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奇怪怪々浄化奇譚  作者: 七尾 一場
第3章 照明
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第3話 劇場

「今回は宜しくお願いします」

「問題解決に向けて尽力いたします」


 先程から阿李屋さんと会話をしている穏やかそうな男性は、劇団の舞台監督である林 藤雄さんだ。


 俺は彼の顔を見ても、名前を聞いても、ピンとは来なかったが、清珠の瞳が興奮で輝いてる。


 そわそわとした雰囲気がこちらにまで伝わってきた。その様子を見るに、やはり相当凄い方なのだなと改めて実感する。


「あの、そちらの方々が浄化師の? 一人は学生さんですか?」

「えぇ、そうです。でも、経験豊富なベテランなので安心してください。さぁ、君達も挨拶を」


 阿李屋さんに促されるまま俺達も挨拶をする。


「浄化師の宮地桔平と申します。今日は宜しくお願いします」


 そういえば、こうして浄化師ですと自己紹介するのは初めてだ。自分で言っておいて何だが、違和感が半端ないな……。


「え、えと! 浄化師のぜ、善城院清珠と、申します! き、今日は宜しくお願いします! 舞台いつも見てます!」


 ここまでガッチガチに上がっている清珠は初めて見た。作品の関係者、しかも監督を前に、平常心が保てないのだろう。俺は小声で確認をする。


「清珠、お前平気か?」

「は、はい、もう、全然、全然、えへへ、へへ」


 平気じゃないぞこれ。清珠の異常に、阿李屋さんに目配せするも、阿李屋さんはさり気なく目を逸らした。社長がそれでいいのか。


 しかし、林監督はそんな清珠を前にしても、一切動じることなく、丸い目を細め表情を綻ばせた。


「エレーヌを見てくださっているんですね。いつもありがとうございます」

「え、いえ、そんな! 私こそいつも素敵な舞台をありがとうございます!」


 頭を下げられ、清珠は慌てふためく。


「観客の皆様が居てこその舞台ですからね。でも、少し安心しました」

「安心?」


 俺達は訳が分からずお互いの顔を見る。今のどこに安心材料があったのか。林監督は穏やかに言葉を続けた。


「エレーヌという作品を、舞台を、心から大切に思ってくださる方が、今回の件を担当してくれる。それは私にとって非常に心強く、嬉しくあるんですよ」


 劇場前の街灯の灯りが点き始める。街灯の灯りは、スポットライトの如く俺達を照らす。空には微かに夜が滲み始めていた。林監督の白髪混じりの髪が鈍く光る。林監督はゆっくりと目を伏せた。


「作品を愛してくれる貴方だからこそ、私は安心して任せられます……。そしてそれは、あの人を理解してあげられることに繋がると、私はそう信じています」


 林監督の言うあの人、それはきっと、今回の根源とされている仲野 葉月さんのことだろう。


 仲野葉月、彼女は駆け出しの新人役者だった。そんな彼女は、晴れて今回のエレーヌ役に選ばれ、この舞台で主役を務めることに。


 しかし、その夢が果たされることはなかった。主役を掴んだ数日後、彼女は急死した。原因はくも膜下出血、本当に突然の出来事だった。ようやく掴んだ夢の最中で、彼女の人生は強制的に幕を下ろされたのだ。


 そして、彼女が亡くなったのは、怪奇現象が起き始める一ヶ月前のこと。時期的にもちょうど当てはまる。彼女が根源であることは、ほぼ決まりだろう。


 彼女の人生を思うと、どうしようもなくやるせない気持ちになる。どんなに悔しかっただろう、どんなに無念だっただろう。


「どうか、劇団を、葉月さんを、救ってください」


 林監督は深々と頭を下げる。俺は無意識のうちに拳を強く握りしめていた。あぁ、そうだ。俺達はそのためにいるのだから。気がつけば俺は、自ら言葉を発していた。


「はい、必ず」


 そう言ってから俺はハッと気がつく。まだまだ新人である俺が、でしゃばった真似をしてしまったことに。


「あ、すみません! 突然でしゃばってしまって」


 慌てるも時既に遅し。俺の突然の発言に、三人は目を丸くして俺を見ていた。正直かなり気まずい、恥ずかしさがじわりと込み上げてくる。


「ありがとうございます、宮地さん。本当に心強いです」


 林監督は穏やかに笑っていた。阿李屋さんはどこか満足気で。俺はどうすれば良いか分からず、視線を彷徨わせていたが。


「一緒に頑張りましょうね、桔平さん」


 清珠の屈託のない笑顔は、俺の戸惑いを少し晴らしてくれるようだった。そんな中、林監督が少しぎこちなく申し出る。


「あの、一つだけお願いをしても宜しいでしょうか?」

「?」


 俺達は林監督から、あるお願いを託された。


 ♢


「既に室内の鍵は全て開けてもらっていますが、機材や道具などを壊さないよう、くれぐれも注意してくださいね」

「分かりました」

「肝に銘じます!」


 俺達は劇場の入口の前に立つ。この入口の先は、おそらく通常の空間とは異なっているのだろう。


 まだ中に入ってもいないというのに、異様な雰囲気を肌で感じる。正直に言ってしまえば、ここからすぐに立ち去ってしまいたいほどだ。


 近くの街灯が明滅を始める。不安を煽られているような気がしてならなかった。そんな中、隣にいる清珠にふと目をやる。


「清珠? どうかしたか?」


 清珠はしきりに腕時計を確認していた。


「あ、いえ! ちょっと時間が気になっただけで何でもありませんよ! はい!」


 ずっと思っていたが、清珠は感情に素直で、取り繕うのが苦手なようだ。


 ただ、これ以上無理に追求する必要もないだろう。気にならない訳ではないのだが、「そうか」とだけ返しておく。


 俺の問いかけに慌てた様子だったが、落ち着きを取り戻した清珠は少し俯いた。


「あの、桔平さん」

「どうした?」

「きっと、今日は凄く驚くことがあると思います。いえ、あります、あるんです……。でも、桔平さんならきっと大丈夫だと私は思っているので、その際は宜しくお願いします」

「え?」


 改まって一体どうしたんだ? 驚くこと? 正直この仕事は驚きの連続だと思うのだが……。そのことを改めて確かめているのか? 清珠の言葉の真意が掴めない。そんな疑問の中、阿李屋さんの声が届く。


「二人とも、準備は整いましたか?」

「はい、大丈夫です。では、行きましょうか」

「あ、あぁ」


 結局、訳が分からないまま、前を進む清珠に着いて行くことに。そんな俺達を、阿李屋さん達は後ろから見守っていた。


「いってらっしゃい。どうか今日も無事に戻って来るように」


 俺達は劇場へと足を踏み入れた。

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