第四話「リリィ」
新章開幕!いやぁ前回の冒険譚とは少々テイストが変わってしまいました。が、ユリスならしっかりハッピーエンドに繋げてくれるでしょう!では本編どうぞ
「なあクロエ、この明らかに手書きの本って、じいさまが書いたやつ?」
「たぶんそうだにゃ。でも飽き性だからほぼ完結してないにゃ。」
クロエに本を見せる。
「うわ……それ歴代最悪に面白くないやつだにゃ。主人公の幼馴染が気持ち悪い奴に寄生されて、だんだん化け物になって死んでいくやつだにゃ……。」
うん?今、最悪にグロテスクな内容に、聞き捨てならん単語が聞こえた。
「なに?幼馴染……だと?」
「そうだにゃ。ほんとにシュミ悪い救いようの無い話だにゃ。」
「助けに行こう。」
「え?どうしたのユリス。だんだん死んでいく幼馴染に反応してるの?変態なの?」
「ちがうわ!俺はかわいそうだから助けてあげたいの!あと語尾のにゃってのは何だったんだ?」
「かわいいでしょにゃ。……めんどくさくなってきたにゃ。」
とにかく俺はその子を助けに行かなくてはいけない。
これはきっと、じいさまから与えられた試練なのだ。
衝動が抑えられない。
「早速行こう。」
例のごとく書見台に本を置き、意を決して本を開く。
「え、ちょっと、ボクはそういう趣味ないんですけどーー!!」
「ユリス!こっちこっち!」
これは、物語の中なんだよな。この景色、前に見たことがある。
そうだ、あの日も晴れていた。
「ユリス!こっちこっち!」
「わかったから、ひっぱるなって!」
「だってユリス遅いんだもん!」
俺には幼馴染の女の子がいた。名前は思い出せない。
その日は晴れていたから、川に遊びに行くことにしたんだ。
水をかけあって、お弁当を食べて、一日中笑いあった。
でもその楽しい時間は、一瞬で悪夢に塗り替えられた。
夕方、突然大雨が降ってきて
俺がついていっていればと、その時は思ったけど、そのころの俺は彼女より小さかったし、助けられるはずがなかった。
彼女は、川に飲まれて死んだ。
俺はそれを聞かされた時、心の奥がごっそり抉られたみたいに、何も考えられなくなった。自分の無力さが許せなかった。
「どうしたの?」
「ああ、何でもないよ。」
どこか懐かしい雰囲気だ。彼女に似てるのかな。顔が思い出せないからわからない。
「にゃー」
「ほら、ねこ!かわいー!」
女の子と黒猫が、草原でじゃれあっている。
その黒猫は、どこか不愉快そうな瞳で俺を睨んでいる。
「ユリス、このねこ、私たちでお世話してあげようよ!名前何にする?」
「そうだなー……クロエとかどう?」
「いいね!よろしく、クロエ!」
俺はこの子を救えるだろうか。
この無邪気な笑顔を、絶やしたくない。たとえ本の世界でも、男なら、幼馴染の笑顔ってのは守ってやらなきゃいけない。
山の中の小さな村。のどかでいい場所だ。人口が少ないから幼馴染を独占できるというのも良い。
「おいクロエ、化け物になるって、どういう化け物なんだ?人食いとか?」
「ボクに聞かないでよ。じいさまからあらすじしか聞いてないの。読みたくもないそんな話。」
うーん、少し目を通してくるべきだったかな。
「まあ経過を見ればわかるだろう。まだ発症してないみたいだから、原因から探りたいけど、なにかできることは……」
まず彼女と遊んであげなよ。感染の経過も近くじゃないとわからないでしょ?……ほら、噂をすれば。」
「ユリスー!あそぶわよ!」
確かに、クロエの言うとおりだ。
「今日は、ひみつきちにごしょうたいします。」
と言って連れてこられたのは、いかにも不気味な廃病院らしきところだった。
「ママとパパは言っちゃダメっていうんだけど、こんないい場所なんでほっとくのよ!」
「それは多分危ないからじゃないかな……」
「とにかく!今日はここをたんけんします!!」
仕方ない。子供の好奇心には抗えない。それに、子供の夢を大人が潰すと、高確率でひねくれる。こんなかわいい子が俺のせいでひねくれたら、俺は大罪人だ。
「リリィ……結構怖いんだけど……。」
「大丈夫よ!ね、クロエ。」
「んにゃー」
彼女はリリィという名前だった。クロエにベタベタだ。
「ねえ、もうそろそろ帰らない?ママが心配するよ。」
「まったくユリスは心配性ね!大丈夫よ。……あ!みて!」
リリィが指さした先にいたのは、少し大きめのネズミだった。
「かわいい!ねえユリス、つれてかえろうよ!」
「えぇっ?」
クロエなら、猫だしまだ理解できるが、廃墟にいたドブネズミまで連れて帰ろうとするとは。動物なら何でもいいのか?
