第二話 エクスプレイション、プリーズ!
トルトゥール村には、さまざまなアニマがいた。
ゴブリン、ノーム、ドライアド、ケットシー……。
カクトさんは、みんなと挨拶を交わしながら、私のことを紹介していく。
私はにっこり笑って、頷くだけだった。
「着いたぞ。ここがオラの家だ」
目の前には、こじんまりとした木の家があった。
家の中に入り、さっそく探検を始める。
部屋は三つ。
寝室、キッチン兼リビングルーム、バスルームに分かれていた。
どの部屋も、必要最低限のものだけが置かれている。
質素だけれど、暮らしやすそうだ。
道具や設備の使い方を教わり、探検は終了した。
「さて、まずは村長にお前のことを紹介する。
それから、幼稚園の入園手続きだ」
少し間を置いて、続ける。
「それが終わったら、お前のものを買う。
ちと、ハードスケジュールだが……頑張ってくれ」
こくりと頷く。
次に向かったのは、村長の家だった。
岩でできた、どっしりとした建物だ。
カクトさんが木のドアをノックする。
「入ってきてくれ」
中にいたのは、リザードマンだった。
「こんにちは、アリババじいさん。
頼まれていたことは完了したぞ」
「ありがたい。これで一安心できた」
アリババじいさんは、嬉しそうに笑った。
「ところで、この子はアミと言ってな。
オラの遠い親戚の子なんだ」
「この子の両親は、ハデスタウンに仕事で行っていてな。
その間、預かることにした」
「ほほう、ハデスタウンか。それは大変だな」
アリババじいさんは一瞬、眉をひそめたが、
すぐに優しい表情になって、私の方を向いた。
「こんにちは、アミ。
わしはこの村の村長をしている、アリババという者だ」
「みんなからは、アリババじいさんと呼ばれている。
アミも、そう呼んでくれたら嬉しい」
「はい!
アリババじいさん!
アミです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
アリババじいさんは目を細めると、
私に黒い飴玉をひとつ、手渡してくれた。
さっそく口に入れる。
熟れたメロンのような、甘い味がした。
「わしには孫が一人おってな。
アミと同じくらいの子なんだ。
会ったら、どうか仲良くしてやってくれないか?」
飴玉をしゃぶりながら、こくりと頷く。
「カクト、もうすぐヘルマリーン漁の季節になる。
どうだ? 一緒に釣りでもしないか?」
アリババじいさんは、リールを巻く仕草をしながら尋ねた。
「ああ。
そのことはまた改めて、今度の鋼鉄の日に話さないか?」
――鋼鉄の日?
アリババじいさんの家を出ると、私はすぐに尋ねた。
カクトさんは片眉を上げ、不思議そうな顔をする。
「知らないのか?
……あー、アミは記憶喪失だったな。無理もないか」
軽く咳払いをしてから、説明してくれる。
「一日には名前があってな。
電光の日、火炎の日、水氷の日、草木の日、
大地の日、武闘の日、鋼鉄の日、魚群の日、祝祭日――」
「――おっ、ここが広場だ」
村の広場は、たくさんのアニマたちで賑わっていた。
幼稚園は、この広場を挟んだ大通りの一つを進んだ先にあるらしい。
広場には様々な屋台が並んでいて、思わず足を止めたくなる。
……見て回りたい。
けれど、カクトさん曰く、それはまた後日だそうで。
はい、我慢します。
やがてたどり着いた幼稚園は、
パステルカラーの木でできた、可愛らしい建物だった。
その隣には、岩でできた小学校がある。
幼稚園の倍はありそうな大きさだ。
中に入ると、私とカクトさんは別行動になった。
カクトさんは園長先生のスライムと入園手続きを。
私は年少組の担任のスライム――ライラ先生に、絵本を読んでもらっていた。
教室には、他の子どものアニマの姿はない。
不思議に思って尋ねると、
今はもう家に帰る時間なのだと教えてくれた。
……会ってみたかったなあ。
しょぼん、と肩を落とす。
ほどなくして、カクトさんが迎えに来た。
「待たせて悪かったな、アミ。
ライラ先生、ありがとうございました」
カクトさんが軽く会釈する。
「いえいえ。アミちゃん、また電光の日にね」
ライラ先生は、にこにこと手を振ってくれた。
「はい。今日はありがとうございました。
また、電光の日に!」
私は深く頭を下げた。
幼稚園を後にして、
私たちは再び、村の広場へと戻っていった。
「この村はな、広場を中心にして
居住区、商業区、学業区の三つのエリアに分かれている」
カクトさんは歩きながら、指で円を描くようにして説明してくれる。
「居住区は、村人みんなの家があるところ。
商業区は、たくさんの店が立ち並ぶ場所だ。ギルドもここにあるぞ。
学業区は、子どもたちの学び舎と、図書館がある」
そして、少し視線を前に向けて続けた。
「中心の広場はな、毎日村のみんなが集まって、
ちょっとした屋台も並ぶ、にぎやかな場所だ」
説明を聞きながら、私たちは広場をそのまま通り抜け、商業区へ向かう。
「お前も、すぐこの村が気に入ると思うぞ」
そう言うカクトさんの表情は、とても柔らかかった。
商業区に着くと、カクトさんはずんずんと大通りを進み、
通り沿いに立つ一軒の店へ入っていく。
遅れないよう、私は慌てて後を追った。
店に入ると――
「いらっしゃいませー!
