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8月31日の劇的な親子丼

作者: 仲瀬充

「夏休みも今日までだな」

「小学校でなくてよかったよ」

「どうしてだ?」

「絵日記の提出がないからさ」

「毎日毎日引きこもってりゃ書くことないもんな」

「でも夏休みの思い出って題の作文を出さなくちゃならないんだ」

「2学期が始まっても行かないんだろう?」

「……」

「おいおい、嫌味のつもりはないよ、落ち込むな。おや? 壁のカレンダーに日の丸の旗を描いてるな」

「まあ、一応祝日みたいなものだからね、誰も祝ってくれないけど」

「そうか、今日は誕生日だったか」

「僕、14年前の今日産まれたんだよね、お母さんに」

「おかしな言い方だな」

「英語の授業で受動態を習った時に思ったんだ。by my mother、お母さんによって僕は産まれたんだって。そう考えたら生き方まで受け身的になって引きこもるようになっちゃった。いっそ猫か犬だったらよかったのに、お父さんもお母さんも僕のこと見放したみたいだし」

「そんなふうに言うのはよせ」

「だって飼い猫や飼い犬は可愛がられるじゃないか。お手伝いも何もしないのは僕と同じなのに」

「猫や犬と違って和彦はその気になれば何だってできるんだ。担任の松岡先生が家庭訪問に来てお母さんに話してたよな。明けない夜はありません、日はまた昇ります、登校できるようになるまで気長に待ちましょうって。小さな一歩でいいからそろそろ踏み出してみないか?」

「松岡先生は理科の先生だよ」

「それがどうした?」

「地動説を教える先生が『日が昇る』って言うくらいだから正しいことって案外どうでもいいんだね」

「何が言いたい?」

「正しく生きなくちゃいけないの? 親や先生の望む生き方が正しいの? 犬や猫みたいにただ生きてるだけじゃだめなの?」

「現実を見ろよ。お父さんお母さんは先に死んでしまう。そしたら和彦は兄弟もいないし生活保護を受けて生きていくつもりなのか?」

「やめてくれよ! 先のことなんか考えられない」

「しっ! お母さんが2階に上がってくる」


「和彦、晩ご飯置いとくからね、今日は親子丼だよ」


「よし、もう降りて行った。食べろ」

「僕、お腹空いてない」

「とりあえずドアを開けてトレイごと中に入れとけよ」

「うん。あ、ショートケーキがある」

「デザート付きか。おっ、ロウソクも1本立ててあるじゃないか! お母さん、ちゃんと誕生日を祝ってくれてるぞ」

「みたいだね」

「正しい生き方とかはともかく、お母さんがこんなふうに和彦を可愛がってることは確かだ、見放してなんかいない。和彦はお母さんに産まれたって言うがお母さんは和彦を産んだんだ。和彦はお母さんが産んでくれたかけがえのない人間なんだよ、犬や猫とは違う。受動態とか理屈をこねて逃げるな」

「分かっちゃいるんだよ、嫌なことがあれば僕はすぐに逃げたくなるってこと。学校でいじめられた時もお父さんに叱られた時もそうだった。でも君が守ってくれたから踏ん張れたんだ。その君が姿を見せなくなったら弱い僕は引きこもることしかできなかった。いいかげん君だって疲れてしまうよね、それも分かってたのに」

「頑張り切れずにごめんな」

「ううん、もう十分だよ。今度は僕が立ち上がる番だ。君が言ったように小さな一歩を踏み出してみる。これから下に降りてお父さんお母さんと一緒に食事をすることから始めてみるよ」

「そいつはいい、親子丼で親子の久しぶりの対面か。課題作文にぴったりの夏休みの思い出になるぞ。頑張れっていう言葉は軽々しく使いたくないけど今はやっぱりそれしかない。頑張れ、頑張ってくれ」

「うん。今までありがとう、君はもう出てこなくていいからゆっくり休んで」

「分かった、そうさせてもらう。階段を降りる時は丼や皿が滑らないようにトレイをしっかり水平に持てよ」


「和彦は今日で14歳か、もう2か月近く顔を見てないが」

「私、うっかり忘れてた。お父さんよく気づいたわね和彦の誕生日、ショートケーキまで買ってきてくれて。さっき持って行ったから私たちもご飯にしましょう」

「親子丼か、つゆだくでうまそうだな。和彦は相変わらず顔を見せもしなかったか?」

「うん。話し声はちょっと聞こえたけど」

「話し声? 誰と?」

「自分とよ」

「そんなこともあるのか、多重人格ってのは」

「正確には解離性なんとかって言うらしいけど自分の中の複数の人格どうしで会話することもあるそうよ」

「ややこしいことだな」

「多重人格って言ってもお医者さんの見立てじゃ和彦の中にいる別人格は一人だけみたい。あら? カタカタ、何の音?」

「おい、母さん! 和彦がトレイを抱えて降りて来たぞ!」


「お父さんお母さん、一緒に食べ…あッ!」

「あーッ!バカ、何やってんだ! 母さん、雑巾雑巾!」

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