「いや、ばいきん持ってるかもしれないだろ。危ないよ。」
何とか彼女を説得し、ネズミから遠ざけて、その日はも少し探索して早めに帰った。
得られた成果としては、ただの廃病院だったなぁ。ということくらいだ。
うむ。何も起こらない。
「ねえクロエ。これほんとに幼馴染が悲劇に会う話であってる?」
「ボクに聞かないでよ。まだ二日しか経ってないし、焦りすぎじゃない?そんなに苦しんでるリリィが見たいの?ボクは見たくないよ。」
「違うって!でも、なんかもどかしいというか……。」
「ユリス!」
まあいいか。平和が一番だ。
「今日はどうしたの?」
「みせたいものあるの!」
今日もリリィはハイテンションだ。
「みてみて!」
彼女が抱えてきたのは、昨日見たドブネズミだった。
あれ?腕に何か……。
「ほら!こんなにきれいになったのよ。きのう洗ってあげたの!」
昨日こっそり連れ帰ったのか?
「リリィ、その腕の、傷?はどうしたの?」
「ああ、昨日この子洗ってるときに、かまれちゃったの。でも、もうなついてるからかんだりしないよ!ユリスもだっこする?」
「なんで連れて帰ってきたんだよ!だめだって言ったよな?病気になったらどうするんだよ!?」
とっさに俺はそのドブネズミを奪い、遠くに投げ捨てた。
まずい。たしか、ドブネズミはいろんな菌を持ってたよな。これが原因か?ネズミから寄生虫が入り込んだとか?
「え、あ、ごめ、んなさい、ユリス、おこんないで……」
しまった。泣かせるつもりは……でもこれくらいしっかり言わないと、彼女を守れない。いや、怒鳴るのはよくないか。
「ごめん。でももうネズミには触るなよ。本当に危ないんだって。」
彼女の目から涙が溢れてとまらない。噛まれて青くなった左腕を隠しながら、彼女は走って帰ってしまった。
「ユリス。あれはひどいよ。」
ああ、俺は最低な奴だ。
噛まれた傷はもうどうしようもないのに、俺まで彼女を傷つけてしまった。
「明日、謝りに行く。」
「ボクはリリィの様子を見てくるよ。女の子を泣かせたこと、しっかり反省してね。」
そう言うと、ぴょんぴょんと窓から出て行ってしまった。
どうやったら、許してくれるかな。
翌朝まで、クロエは帰ってこなかった。
きっと悲しんだリリィが放してくれないのだろう。
リリィに謝るついでに、クロエを放してやるよう説得してみよう。
リリィの家は歩いて三分ほどだ。
「リリィには会わないほうがいいよ。」
なぜかクロエが家のドアの前にいて、俺を入れようとしない。
「なんでだよ。昨日がんばってどうやって謝るか考えてきたんだぞ?また泣かせたりしないから安心しとけ。」
クロエは悲しそうな眼をしている。
「クロエ、もしかしてだけどさ。いや不謹慎だけどさ。……発症したとか?」
クロエは目を合わせてくれない。
「なんとか言えよ。なあ。発症したなら俺が治してやるから。きっと治すから。」
「リリィを見たら、後悔するよ。」
「俺は彼女を助けに来たんだよ。見殺しにするほうがあんまりだろ!」
クロエは俯いたままドアの前からどいた。
見るのもつらいほど苦しんでいるなら、余計に助けなきゃだめだろ!
「リリィごめんって。昨日は悪かった。具合が悪いんだって?症状を見たいから中に……」
「来ないで!」
顔も合わせてくれないほど嫌われてしまったのか。まあ仕方ないか。リリィの大切なものを放り投げたわけだし。
「悪かったって。……じゃあ入るぞ。」
「やめて!」
なんだ?リリィの左腕の傷から、なんか青いのが生えて蠢いている。
それに、リリイの顔が半分、青くなって、爛れて……。
「あぁ、うぁぁああ!」
「やめて、みないで……!」
化け物って……こんなのあんまりだ。彼女は人の形を失いつつあった。
俺は逃げてしまった。
あんな姿の彼女を見てられなかった。
「だから言ったのに。」
部屋の布団で丸くなっていたクロエが、顔を上げずに言う。
俺は何も考えられずに、そのまま布団に倒れこんだ。
目覚めると、もう書斎に戻っていた。
助けられなかった。まただ。
さらに俺は、彼女にひどいことをした。
助けるなんてかっこつけておいて、結局逃げて終わりかよ。
いや、そうだ。俺なら変えられる。
「もう……一回だ。」
「ボクはもうリリィのあんな姿見たくないよ。」
違う。彼女をそうさせないために行くんだ。次は助ける。
「ユリス、やめたほうがいいよ。」
クロエが悲しそうに俯いている。
「次は絶対助けてやる。」
俺はもう止まれなかった。
そのまま、書見台に手を伸ばした。
次回、ユリスはリリィを助けることはできるのか!?