ケットシー雑貨店へようこそ!」
陽気な声が響く。
声の方を見ると、眼鏡をかけたケットシーが立っていた。
「こんにちは、アンダーソン。
今日は、この子の鞄を買いに来た」
カクトさんは私の肩に手を置く。
「オラの遠い親戚の子でな。
ほら、アミ。挨拶を」
私はにっこりと笑顔を作る。
「初めまして。
アミです。よろしくお願いします」
ケットシー――アンダーソンさんは、目を細めた。
「いらっしゃい、アミちゃん。
ここは、日常生活に必要なものを扱っている雑貨店だよ」
そう言って、胸に手を当てる。
「私は店主のアンダーソン。
どうぞ、ゆっくり見ていって」
店内を見渡すと、
用途のわからない機械装置や、カラフルな液体の入った瓶、
ハンカチや石鹸といった日用品が、所狭しと並んでいた。
カクトさんと相談しながら、あれこれ吟味する。
最終的に選んだのは、
中がタラマーナボックスになっている空色のウエストポーチと、
リンゴの刺繍が施された桜色のハンカチ。
それから、私のベッドを作るための干し草の束と、大きな白い布。
「ふむ……
ウエストポーチが四千五百マナ。
ハンカチが四十マナ。
干し草の束が二マナ。
布が六十五マナ」
アンダーソンさんは計算して、にこりと笑った。
「お会計、四千六百七マナだよ」
カクトさんは、文字の刻まれた銅貨や銀貨を取り出し、支払いを済ませる。
まだ物の相場がよくわからない私には、
それが高いのか安いのか、判断がつかなかった。
店を出るころには、すっかり日が暮れていた。
「カクトさん。
さっきの日の話の続きと、マナの説明をしてください」
家まで待てそうになくて、思わず口にする。
「おお。
じゃあ、日の話の続きからだな」
カクトさんは歩きながら話し始めた。
「日には九つの名前があってな、それを曜日って言う。
九つの曜日で一週間。
それを四回繰り返して一か月。
一か月を十二回で一年だ」
「季節は、春・夏・秋・冬の四つ。
ここまでで、質問はあるか?」
私は首を横に振った。
曜日が九つあるのは驚いたけれど、
季節の概念は同じで、少し安心した。
「一般的な休みの日は、
鋼鉄の日、魚群の日、それから祝祭日だ」
なるほど。
それが、土日にあたる日なのだろう。
「次はマナの話だ」
カクトさんは続ける。
「マナは、この世界の金の単位だ。
銅貨一枚で百マナ。
穴の空いた銅貨が十マナ。
小さい銅貨が一マナ」
「銀貨は一枚で千マナ。
金貨は一枚で一万マナになる」
円に近い感覚だ、と私は思った。
「この辺りじゃ、銀貨一枚が一日の稼ぎだな。
パン一つの相場は、五十マナくらいだ」
私は、はっとした。
「えっ!?
カ、カクトさん……
私のために、五日分の稼ぎを……?」
慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。
もっと安いものを……」
「いいんだ」
カクトさんは、あっさり言った。
「オラは、村のみんなよりちょっと稼ぎがいい。
それに、子どもが遠慮なんてするもんじゃねえ」
納得できずにいる私を見て、カクトさんは苦笑する。
「そんなに気になるなら、出世払いでもいいぞ」
私は大きく首を縦に振った。
「はい!
いつか、かならず出世してお返しします!」
家に帰るなり、休む間もなく、二人で私のベッドを作る。
干し草を積んで、布をかぶせたそれは、
どこかで見た某アニメのベッドみたいだった。
「うん、こんなもんだろ」
カクトさんは満足そうに頷く。
「さてと、飯にするか」
――ぐぎゅるるー。
途端に鳴る、私のお腹。
うう……恥ずかしい。
今日の夕飯は、
ウツボルムの肉とキノコの炒めもの。
それから、ウツボルムの肝とタカーナス――
胡瓜のような見た目なのに、味はぴりりと辛い実を使ったスープだった。
どちらも少し辛めの味つけで、
食べるたびに、じんわりと脳にくるおいしさが広がる。
食事のあと、水浴びをして身体を清め、
私はベッドの上で、くるりと丸くなる。
今日はいろんなことを知れて、良い一日だった。
おやすみなさい。




