少しだけ差している日差しに照らされたーーそこは絵から切り抜かれたように美しかった。
「……すごい。
すごいよ! アミ!
こんなにたくさん、ウォルの実とルジェの実があるなんて!
じいちゃんが知ったら、腰を抜かして喜ぶだろうな~。
じいちゃん、ジャム作りが好きだから」
「あの、ジェイド、どっちがウォルの実で、どっちがルジェの実ですか?
私、どちらも実際に見るのは初めてで……」
確か、二つとも、今朝飲んだカクトさん特製の木の実ジュースの材料だった気がする。
「えっとね、あっちの、宝石のように艶やかな紫の実がウォルの実で。
こっちの、たっぷり水を含んだ白く半透明の実がルジェの実だよ。
どちらも、王都が原産の高級木の実だから、見かけることまずないよね~」
なるほど。
……ん?
ということは、その木の実を当たり前のように使っている、アリババじいさんとカクトさんって……実はすごいお金持ち?
アリババじいさんは村長だから、まだわかるけど……。
自警団団長のカクトさんも、村長と同じくらいの地位なのかな?
それとも、冒険者時代の貯金??
「あ! そうだ!
このウォルの実とルジェの実を持ち帰ったら、じいちゃんに、ウォルの実をつまみ食いした件、許してもらえるかも!」
ジェイドの瞳がキラキラと輝く。
「それなら、私のハンカチを使って、包んで持って行ってはどうでしょう?」
「えっ! アミのハンカチ、貸してもらってもいいの?」
「はい。
私には、タラマーナボックスである、このポーチがありますから。
カクトさんの分は、このポーチに入れて持っていきます」
空色のウエストポーチから、桜色のハンカチを取り出して、ジェイドに渡す。
「アミ、ありがとう!
僕、何も持ってきていなかったから……本当に助かったよ!
あっ……このハンカチーーアミの色と似ていて、可愛い色をしているね!
もちろん、アミの色の方がもっと可愛いけど!」
……ふん。褒めてもこれ以上、何も出ませんよ。
「じゃあ、早速、実を摘もう!」
「はい!」
ジェイドは、左側のウォルの実の茂みに。
私は右側のルジェの実の茂みに向かう。
……ルジェの実って、タプタプしていて面白いかも。少しだけ、つついてみたい。
傷つけないよう丁寧に摘んで、そっとポーチに入れながら、そんなことを思う。
だけど。
……なんか、誰かに見られているような感じがする。
先ほどまで吹いていた風が、いつのまにか止んでいた。
濃くなっていた霧も、薄くなってきている。
嵐の前触れの静けさのようだ。
虫の羽音まで、遠のいた気がした。
少し不安になって、ジェイドの方を確認する。
ジェイドは、夢中になってウォルの実を摘んでいて、周りの変化に気づいてないようだった。
……私の考え過ぎなのかな?
頭を軽く横に振る。
気を取り直し、茂みの奥の方にある、ルジェの実に右の前足を伸ばす。
その時だ。
指先に、冷たい感触が触れた。
金属のような手触りだ。
「……え?」
思わず、葉をかき分けてそれを探す。
と、茂みの根元に腕輪が転がっていた。
土埃で汚れた、金属質の機械でできている、細くて小さい腕輪。
……これはいったい?
無意識にそれを拾う。
触れた瞬間、胸の奥がドクンと音を立てる。
冷たいはずなのに、指先がじわりと疼く。
まるで、腕輪の中で何かが目を覚ましたみたいに。
頭の奥に、ノイズみたいな感覚が走る。
コンクリートでできた高層建築物がひしめく街。
その街を行き交う、アニマでもマニアでもない——二足歩行の生き物の、朧げな影。
それは、明らかに――
この世界にはないはずのーー人間とその人間の文明の残滓。
「アミー! すごいの見つけた!
こっちに来てー!
本当にすごいよ!
びっくりするよ!
びっくりしすぎて、ギックリ腰になるよ!」
ジェイドの声で我に返る。
「なに?」
反射的に腕輪をーー外せるよう浅く左の前足に嵌めて、ジェイドの元へ向かった。
「ねえ!
見てこれ!
こんなの見たことないよね!?」
興奮するジェイドの視線の先にはーー
古びた人型のロボットが、ウォルの実の茂みにもたれるように、倒れかかっていた。
ロボットの外装はところどころ錆び、苔までまとわりついている。
胸部が割れており、中の装置は丸見えだ。
片腕ももげていて、地面に落ちている。
……このロボット、何かと戦闘した後みたい。
「これ、見たことない素材でできてるよ!
それに、このヘンテコな形!
こんな変な形のもの、見たことない」
おっかなびっくりと言った様子で、ジェイドはロボットに顔を近づける。
「……もしかしてーー北の森のすごいお宝って、このヘンテコなものがそうなのかな!?
……うん、うん!
きっと、そうだよ!
そうに間違いない!!
だって、なんかこれ、古代のすごい貴重な宝ものの感じがする!!」
ジェイドがとても嬉しそうな顔をして、私の方を返り見る。
ジェイドの言葉に、喉が少し乾く。
……古代ーーね
『昔は、ニンゲンって生き物がいたらしいが……
今じゃ、お伽話だ』
初めてカクトさんと出会った夜の、彼の言葉が脳裏に蘇る。
もしかしたら、ここはーー異世界なんかじゃなくて、人間が滅んだ後、アニマが文明を築いた世界なんじゃ。
だとしたら、どうしてーー人間だったはずの私は、今こうして、桃色の九尾の子狐になって生きているのだろう。
……落ち着け。落ち着け、私。
息を小さく吐いて、改めてロボットを観察する。
形状も、構造も、私が知識で知っている人間と極めて近い。
違うのは顔の部分に、何かの識別番号が書かれていることだろうか。
私は嵌めた腕輪に、そっと触れる。
凶暴なマニアが棲みつく森。
森の奥にあるーー本来なら王都にしかない、ウォルの実とルジェの実の群生地。
そこで見つけた、この腕輪とロボット。
そして、蘇った知識の断片。
……ここはただの不気味なだけの森じゃない。
……何かが隠されている。
その瞬間。
ガシャ。
無機質な機械音が響いた。




