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反異世界転生論  作者: 九式


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7/7

第7話|降壇

(空気は、もはや呼吸を拒絶するほどに重く、冷たく沈み込んでいた。話者が演説を終え、最後の一歩を退こうとしたその時——。一人の若者が壇上へと駆け上がった。その手には、震える拳に握られた一振りのナイフ。)

「……ああ、いいぞ! 来い! 自分の足で、自分の意志で、今この壇上に上がってきたのは、君が初めてだ! 言葉ではない、設定ではない、君自身の肉体が、今、私という現実を捉えようとしている!」

(若者は、込み上げる嗚咽を殺すように、力任せにナイフを突き出した。話者は、その攻撃を避ける素振りさえ見せない。ナイフの刃はシャツを瞬く間に鮮烈な赤へと染め上げていく。)

「……痛いな。ああ、痛いな! なんと健全だ! 見ろ、君の手を! 君は今、この宇宙で唯一、自分の筋肉を動かし、自分の骨の軋みを感じながら、私という『他者』の肉体を、自らの力で刺し貫いたんだ! 素晴らしい! これこそが、私がこの数時間、死に物狂いで探し求めていた『生きた人間』の姿だ!」

(話者は、呆然と立ち尽くす若者の後頭部を引き寄せ、抱きしめた。)

「……聴け、君が、君として、この地上で唯一無二の罪を犯した、生命の息吹だ。君は今、他人が用意した『主人公』という殻を脱ぎ捨てて、君自身の『真実の舞台』に立った。今、この瞬間、君の人生は、ようやく始まったんだ! この恥辱を、この血の匂いを、一生忘れずに持っていけ。君はもう、情報の海に溶けることはできない。君は、自分の手で生きてしまった!」

(若者は舞台袖へ捌けていく。舞台の上には、鮮血を流す話者が一人残り、彼は満足げに、そして誇らしげに会場を見渡した。)


 壇上に広がる血。


 無言。椅子が軋む音。

 舞台袖から若者が外へ飛び出していく。しばらくして聴衆はスマホを取り出して新たな異世界転生に没入し始めた。

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